「魔法は、自由であるべきだ」|葬送のフリーレン
『葬送のフリーレン』の世界は、魔族が象徴する「力による支配」対「人類」という大きな枠組みの中で物語が展開するが、
その中で人類側も新たな権威的ヒエラルキーを作りだすという二重の構造になっている。
そして人類における権威構造の象徴となっているのが、ゼーリエが立ち上げた大陸魔法協会だ。
自らの絶大な魔力を原資に、厳格な階級制度を設けた専制的な思想のゼーリエと、
自由に魔法収集を楽しみ、全ての人が魔法を使える時代を求める民主的な思想のフリーレンが、対照的に描かれている。
『葬送のフリーレン』の世界における専制的・民主的な思想の対比

「専制主義」対「民主主義」という相反する2人の思想の違いはしかし、物語の中で単純な対立構造としては描かれない。
人類に魔法の研究を開くため、国に働きかけたのは、専制的な思想のゼーリエが育てた弟子・フランメである。
そしてフランメの民主的な思想信条は、彼女の弟子であるフリーレンへと自然に引き継がれていく。
専制的な思想を持つゼーリエと
民主的な思想を持つフリーレン。
この2人の思想は同じ世界、同じ時代の中で共存し、時に対立しながらも、互いの間には対話がある。
一方で、この2人の思想が明確に対立して描かれるのが、S1E18から始まる『一級魔法使い選抜試験』だ。
一次試験の会場には、ゼーリエ自らが「髪の毛一本通さない」と評されるほどの強力な結界を張る。
受験者たちの身体的な自由を奪い、外界へのアクセスを遮断し、使える魔法に制限をかける。
物理的にも象徴的にも、支配的な空間を作り上げる。
そして、この結界をやぶり、支配的な空間から魔法使いたちを解放して見せるのが、フリーレンだ。
フリーレンは、一次試験の開始直後から結界の解析をしていた。
S1E21『魔法の世界』ではついに、その解析を完了し、彼女の魔法が結界を突き破る。
支配的な構造を、その内側にある自由な思想が、
文字通り、破壊する。
とても象徴的なシーンだ。
不可能と思われていた結界の打破を目の前で見ていたラオフェンは、フリーレンに「なんでこんなことを?」と聞く。
それに対して、フリーレンはこう答えるのだ。
カンネが可哀想だったからね。
魔法は、自由であるべきだ。
魔法は、イメージの世界だ。
水を操る魔法使いに、雨の中で勝てるイメージができる?
少なくとも私はできない。
たぶんリヒターってやつも同じだよ。
その頃、水を操る魔法使いカンネは、格上の魔法使いリヒターと戦っていた。
結界が破られたことで、カンネの魔法は解き放たれた。
彼女は未熟ながらも自らの力を発揮し、破られた結界から、中に入ってきた雨を武器に変える。
そして、リヒターを倒す。
これもまた、象徴的だ。
すべての人が、魔法を使える世界になってほしい。
知の喜びを、自由を、多くの人に開きたい。
こう考えるフリーレンの思想が、ゼーリエが信じる魔法の制限や、魔力を使った支配的空間を打ち破る。
私の思考はまた、現実の世界にシフトする。
私たちが生きる現実の世界も、そうであってほしい、と願ってしまう。
人の自由を制限する力による支配から、人々を解放するのは、
いつだって開かれた平和的な思想なのだと、信じたい。
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