不器用でも生き残るー斜めに泳いでいたマンボウの話

終着駅で電車を降りた。
改札を出ると、初夏のまぶしい光が溢れていた。
緩やかな坂を上り、少し歩くと見えてくる古い水族館。
今はもう閉鎖されてしまったけれど、そこは私のお気に入りの場所だった。
お目当ては、マンボウだ。
魚の絵を描きかけて途中で止めてしまったような、不思議なフォルム。
尾びれがなく、後ろ半分がストンと抜け落ちたような姿で、ぷかぷかと漂っている。
マンボウの展示は、実はとても難しいらしい。
透明な水槽の壁にぶつかってしまうからだ。
その水族館では水槽の内側にぐるりと透明なビニールが貼られていた。
まるで、大きな袋の中で飼われているようだ。
初めて見たときは、「ビニール越しだと、少し見えにくいな」なんて思っていた。
けれど、じっと眺めているうちに、私は、ある光景に釘付けになった。
ゆっくりと泳いでいたマンボウが、ビニールの壁に突き当たった。
彼は止まらない。
透明な壁の先へ行けると信じているかのように、舵びれを必死に動かし続ける。
その勢いで、体がゆっくりと斜めに傾いていく。
呆然と見守る私の前で、彼はなおも、もがき続けていた。

やがて、体が斜めになったことで、図らずも進行方向がわずかに変わった。
マンボウはスルリと壁を離れ、水槽の奥へとぷかぷか泳ぎ去っていった。
ビニールのカーテンがあったから、傷つかずに済んだ。
やっぱり必要だったんだ。
そして、あの不器用で必死だったバタバタ。
帰りの汽車の窓から、広い海を眺めながら考える。
生き残るために「より強く、より速く」進化するのが自然界のルールだと思っていた。
けれど、マンボウは違う。
速く泳ぐための尾びれを捨て、攻撃する武器も持たず、ただ「圧倒的な数の卵を産む」という一点に全てを懸けて生き残ってきた。
他の魚たちがスピードを競い合う横で、「不利なフォルムのまま、数で押し切る」という、誰も選ばなかったニッチな隙間を見つけ出したのだ。
命を繋ぐため、自然は様々な可能性を生み出している。
透明な壁にぶつかって、斜めになりながらバタバタしていた、あの姿。
傍から見れば滑稽で、危なっかしいその動きは、それでも過酷な自然界を生き抜いてきた「力強い命の証」そのものだった。
スマートに泳げなくてもいいのかな。
もがいて斜めになって、そうしてようやく見つかるルートもあるのかもしれない。
初夏の光がまぶしくなると、私は今もあのマンボウに会いたくなる。
不器用に浮いていた、でも一生懸命に生きていた、あの姿を思い出す。
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