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母さん。あのペコちゃんチョコレート、どこへ行ったのでしょうね

そんなセリフありましたよね。
ちょっと違うか(笑)
1977年に公開され、「母さん僕のあの帽子、どうしたでしょうね」というセリフが大流行しました。
映画「人間の証明」の中に出てくる西条八十の詩。


今日は、 小さい頃の話をします。
まだ今みたいに、 ファミレスなんてあまりなかった頃、鎌倉駅の近くに、 不二家レストラン がありました。

1階はケーキ売り場。
レストランは2階で、 ハンバーグやペコちゃんサンデーは、 子どもの私にとって、 夢みたいなごちそうでした。

入り口にはペコちゃん人形が置いてあって、 頭をポンっと叩くと、 舌をペロッと出したペコにゃんの顔が揺れるんです。それが嬉しくて、 何回も叩いていた記憶があります(笑)

まだ妹が生まれる前だったので、 母と二人で行くことが多かったんです。その日も、 お子様ランチを食べて、 食後にペコちゃんサンデーを頼みました。

サンデーのてっぺんには、 ペコちゃんの顔のチョコレート。銀紙にもペコちゃんの顔が描いてあって、 それがとにかく可愛かった。

私は食べてしまうのがもったいなくて、 持って帰ることにしたんです。

「家に帰ってから、 ゆっくり食べよう」そう思いました。それに棒についてるペコちゃんの顔が可愛らしくて、少しでも長く持っていたかったのです。

家までは10分くらい。でも私は、 嬉しくて、嬉しくて。手に持って前に掲げたり、 顔に近づけて匂いを嗅いだり。

たぶん、 スキップもしていたと思います。
私、 小さい頃、 スキップ得意だったんです。
ラ・ラ・ラン♪
そんな感じで、 ご機嫌に帰っていました。

そして家に着いて、
「さあ食べよう」と思って見たら――

ペコちゃんの顔のチョコレートが、
なくなっていたんです!
手に残っていたのは、 白い紙の棒だけでした。

私は悲しくて、 少し涙が出ました。
でも、 大泣きはしなかった気がします。

きっと、「はしゃぎすぎたから、 なくしたんだ」
って思ったのでしょうね。
泣いたりしたら、母に悪い、とも思った。

母は、「また食べに行こうね」
と言ってくれました。

でも私は走って、来た道を戻りました。
「あそこまでは確かにあった」
という場所まで行って。
そこからまた家まで戻って。何往復もして。

草むらの中まで探しました。
でも、 どこにもありませんでした。
……

今思うと、あの出来事は、 ただチョコレートを落とした、 というだけじゃなかったのかもしれません。

私はあの時、
「嬉しすぎると、 あとで悲しいことが起こる」
そんなことを、 小さな心に覚え込んでしまった気がするんです。

楽しくなりすぎると、 なくす。
浮かれすぎると、 失う。

だから、 どこかでブレーキをかける。
心のどこかで、
「そんなに喜んじゃダメ」って。

大人になった今でも、 私は時々、
その小さな癖を感じます。

何か嬉しいことがあっても、
どこかで少し構えてしまう。

うまくいきそうになると、 急に不安になる。

幸せを感じた瞬間に、
「でもそのうち…」 と考えてしまう。

あれはもしかしたら、 あの日の小さな私が作った、
「自分を守る方法」だったのかもしれません。

だって、 嬉しくなりすぎて、なくしてしまったら、
悲しいから。

最初から、 少しだけ喜べば、
傷つかなくて済むから。

でも本当は違うんですよね。

あの時の私は、 悪くなかった。
ただ、 嬉しかっただけ。

ペコちゃんのチョコが大好きで、
母との時間が嬉しくて、
ラ・ラ・ラン♪って スキップしたくなるくらい、
しあわせだっただけ。

それだけなんです。

だから今は あの小さな私に、 こう言ってあげたい。
「そんなに嬉しかったんだね」って。

そしてもうひとつ。
「悲しかったら泣いていいんだよ」って。

人生には、 なくしてしまうものもある。
でもそれ以上に、 嬉しかった記憶は、
ちゃんと心に残り続ける。

あの日、 ラ・ラ・ラン♪って帰った女の子は。
ちゃんと、 しあわせの中にいたんです。

もし今、 この話を読んで、
心のどこかが少し動いた人がいたら。

あなたにも、「落としちゃったペコちゃん」
があるのかもしれません。

今日は、その子を責めないで、
隣に座って、こう言ってあげてください。

嬉しいことは喜んでいいんだよ、
楽しくして、大はしゃぎしていいんだよ。
そして辛くて悲しくて、泣きたいときは
思い切り泣いていいんだからねって、言って
優しく抱きしめてあげてください。


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