『ミステリと言う勿れ」第2話を見て、再び考えさせられた話。
2022/1/22 ドラマ記録no.77「ミステリと言う勿れ 第2話」
先日、noteでもご紹介させて頂きましたが、このドラマの第一話を見て、本当に心からグッとくるエピソードがありました。
いつのまにか忘れかけてたこと、これまで考えたこともなかったこと、知らなかったこと、知ろうとしなかったこと、このドラマにはきっと沢山のものを教わるんだろうな、という予感がしています。
早速第二話を見て、こんな考え方をみんなが持っていたら、きっと優しい世界に少しでも近づくんだろうなぁと思ったことがあったので、ここに残しておきます。
いじめる側が、病んでる。
いじめる人、いじめられる人、それを見ている人。
「いじめ」って、どうして無くならないんでしょうかね。
学生同士の事件で、いじめが発覚して命を亡くした、というニュースをよく耳にします。
そのニュースを聞くたびに、心が痛くなります。どうして?って。
そのいじめに対して、菅田くん演じる久能整はこう話しました。
どうして、いじめられている方が逃げなきゃならないんでしょう。欧米の一部では、いじめている方を病んでいると判断するそうです。いじめなきゃいられないほど病んでる。だから、隔離してカウンセリングを受けさせて癒すべきだと考える。でも日本は逆です。いじめられている子に逃げ場を作って何とかしようとする。でも逃げると学校にも行けなくなって、損ばかりすることになる。DVもそうだけど、どうして被害者側に逃げさせるんだろう。病んでたり、迷惑だったり、恥ずかしくて問題があるのは、加害者の方なのに。例えば、歩いていて知らない人にいきなり殴られたらすぐ周りに言うでしょ?それと同じように、先生や親に、あいつにいじめられたよって、あいつ病んでるかもしれないからカウンセリング受けさせてやってよって、みんなが簡単に言えるようになったらいいと思う。
欧米の考え方には、納得しました。
いじめなきゃいけないくらい、その人の精神状態はおかしくなっている。心が病んでいる。だから、いじめている人に対して隔離したり、カウンセリングを受けさせたりする。
日本って、本当に逆だなと思いました。
いじめられている方に原因があって、その子の話をじっくり聞いたりします。学校にも行けなくなって、不登校になって、その子の人生は振り回される。
みんながそうやって周りの人に言えるようになったら、どんなに良いことかと心から思いました。
またもや、心が震えました
第一話に引き続き、第二話でも心が震えました。
いじめはきっと無くならない、人と人が共同生活をする上では無くなることは無いと思います。人それぞれ育ってきた環境は違いますし、考え方も違う、容姿や性格も違う、人が隣り合っている限り、悲しいことですが多分無くならない。
でも、いじめの事実はあったとしても、その対応方法は変えられます。
いじめている側に原因がある。人をいじめるって、大きなエネルギーを使うことだと思います。自分の力を振り絞ってまで、人に危害を与えようとする。ちゃんと考えてみれば、それは「病んでる」に当てはまる。
少しずつ、悲しいニュースがなくなればいいなと願うばかりです。
おりょう☺︎
