宇宙際タイヒミュラー空間についての雑感
望月先生により、ABC予想が証明されたとアナウンスされて、10年以上経った。その証明は、600ページを超える論文であり、しかも望月先生のほぼオリジナルな理論であるので、およそ誰にとっても専門外であり、論文の信憑性に関しては、多くの議論を呼んだ。論文は査読を通っているが、査読誌が望月先生の所属する機関によるものであり、第三者による査読とは認識されておらず、その議論は決着しかなった。
批判派の筆頭は、ショルツというフィールズ賞受賞者の数学者である。筆者は、宇宙際タイヒミュラー空間論について、専門外ではあるし、それ以上に無理解であるので、宇宙際タイヒミュラー空間論について述べるのは筆者は適当ではないのだが、いくらか勉強して、頑張ってそのいきさつを少し述べてみよう。何度もいうが、以下の記述、断定してる箇所もあるが、全く信用してはならない。宇宙際タイヒミュラー理論とは、素人に語れるような代物でない。あえて書いてみたというものなので、もしこの記述で宇宙際タイヒミュラー理論に興味を持たれた方は、ご自身で調べて勉強してもらいたい。
ABC予想とは足し算と掛け算にまつわる予想である。予想の詳細は簡単で、ご存じの読者も多いであろう。もしご存じなければ、ネット検索で容易に内容を知ることができるので、ここでは述べない。ようは、足し算と掛け算の構造上の問題であるという認識を持ってもらえればここでは十分である。
ABC予想を証明することが困難なのは、足し算と掛け算の構造が密接に絡み合っているからだと言われている。そこで、宇宙際タイヒミュラー空間というものが考えられた。つまり、掛け算の構造を保ったまま、足し算の構造を壊し、あたかも、コンパクトリーマン面の構造を擬等角写像により複素構造をゆがめるがごとく、代数、つまり環の構造をゆがめるのである。ゆがめた先の宇宙にも、掛け算足し算はあるが、それは、もとの宇宙の足し算ではなく、掛け算だけが対応し、足し算はゆがめられて、元の宇宙からは、足し算には見えていない。しかし、タイヒミュラー空間というように、元の宇宙とゆがめた宇宙には、テータリンクと呼ばれるものでお互いを見ることができる。これが、古典的タイヒミュラー空間の背景にあるケーベの一意化定理のことであり、数論的なモジュライ空間の中における、物差しに対応する。この物差しで、宇宙のずれを定量的に計算することにより、ABC予想における不等式を証明しようという試みが、望月先生の宇宙際タイヒミュラー空間論であるように筆者は思っている。
この壮大なアイデアは素晴らしく、非常に説得力があるので、世界中の数学者の注意を引いたのであろう。宇宙際タイヒミュラー空間論は難解であると言われているが、アイデアは、とてもシンプルで自然であるように思える。ひょっとしてひょっとするとという感じなのであるが、ここで無視できない批判が生じた。それがショルツの批判である。
ショルツは、異なる宇宙のずれを計算する物差しなるものはないのではないかと考えた。望月先生が使った物差しは、いわゆるモジュライ空間の物差しではなく、異なる宇宙のずれを計っているつもりが、同じ宇宙を計っているに過ぎない、つまりその計測には何の意味もないという指摘である。ショルツはその指摘だけではなく、具体的に計算もしたようである。つまり、ABC予想の証明では、圏のラベルがたくさん存在し、議論が複雑になっているが、もっと話を単純化して、宇宙を構成し、宇宙際タイヒミュラー空間論において与えられた物差しを構成してみた。そして、それで宇宙のずれを計ってみたら、イメージとしては、$${0 \le 0}$$のような意味のない不等式しか得られなかったようである。そしてショルツは言う。
「私の議論は、ABC予想の設定を大幅に単純化しているが、では、どういった単純化により、物差しが壊れてしまったのか、指摘してください」
これに望月先生は、どうやら説得力のある数学的議論で答えてないのではないか。あるいは、長すぎる反論文により、ショルツの求める簡潔な反論ではなく、理解されてない。この時点で、ABC予想の証明は、世界中の有力な数学者から突き放された格好になったらしい。現在、コンピューターでABC予想の証明を検証しようというプロジェクトが進んでいるが、途中経過とはいえ、やはり、ショルツの指摘した箇所に証明の穴が見つかるのではないかと思われているようである。
ABC予想の現在の証明は間違っている可能性が高いと思われてるが、それにしても、この壮大なアイデアは無駄になるのであろうか。通常の幾何学は、スキーム論である。スキームをゆがめて、別のスキームを作る。それは複素構造をゆがめることではなく、環の構造をゆがめるので、まったく別の宇宙である。それら宇宙の背景に何があるのかということを語るのが、数論的タイヒミュラー空間論、つまり宇宙際タイヒミュラー空間論なのであるが、このアイデアは、なんとなんと、どうにも深くて、引き続き考える価値があるのではないかと筆者は思っている。それが筆者の雑感である。
