見出し画像

(誕生日おめでとう)


今朝起きて、スマホの電源を入れたら
メールが何件か届いてました。

送り主は 母、上の姉、下の姉、
そして 日本赤十字社【ラブラッド】。

内容はいずれも
「誕生日おめでとう」
といったもので。

はい。
11月22日、僕の誕生日でした。

🎉🎂🥂𝐻𝑎𝑝𝑝𝑦 𝑏𝑖𝑟𝑡ℎ𝑑𝑎𝑦💐🧸🎁

お誕生日おめでとう🎊(^ω^)

オメデトウ! (っ’-‘)╮ =͟͟͞͞🎉ブォン

サン!ハィ!!|`・д・)_/ ハッピバ-スデ-トゥ-ュ-♪(・∀・(・∀・(・∀・

上の姉からのメールです。


忘れてはいなかったけれど
でも、どこか忘れていたような
そこまで気にしていなかったような。

──ああ。今日なんだ。

小さい頃のように
指折り数えて待ちわびるでもなく、
かといって
また一つ年を重ねたんだなと
しみじみするでもなく。

これで一歩、終わりに近づけた。
そんな、
後ろ向きで 少し暗い希望を
感じてみたりして。

どうして“おめでとう”なんだろうか。

誰かの役に立っているとは言い難く
生きてていいとはあまり思えないのに。
決して めでたくはないよね、という。

他の人たちなら おめでとうです。
祝い事で、楽しくあるべきイベントで。

家族の誕生日には僕も
“誕生日おめでとう🎉”
のメールを送りますし、
ささやかなプレゼントも贈ります。

では翻って自分の番、となると
なんか違うというか。
まだ生きているのか、と。

実際のところ、
誕生日だとしたって
掃除や洗濯はしないといけないし、
買い出しや用足しにも
出かけないといけないのです。

いつも通りだよ
何にも変わらない
変えられない

こんなにもいつも通りで
めでたくも何ともないって。

そんな虚しい気持ちから
目をそらして、エコバッグ片手に
自宅までの道のりを歩いていく。

ほら、あんなに空が青くてきれい
とてもいい天気だよ?
ぽかぽか暖かくていい日だよね。


立ち寄ったコンビニで
何気なく、スイーツが並ぶ棚の前へ。

しばし迷って、何やら言い訳もして
それを買い物カゴにそっと入れる。

帰宅したら、ちょっと遅めに
なってしまったお昼ごはん🍞🥗☕

やっぱりいつも通りで。
食パンは美味しいし
ポテトサラダは好きだし🥔
コーヒーも美味しい。

でも──
何のかのと言いながらも
ほんの少しだけでもいいから
特別な日にはしたかったんだなって。

コーヒーを飲み干す前に
さっき買ったばかりの それ を
いただきました。

軽い食感のシュー皮と
ひんやり濃厚なカスタードクリーム。
甘さ控えめのホイップクリームは
溢れんばかりにたっぷりと。

──だから『ダブルシュー』なんだ。
妙に納得。

ひとくちずつ丁寧に味わって
言葉にしない思いと一緒に
噛みしめるように。

シュークリームなんていつぶりだろう。
こんなにおいしかったっけ。

食べ終えた後には
しっかりとした満足感があって、
少し気持ちも落ち着きました。

買ってよかった
食べられてよかった
おいしくて──幸せだ。


きっと誰かからは疎まれていて
自分でも価値を感じられなくて
居場所なんてあってないようなもので。

代わりなんていくらでもいるし
いてもいなくても変わらないし
いなくなりたいとも考えるし。

だから僕が誕生日を迎えたって
めでたくはない、と思ってます。
たぶんこれからもずっと。

本当にめでたくないのだとしても
でもやっぱり今日くらいは
「おめでとう」ってことにしておこう。

だって、
シュークリームを食べたとき
生きててよかった って
一瞬だけ思ってしまったから。

1年に1回だけの 特別な日
みなさんにも 幸あらんことを。

なんのはなしですか。