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ストレスや辛い記憶から、あなたの心を解放する「波の音」 《シロクマ文芸部》 ショートショート | ぽてぽたのよしなしごと #20

なみ」アプリには、軽い気持ちで手を出した。

友人から熱心に勧められた。
登録初月の利用が無料だった。
私は仕事で大きな失敗をしたばかりで、そのことを忘れてしまいたい、と思っていた。

たまたま条件が揃っていたのだ。


なみ」アプリのサービス概要

つらい記憶、悲しい記憶、忘れたい出来事を、美しい波のおとに置き換えます。

アプリをダウンロードし、専用イヤフォンから流れる波のおとを聞くだけで、記憶の上書きは完了します。

なみ」は、あなたの心を救います。


慈善団体ナミノネが提供を始めたこのアプリは、リリース当初は「怪しい」「怖い」と言われ、見向きもされなかった。

ところが、代表のなみしずかがSNSでショート動画の配信を始めたとたん、風向きが変わった。


つらいこと、苦しいことやストレスを
抱えたまま生きなくても、良いのです。

美しい波の音に、委ねましょう。
澄んだ音色が、あなたの心を、癒します。


波乃音は低音かつ透明感のある声で、一節一節を区切るように、ゆっくりと話した。

ショート動画に現れる波乃音は、いつでも、人々が聞きたいと思う言葉を話した。

なみ」を使うのはいいことなのだと、安心感を与えてくれた。

気がつけば私は、アプリをダウンロードし、利用登録を済ませていた。

専用イヤフォンは、登録した翌々日には家に届いた。

アプリを起動してイヤフォンを装着し、画面の案内に沿ってタップする。

思考は自然と、先週私がやらかしてしまった、仕事の大きな失敗へと誘導された。


ああ、いやだ。

思い出すだけでまた心臓がバクバクして、変な汗をかいてしまう。


そう思ったのは、ほんの一瞬だった。

すぐに美しい波の音が、イヤフォンから耳へ、脳へと流れ込んでくる。
心が、すっと落ち着くのを感じた。

私はイヤフォンをはずし、アプリを閉じた。
「仕事で大失敗した」という事実は覚えているが、詳細を思い出そうとすると、あの美しい波の音が聞こえる。

脳をぎゅっと締め付けるような、あの記憶はもう、ない。

救われた、と思った。

味をしめた私は、「なみ」を無料利用できる1ヶ月の間に、思い出せる限りの嫌な思い出を、すべて波の音に書き換えた。

どんどん心が軽くなる。
脳の容量が空いていくような気がする。

SNSではインフルエンサーたちが、「なみ」のすばらしさについて次々に発信していた。

最初は懐疑的だった有識者たちも、「情報過多のストレス社会から現代人を解放する、画期的かつ唯一の方法はこれだ」と言うようになった。

「ナミノネする」は一般動詞となり、街では、「ナミノネするから大丈夫」「ナミノネしておけば?」などと言い合う場面が多く見られるようになった。

こうして私たちは、すべての精神的苦痛から解放された。


* * *


記憶の辻褄が合わない。

人と、話が噛み合わない。

仕事で、同じミスを何度も繰り返す。

自分の行動の時系列がわからなくなる。

私が「なみ」に課金し始めてから、3ヶ月が経った頃だった。

異変には気づいていたが、うまくいかないことがあっても、その度にアプリで記憶を上書きした。

周りの人間も同じようなことを繰り返し、社会生活がままならない状況に陥る人も出てきた。

つらいという感情も、苦しいという感情もわからなくなっていた。

迷ったり、混乱したら、その記憶はすぐに消した。

迷っては消し、混乱しては消し、私たちは自分の居場所がわからなくなった。

ちょうどその頃、慈善団体ナミノネが新たなアプリのリリースを発表した。


その名も「Namiなみ Noteのおと」。


Namiなみ Noteのおと」アプリのサービス概要

なみ」で消した記憶を、「Namiなみ Noteのおと」に文字データとして蘇らせます。
読むだけで、あなたの記憶になります。

忘れても、いつでも読み返すことができるので安心です。

アプリをダウンロードし、「波の音」と連携させるだけで、ご希望の記憶を簡単に復元。

なみ」と「Namiなみ Noteのおと」を組み合わせて使うことで、あなたはさらに自由に、あなた自身の記憶をコントロールすることができるのです。


※ 「なみ」アプリで上書きした記憶の数によって、初回登録費用が異なります。
※ サブスクリプション費用とは別に、一回ごとの利用料金が発生します……


やはりナミノネは、私たちのことを見捨てなかった。

救いの道を示してくれた。

私は、震える指で「ダウンロード」ボタンをタップした。





おはようございます。
ぽていとぽたあとです。

「ぽてぽたのよしなしごと」に、創作物を紛れ込ませるようになってきました。
じゃがいもの戯れですね。

少し長めですが、またショートショートです。
そしてまた、うっすら怖い話になってしまいました。

今回初めて、以下の企画に参加してみましたよ。

#シロクマ文芸部 はずっと気になってフォローしていたのですが、満を持しての初挑戦です。


🥔・🥔・🥔


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