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たそがれ読書日記


2023,2,27筆。
九月二十一日、日曜、晴れ。上半身裸では寒いのでついにワイシャツをひっかけた。いよいよ秋の到来ということになる。この日を2カ月余り待ち焦がれていたので、これからは遠出もしたいと思っている。絵画の活動も復活させたいと思っている。夏バテの暮らしともおさらばだ。と言って今日は日曜だ。週末はなるべく外出を控えているので、例のごとく銭湯の朝風呂とサンディでの食料品買い出しだけにおわるだろう。昨夜はなぜか今日の銭湯が心待ちに待たれてならなかった。 僕が外国を放浪していたおよそ20年の間に日本の文化を恋しく思ったのは寿司とこの銭湯の思い出だけだった。寿司は世界中どこでも食べられるのだけど、ローカル食に比べ割高になるし、たいてい持ち帰り寿司や回転寿司などの店は店主が中国人や韓国人などであって、今一つ入りたいという気持ちが起きなかった。今はその寿司が週に二度本場日本でコンスタントに食べられるのだからとても嬉しい。日本にいて幸福を感じるのはこの二つだけである。 銭湯の方は外国では期待すること自体が無理だった。それに外国の人はシャワーだけで済まし、湯船に湯をはるということもないので、僕などはどこへ行っても物足りない心持ちがした。台湾の恋人の家には湯船はあったけれどタイル張りで、そのタイルの下はコンクリートかレンガなのでいくら熱い湯を注いでもすぐにその熱は拡散してしまうのだった。 これはポルトガルにいたときも似たようなもので、瞬間湯沸かし器からやってくる湯はそもそも十分な温度ではなかったし、高温の湯を足してもらっても日本の湯船に比べるとさめるのが早かった。それでも僕には2週に一度はその贅沢な時間が必要だった。家族の中でこんな風に入浴を楽しむのは僕だけだったから、愛猫のアヌビスが不思議そうな顔をしてバスタブの端に座り込んで僕を眺めていた。
わが愛しのアヌビス。
これは入浴とは言わないが、カナダでは夏の間庭にあるプールで泳いだ後、皆でジャグジーバスを楽しんだことがあった。カナダやアメリカでは日本のような公設プールが存在しないので、庭に直径10メートルほどの家庭プールを備えている家が多い。当時いくらJapan as number oneと騒がれていても日本とカナダやアメリカの経済格差は明々白日だった。
水浴びのあと、ワインやビールを飲みながら男女入り混じってのジャグジーバス歓談は実に楽しいものだった。
カナダのケベック州での普通の中流はこんな暮らしぶりだった。 再びあの頃に戻れたらと思うことはもうないが、懐かしい思い出はいっぱいある。今日も銭湯の湯につかりながらそんな日々を思い出すことだろう。
2020,3,15筆。
九月二十日、土曜、くもり。今朝も4時の起床となった。昨夜は9時に就寝したのだから7時間は熟睡したことになる。昨日は4回目の水泳で1000m泳いだからすっかり熟睡できた。これに午睡が一時間から三時間加算されるのだから睡眠不足の心配はあるまい。 今日は土曜日なので8時23分のバスで業務スーパーに出かけ多少の買い物をしてまたバスで武庫之荘の駅まで行き9時15分くらいには松乃屋の客になって朝食を食べていることになる。ここの卵かけ朝食は十数年前には280円だったのが今では380円になっている。自分はその価値を400円までは認めているので次回値上げをしたらもうそれ以上の値上げは許さないつもりでいる。450円になったらもう食べに行かないだろう。


朝食のあとは隣のダイソーで若干の買い物をしてまっすぐ帰路に就く。10時過ぎには読書の態勢に入っているだろう。今現在図書館からの借り入れが14冊になっているので、少々ピッチを上げて読みたいと思っている。 この夏の間はどこへも出かけなかった。家で読書に明け暮れていた。昨年は涼を求めて毎日のように近くのサイゼリアに出かけて本を読んでいたが、今年はそれほどの耐えがたき暑さを感じたことがなかった。加齢のせいだろうか。扇風機の弱で十分に凌ぎがついた。今朝は気温が25度にまで落ち込んでいる。もうすっかり秋の気配がしている。そろそろ僕の中にいる活動の虫が目覚めようというものだ。来週の木曜日は久しぶりに有馬温泉にでも出かけるか。普段は行動半径2,3キロに留めているので、少しは遠出もよいだろう。老齢真っ盛りを満喫したいものだ。つづく。
2024,2,16筆。
九月十九日、金曜、晴れ。
今日は金曜日なので前述したごとく図書室、くら寿司、水泳巡りの優雅な一日を迎えるわけだが、今図書カードをネットで検索すると7冊の予約本が届いているそうな。これを持ち運ぶのは大儀だから、図書室巡りは最後尾にしてくら寿司から始めようと思う。其れなら10時38分のバスで出発すればちょうどいいだろう。
今日も3時起床なので今は空模様もわからない。昨夜は寒くなったので北側の窓は締めて眠った。今は起床して上半身裸でいるのだけどやや冷やりとする感触だ。お彼岸近くだからこれで正解なんだろうけど、数日の内には上半身も何か布で覆わなければならなくなるだろう。下半身は今しばらくはすっぽんぽんの上に南洋のサロンだけで暮らせるだろう。この綿のサロンは僕にとっては最高のファッションで且つ最も貴重な衣類でもある。これがあるゆえに僕はエアコンの助けなしに猛暑が乗り越えらるというものだ。南洋のビーチに行けば西洋人もみんなこれを愛用している。女性のサロン姿は非常にセクシーだ。ダサい西洋ファッションなど着れたものではない。友人が土産に持ってきてくれた新品がまだ3枚残っているので、僕の生存中はこれで間に合うだろう。


全裸の上に綿のサロンを巻き付けるだけ。夏はこれが最高。
女性のサロン姿はいつも僕の心をぞくぞくさせてくれた。

 77.50 kg
50m x 2 100m
100m x 2 200m
200m x 1 200m
500m x 1 500m
total 1000m
 

2024,8,6 筆。
九月十八日、木曜、晴れ。昨日銭湯に行って熱い湯の中で肩をグリグリ後ろ前に回してみたら、あれほど僕を苦しめてきた50肩がもうすっかり退却しているのを発見してとても嬉しい気持ちになった。これで秋の到来とともにまた絵画を復活出来ようというものである。春先から半年近く膏薬を張り続けてきて結局なんの改善もなく、意を決してスイミングプールに通ったらたったの三日ですっかり相手を降参させられたのだから素晴らしい快挙だといえよう。スイミングスクールの指導員の皆さんはこれを誇りとするべしと思う。たったの三日、2600メートルの遊泳で完治したのである。しかしながら今も多くのご高齢がやはり整形外科医の指導のまま半年も一年もリハビリに通っているかと思うと、気の毒におもわれてならない。医者に頼らず自己の自然治癒力にもっと信頼を傾けるべきなのだ。 幸いに僕は昔から水泳が大好きで、これがあったために酷い腰痛も克服したことがある。1時間半3キロを目標にクロールで泳げば、背骨はまっすぐに引き延ばされて、万病の予防にもなろうというものだ。無駄な贅肉も三カ月でかなり落とせることを経験してきた。2000年の初めからマレーシアのマラッカという古都に住んでいた時には毎日のように市民プールに通ったものだ。50メートルのオリンピックサイズをほとんど自分だけの貸し切りのようにして泳げたことが今は懐かしい。日本では絶対に体験できない優雅なひと時であった。おかげで僕の体はスリムに引き締まり、ローカルの人々よりもダークで精悍な肌の色になった。水着のあとだけだけが白く残ったので更衣室では土地の子供たちに笑われたものだった。 画像 この程度の客の入りようなので全く快適に自由に泳げようというものだ。 この市民プールで過ごす時間は本当に豊かな時間だった。ノンストップで1キロも2キロも3キロも泳ぐのは瞑想の時間でもあった。時に金髪の美しい女性が自分の横を泳いでいるのを見て目を醒まされることがあった。ターンを繰り返すたびに彼女の美しい姿態が目の中に飛び込んでくるのだから、これは得も言われぬ恍惚のひとときだった。日本で暮らすようになって運動不足となり今のように醜い太鼓腹を抱えているようでは、例え美人が横で泳いでいても声さえかけられないだろう。この太鼓腹を解消するには三か月の遊泳ではきっと無理だろう。一年はかかるに違いない。何事も三日坊主の小生にはこの世知辛い窮屈な日本の室内プール事情で一年も泳ぎ続けることは絶対に無理だろう。やんぬるかな。 今日はどこへも外出せず読書に専念したが、半分まで読んでとうとうそれ以上は読めないで挫折した本がある。『ユークリッドの窓』レナード・ムロディナウ著ちくま学芸文庫版だ。明日返却なので焦って読み始めたがとうとう駄目だった。やはり物理や化学は自分の世界ではないと痛感した。(笑)。 今日は一日中お好み焼きとかぼちゃの煮たものを食べていた。明日はまた火曜日と同じで図書室、くら寿司、室内プール巡りの日となる。何事も週に2日のローテーションを組めば小生でも長続きがすると分かった。水泳、図書室、くら寿司、銭湯、サンディでの買い物、すべて週に2回で上手くいっている。しかし今秋から絵画を復活させるとなるとそうはいかない。僕は油絵画家なので毎日コンスタントに描き続けなければパレットに出した絵具も絵筆もダメにしてしまう。僕はこの20年間絵筆を洗ったことがないので二日も休んでしまうと絵筆がボロボロになる。毎日午前中に1時間コンスタントに絵の時間が持てたら申し分ないのだが。
2018,7,10筆。
九月十七日、水曜、晴れ。最近はなぜか3時前後に目が覚めてもうそれっきり眠れないことが多い。残りの人生が短いので、蒲団の中で朝の明けるのを気長に待つなどということができない。それでコーヒーを淹れて読書を始めるのだが、今日はnoteを書くことにした。 今日は水曜日なので予定としては午後3時からの銭湯とその帰り道でサンディに立ち寄ることだけになっている。我が家には冷蔵庫がないので週に二度三度サンディを利用して豆腐や納豆、餃子、卵、調味料、冷たい飲み物などを購入している。冷蔵庫がないから保存はきかない。だから豆腐や餃子はその日のうちに食べてしまう。豆腐は味噌汁に入れればこの猛暑の中でも翌日いっぱいは大丈夫だ。冬場なら三日はゆうに持つので冬場はカレーや鳥鍋などを20㎝径の大鍋にいっぱい作る。三日間そればかり食べ続けることになるわけだが、生来口の卑しい質ではないので、餓えさえしのげればそれで良しとしている。若いときにはカレーライスを三か月間、来る日も来る日も献立を変えずに食べ続けたこともあった。そんなことに注意を傾けるよりは読書や創作を楽しんだ方が良いと考えていたわけだ。今も完全自炊を基本に据えているが、週に二度のくら寿司と週に一度の松乃屋の朝食が彩を添えてくれている。また時々はサンゼリアでミラノ風ドリアンとドリンクバーで読書を楽しむこともある。外食はこの三軒くらいで、いずれも500円程度の出費だから家計の負担にはならない。 お金というものは大変不自由なもので、心からほしいと思っていた時は一向に到来せず、欲しいと思わなくなってからは、今度は逆に積もり積もって持ち主を苦しめることになる。お金というものはただ持っているだけでは何の値打ちもなく、消費して初めて生きてくるものだから、これまた困ってしまう。もはやこの世に欲しいものなどなくなって見れば、消費の方法が見つからず誠に困ったことになる。消費の方法が見つかったところで、それは時間と体力の浪費以外の何物でもないので、あまり歓迎も出来ない。寄付を考えることもあるが、この頃のようにどんな団体も役員も信じられない詐欺社会のイメージが定着してしまっては、臆病な自分などとても足を踏み出せない。実に困った時代になった。
2011,5,16筆。
九月十六日、火曜、晴れ。毎週火曜日は図書館と寿司の日と決まっているが、今日はそれに水泳が加わる。先週もそうだったから大体の予想がつく。10時バスに乗車、10時30分図書室到着、6冊返納4冊借り受け、11時開店早々のくら寿司に到着、3皿から5皿を食す、続いてバスで宝塚の室内プールに12時頃到着、1000メートルを30分で泳ぎ、帰途に就く。おそらく帰宅時刻は2時をまわっているだろう。それからは夕方まで仮眠をとる。5時には目覚めて夕食の支度にかかるだろう。6時にテーブルについて夕食とYoutubeをたのしむ。9時にはPC を離れて床に就き読書を始める。一時間以内には眠りに落ち込んでいるだろう。これが本日火曜日のすべてであり、単純だがこれでなかなかに忙しい。ゆっくり本が読めるのは10時までなので今から始めても残り3時間しかない。今は50肩のために中断している絵画を復活させるとすればどの時間に塩梅すればよいのだろう。これが目下の問題である。
今月読んだ本は今の時点で6冊で列記するなら、
1、流れる星は生きている、、、藤原てい、、、、偕成社文庫
2,コレクション戦争と文学18、、、、、、、、集英社
3、マカオ幻想、、、、、、、、新田次郎、、、、小学館
4、芙蓉の人、、、、、、、、、新田次郎、、、、文春文庫
5、山が見ていた、、、、、、、新田次郎、、、、文春文庫
6、日本紀行 上、、、、、、、イザベラ・バード、、、講談社学術文庫
イザベラ・バードの日本紀行は初めYoutubeで知ったのだが、初めて翻訳を読んでみてその知性と勇気と忍耐に感動した。1878年4月にイギリスを離れ本文は5月21日横浜オリエンタルホテルにて、から始まっている。本国にいる妹に充てた書簡集の形で書かれていて、1880年にロンドンで出版されている。日米和親条約が締結され日本が開国をしたのは1854年のことだからその24年後に訪れ、外国人未踏の山河を伊藤という日本人青年一人を共にして江戸から蝦夷迄を歩いているのだから今どきの恵まれたyoutuberとは比較にならない偉業だと言えよう。好奇心旺盛で非常に観察眼に優れ彼女が描いたというスケッチも大したものだ。続編も借りているのですぐに読み始めたいと思っている。彼女は日本だけでなくお隣の韓国、中国、アメリカ、チベット、カナダ、オーストラリア、ハワイ、中東とかなり広範囲を歩いているので入手可能な限り彼女の紀行文を読んでみたいと思っている。 新田次郎についてはマカオ幻想から読み始めたが、これは遺作に近く死後に発行された模様。彼のものを読むのは始めてだったのだが、やはりそのうまさに感動して一気に読んでしまった。直木賞作家の醍醐味だ。これは小学館のP+D booksで読んだのだけど、外国のペーパーブックに似たカジュアル感と軽量さに魅了され、このシリーズを全部読んでみたい誘惑に駆られている。編集後記に、現在なら不適当と思われる表現として、看護婦、女郎、火夫、毛唐、ひも、賄婦、樵、漁夫、工夫、女中、小僧、水夫、頭がいかれている、女主人、啞、娼妓、女史、びっこ、百姓、未亡人、遊女、等をあげていて面食らってしまった。どうしてそれが不適切表現となったのか僕には理解できない言葉もあるので、何とも味気ない気分に襲われた。 以上は午前中に書いたのだが実際はかなり違ったスケジュールとなったので、今午睡から目覚めて夕食前の時間にその加筆したいと思う。 まず出発は10時丁度ではなく10時38分発のバスになった。図書室で本の差し替えを済ましたときはまだ11時27分だったので、余裕でくら寿司に向かった。ところがバスに乗車してすぐに本を開いたのが悪かった。降車駅をパスしてしまい、朝食兼昼食抜きの状態でスイミングプールに12時に到着してしまった。競泳のように激しく泳ぐつもりは元から無いので、それでもよかったのだが、とてものこと30分で1000メートルは泳げなくて、シャワーを浴びて体育館を出たときは1時半だった。 体重77.20kg。 50メートルx6回 100メートルx2回 200メートルx1回 300メートルx1回 合計1000メートル 退出後空腹を覚えたので、もう一軒のくら寿司にて3皿つまんだ。帰宅したら3時前だった。それから6時まで気持ちよく蕩けるように優しい扇風機の風を受けながら熟睡した。良き一日かな。
2022,10, 6筆。
九月十五日、月曜、晴れ、敬老の日。高校生の頃自転車で日本中を旅していた時、田舎の浜辺で戯れている子供たちに「おっちゃん、どこから来たの」と話しかけられ一瞬たじろいだ記憶がある。おっちゃんて誰のことやねん、僕はまだ高校生なんやで。そう心の中で反発していた。今年76歳になって老骨の身を思い知らされるようになったが、いまだにおじいちゃんと呼ばれた覚えはない。呼ばれたらきっと動揺するに違いない。そんな人称で決して自分を呼ばないでほしいという気持ちがある。自分にもしも孫や曾孫があればきっとそう呼ばれることになったのだろうが、幸か不幸か天涯孤独の身なので助かっている。 敬老の日と言われてもなんの感慨も湧かないが、来年喜寿を迎えたら貯金をはたいて方々旅行しようと考えている。健康寿命がいつまで続くか分からないから貯金を減らして置きたいと考えているのだ。人生最後の遊覧の時間を愉しみたいと思っている。最大の夢としてはルーブル美術館で実際の名画を前に模写をしてみたいと考えているのだけど、本当にこれが本望ならばもう今から準備を始めなければならないのだろう。どうしたら模写を許可してもらえるのかルーブルに問い合わせなければならない。50肩は完全に治しておかなければならない。 本日月曜日は三和商店街へ生鮮食品の買い出しに行く週の割り当てになっている。祝日だから普段と様子が違うかもしれないので自粛したいのだけど、やはり月曜日は三和商店街と頭にインプットされているので、今は出かける気持ちになっている。スーパーに比べると半値近い価格に出会えるので、3軒の八百屋を冷かして歩くのが月曜日の大きな楽しみになっている。あと一時間たてば路線バスに乗って読書を楽しみながら三和商店街へむかっているだろう。have a nice day.
2022,8,23筆。
九月十四日、曇り、日曜。昨日は投稿後すぐに新田次郎を読み終え、午後からはイザベラ・バードの『日本紀行』を読み始めた。現在上の部の349頁(講談社学術文庫版)まで読み進んでいるので今日は何としてもあと50頁読み進んで残り100頁にしたい。残り100頁というのは頑張れば一日で読了できる量なのだ。 今朝は寒くて寝室の窓を閉めたほどだ。昨日も扇風機なしで過ごせたくらいだから当分の間曇天が続けばよいものと思っている。関東では相当の豪雨に見舞われ被害甚大であったそうだが、冷房機のない我が家では曇天で気温が下がってくれるのが何よりうれしい。昨年は52日間連続猛暑日を経験したので冷房機なしでは発狂しかねない有様だったけど、今年は関西でも豪雨の日が間にあって、前年に比べれば随分と過ごしやすかった。それでもマスコミでは史上最大の猛暑だと騒いでいるのでもう全くマスコミのいうことは信じられないという気持ちを強くしている。昨年の52日間連続猛暑のことはもうすっかり忘れてしまったのだろうか。 土曜日は、午前中に業務スーパーに出かけ、その足で松のやで朝食をとることを一週間の割り当てにしていたのだけど、昨日は投稿に夢中になっていて果たせなかった。日曜日は正午から近くの銭湯に行くだけを愉しみにしている。銭湯で二時間を費やするのが心を伸び伸びとさせるのには何よりも効果的だと思っている。ここだけはスマホ文化と隔絶されているので、時代遅れの自分には本当に嬉しい限りだ。 今はほとんどの人が内風呂を持っているはずなのに、銭湯の人気は衰えないようだ。中には定休日以外毎日通っている御仁も多く見受けられる。ここだけは昔に変わらない社交の場が存在するからだろうか。言葉をお互いに投げ合って愉しいひと時を満喫しているようだ。僕が銭湯へ通いだしたきっかけは例の50肩だ。整形外科のリハビリを一日経験してあんなことなら銭湯の熱い湯の中で肩を回した方がもっと効果があると思って通いだしたわけだ。水、金、日と週三日通い始めたのだけど、一日置きではありがたみが薄れるので、水曜日と日曜日の二日だけにして、金曜日は水泳にふりかえた。あと5時間したら僕はどっぷりとあの熱い湯に浸かっているわけだ。それまでは本の続きを読むことにする。皆様も楽しい一日をお過ごしください。


2018.4.28筆。
九月十三日、土曜、くもり。昨日は初投稿を済ませると時刻はすでに11時を回っていたので慌ててバスに飛び乗り、正午前にくら寿司で五皿を食し、それから宝塚の市民運動場にある室内プールに出かけた。春先からの五十肩が一向に良くなる気配がないので思い切って水泳を再開させたのである。 水泳は昨日が二日目で数か月ぶりに泳いだのがこの火曜日のことだった。だから二日あけて再び行ったことになる。数か月前に泳いだ時も五十肩の改善を願ってのことだったのだが、老齢の身には続けること自体がそれなりにしんどいことなので三日坊主に終わったのだった。この間同じアパートの住人からもらった貼り薬でだましていたのだが、これが一向に改善の気配がなく、そしてその貼り薬の在庫も尽きたので医者嫌いの自分を説き伏せて整形外科を訪問したら、膏薬だけをもらうだけで何ら以前と変わらない状況なので、これではとても進歩が望めないと考え最後の望みを託して水泳を再開したのである。 前回の数カ月ぶりの再開の日には数か月前よりも事態が悪くなっているのを知って驚いた。クロールで泳ぐのだが右腕が激痛に襲われて動きが悪くなりとてものこと美しくは泳げないわけだった。整形外科医に水泳のことを話したら「それはやめなさい。溺れる心配があります」と否定され、この医者は何を馬鹿げたことを言っているのかと驚いた次第だが、溺れないまでもぎくしゃくした泳ぎなのでみっともないと思って、中級スイマーコースを遠慮して水深75センチの子供用に移動して肩慣らしをすることにした。背泳ぎで腕を逆方向に回転させるとうめき声が出るほど大変だったけど、クロールと背泳ぎを交互にゆっくりと繰り返しながら25メートルを数回ターンするとだいぶ楽になった。それでまた中級コースに移ることにした。 中級コースに移ってクロールを始めるが初めの数回は25メートルを泳ぎ切るのがやっとという有様だった。その後やっと50メートルをノンストップ、やがて100メートルをスムーズに泳げるようになったので、火曜日の練習は終わりにした。トータルで600メートルは泳いだので一応満足して初日を飾った。石鹸をつけてシャワーを浴びている時も驚くほど肩が楽になっているので膏薬貼りはこの日から必要がなくなった。 それで2日あけていよいよ昨日再挑戦したら、やはり始動時には右肩に激痛が走った。それでまた子供用に移って肩慣らしをした。その後中級コースでクロールで静かに泳ぎ始めた。25メートル、50メートル、100メートルと前回に習って距離を延ばして行き、最後は200メートルを難なく泳げるようになったので満足して水からあがった。トータルで1000メートルは泳いだことだろう。週に二回この運動を続けたら50肩は完全に克服できるだろうという確信が持てた。問題は三日坊主に終わるか終わらないかである。
2025,3,31筆。
九月十二日、金曜、晴れ。

20年ばかり絵画に熱中していたがこの春先に右肩が50肩になり腕が全く上がらなくなった。それで中断して現在に至る。その間何をしていたかと言えば読書に専念していた。毎月10冊から17冊読みふけっていた。もう老齢で完全に現実社会から縁が切れているのでもはや読書より他にこれから先未知の人物に出会える可能性はないので、これからは死ぬまで読書三昧に暮らそうと決心した。

ことし読書を初めてから随分と素晴らしい人物に出会った。高峰秀子、養老孟司、ユヴァル・ノア・ハラリ、レナード・ムロディナウ、そして今は新田次郎の山岳ものを読み始めている。若い時に文学にかぶれたのだけど日本人作家のものはあまり読んでいなかったので、これからその遅れを取り戻したいと考えている。今回新田次郎は初読書なのだけど、この出会いはこの夏に藤原ていの満州引き上げ談を読んで、この著者の夫が新田次郎だと分かってそれで興味が湧いたのであった。

身体中が老いぼれてもう現実のことに関心が薄らいだ身には読書は格別に愉しいものである。読書の楽しみを共有できる仲間が見つかればもっと愉しいに違いないとおもっている。

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