僕と沙羅曼蛇とスケルトンと:青く透き通ったカセットに、僕らは近未来を見ていたんだぜ!の巻。
僕にとってコナミといえば、ファミコンやMSXの神ゲーメーカーという印象が強いです。前に「コナミワイワイワールド」について書かせていただきましたが、そりゃもうコナミキャラクター大集合となれば狂喜乱舞しちゃったわけです。あの時代のコナミロゴを見るだけで、胸の鼓動が高まるようなワクワク感を覚える人は、きっと僕だけではないはずです。
ファミコンに「グラディウス」が移植されたのが1986年。当時はゲームセンターの花形ジャンルがシューティングゲームでした。薄暗いゲームセンターの中で、色鮮やかに輝くグラフィックと、バブルシステムが奏でる素晴らしいサウンド。しかし、当時のファミコンのスペックでアーケードを完全再現するのは至難の業でした。
実際、ファミコン版「グラディウス」は、レーザーがブツ切れになっていたり、オプションが半減したり、ゲームセンターの興奮をそのまま再現するには至りませんでしたが、家でプレイできるってだけで大満足な僕でした。自分の部屋のブラウン管テレビに、あの「ビックバイパー」が映り、カプセルを取って自分好みにパワーアップを選ぶ。それだけで、ゲーセンの熱気が我が家にやってきたような気がしたのです。
コナミのファミコンゲームに外れなし!
いつしか僕は、ファミコンのコナミに野球選手の安打製造機的なイメージを持つようになりました。出すソフトのすべてが高いクオリティで、パッケージの裏面を見るだけで「これは絶対に面白い」と確信できる安心感。ツインビー、グーニーズ、がんばれゴエモン……。文字通りヒット作を量産していたコナミへの信頼感は、当時の子供たちにとって絶大なものでした。
そして1987年、グラディウスの興奮冷めやらぬ内に、「沙羅曼蛇」がファミコンに移植されたのです。
しかし「沙羅曼蛇」って言葉を一発で漢字変換するのって、何気に凄いなぁと思います。現代のパソコンやスマホの賢さにも感心しますが、そもそも「サラマンダ」という西洋の精霊に「沙羅曼蛇」という暴走族(夜露死苦みたいな)の当て字のような、禍々しくもインパクトがある漢字をあてがった当時のコナミのセンスには脱帽してしまいます。
衝撃の「透けるトン」との出会い
ファミコン版「沙羅曼蛇」といえば、まずファミコンにカートリッジを挿す前にサプライズがありました。
箱を開けて中から出てきたのは、これまでの黒いカートリッジではなく、青く透き通ったスケルトン(透けるトン)仕様だったのです。
「うわ、中身が見えてる……!」
2000年頃に透明な樹脂素材を使ったデザイン(iMacやゲームボーイカラーなど)が世を席巻したことがありましたが、それに先駆けたイメージ戦略を打ち出していたことに驚きます。たしかファミコン版「沙羅曼蛇」のテレビCMでも、スケルトンカセットを強調していました。
あの基板が丸見えのデザインに、近未来的な感動を覚えたのは間違いありません。緑色の基板に整然と並ぶICチップ、そして張り巡らされた回路の線。まるで宇宙船のパーツをそのまま封入したかのような錯覚に陥りました。
しかも、このカセットの凄さは見た目だけではありませんでした。あの美しいスケルトンカセットには、コナミの技術者たちの執念とプライドが詰まっていたのです。
職人技が光る「ファミコナイズ」の妙
ファミコン版「沙羅曼蛇」は、ゲーム内容でもインパクトを与えてくれました。グラディウスの時と同じく、アーケード版を忠実に移植することは叶わなかったのですが、それを補うように創意工夫の跡がしっかり見てとれたのです。
まず、「グラディウス」で苦肉の策だったブツ切りのレーザーは、視覚的にロングレーザーに見えるようになり、画面内をすーっと伸びる美しい光線へと進化していました。
さらに、アーケード版にはなかったオリジナルステージを追加して、さらにBGMが神がかっていたり、今聴いても鳥肌が立つほどの旋律です。
そして、パワーアップ方式が親しみのあるグラディウス方式(カプセルを集めて自分でメーターを選択する方式)を継承していたり。
もちろん賛否は大きく分かれたと思います。「アーケードと全然違うじゃないか」という声もあったと思います。しかし、当時は技術の最先端を走っていたアーケードゲームをファミコンに移植する難しさを、アイデアで乗り切って、見事にファミコナイズされていました。もう一つの「沙羅曼蛇」がそこにありました。
ハードの限界を言い訳にせず、むしろ「ファミコンだからこそできる最高の遊び」へと再構築する。そこには、職人技とも言えるコナミの意地と愛が溢れていました。だからこそ、オリジナルそのままは叶わないと分かっていても、シンプルにプレイしていて凄く楽しかったです。
一緒に夢を追いかけたあの時代の熱気
あれから40年近くの歳月が流れました。
今ではすっかりアーケードゲームの移植ってのがなくなってしまいました。ゲームセンター文化の変容や、マシンスペックの逆転現象など、そうならざるを得ない時代の流れを見てきたゲームお爺として、分かっていても寂しい気持ちがあります。
振り返ると、ファミコンやスーパーファミコンの時代。創意工夫でアーケード版に負けない楽しさを生み出すあの熱気と興奮は、メーカーとユーザーが一緒に夢を追いかけていたような感覚があって幸せなひとときだったなぁと思ったりするのでした。
「無茶な移植だけど、コナミならきっと何かやってくれるはず!」
部屋の片隅に今も眠る、少し色あせた青いスケルトンのカセット。時折それを眺めるたびに、僕は今でも、あの熱気に満ちた1987年のリビングへと引き戻されるのです。
