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「夢を持て」では届かない。冷笑する若者に必要なマネジメント

目的を与えるのではなく、小さな裁量から始める

こんにちは、こたまるです。

冷笑する若者に必要なのは、大きな夢ではありません。 失敗しても人格を否定されず、自分の選択が少しだけ結果に効く「小さな裁量」です。目的は、与えるよりも、発生する条件を整えたほうがいい。

「最近の若者は、目標を持たない」

そう言われることがあります。

夢を大きく語らない。会社の理念にすぐ乗らない。努力や成長という言葉にも、少し距離を置いている。何かを熱く語る人を見ても、どこか引いた目で見ている。

その姿勢は、外から見ると冷笑的に見えるかもしれません。

ただ、これを若者全体の性質として語り始めると、少し見えなくなるものがあります。

冷笑は、目的がないことの証明ではなく、目的を持つことのリスクに反応している姿勢かもしれない、ということです。

この記事を読むことで、目標を持たない人を励ます前に、目的が発生する条件をどう整えればよいのかが見えてくるはずです。


冷笑は、無欲ではなく予防線

本気になると、失敗したときに傷つきます。

目標を語ると、評価の対象になります。

夢を見せる言葉が、いつの間にか都合よく働かせる言葉に変わることもあります。

頑張っても報われるとは限らないのに、頑張らない理由だけは責められる。

そういう経験や観察が重なると、最初から少し斜に構えておくことは、ある意味で合理的です。

傷つく前に、距離を取る。

期待する前に、茶化す。

本気になる前に、「まあ、そんなものですよね」と言っておく。

冷笑は、怠慢というより、先に自分を守るための予防線なのかもしれません。

だから、「もっと目標を持て」「夢を持て」「主体的になれ」と言っても、あまり届かないことがあります。

その言葉自体が、また何かに巻き込まれる合図として聞こえてしまうからです。


目標は、ときどき管理の言葉になる

目標を持てと言われる。

その目標が評価される。

達成できなければ、努力不足と言われる。

達成できれば、次はもっと高い目標を求められる。

こう考えると、目標を持たないことは、単なる未熟さではありません。巻き込まれすぎないための距離の取り方でもあります。

もちろん、目的や目標が不要だと言いたいわけではありません。

むしろ、目的がないまま長く過ごすと、自分の行動がどこにも届かないような感覚が強くなります。何を選んでも変わらないなら、最初から選ばないほうが疲れません。

必要なのは、壮大な人生目標や、会社に都合のいい大義ではないでしょう。

「これをやったら、少し変わった」

「自分で選んだ部分が、結果につながった」

その小さな接続です。

目的とは、上から注入されるスローガンではなく、自分と世界のあいだに生まれる手応えに近いのかもしれません。

組織側はどうしても安易にラベリングされた目標をもたせたくなるものです、なぜならば管理側が簡単だからです。


必要なのは、目的を与えるマネジメントではない

では、管理者は何をすればよいのでしょうか。

私は、目的を与えるよりも、目的が発生する条件を整えることが大切ではないでしょうか。

たとえば、「自由にやって」と大きな仕事を渡すだけでは、裁量を渡したことになりません。判断の範囲が曖昧なままなら、それは自由ではなく放置です。

ここまでは自分で決めてよい。
ここから先は相談する。
失敗した場合は、
この範囲で一緒に振り返る。

その境界を明確にして、まず小さく任せる。

さらに、短いフィードバックループをつくることです。

何をしたのか。

何が変わったのか。

何は変わらなかったのか。

次にどこを変えるのか。

この確認があると、仕事はただの作業ではなく、自分と世界の接点になります。

冷笑の反対は、熱血ではありません。

自分の行動が、少しだけ効いたと分かることです。


冷笑の奥にある違和感を読む

冷笑的に見える人ほど、何も感じていないとは限りません。

何かが雑に扱われると、急に細かくなる。

誰も気にしない矛盾には、なぜか反応する。

やる気はないと言いながら、特定の部分だけは異様に気にしている。

そういうところに、その人の関心や価値観の入口があります。

何に腹が立つのか。

何なら少し気になるのか。

何を見たときに、つい考え続けてしまうのか。

会社の理念や社会貢献を、そのまま渡しても響かないことがあります。それよりも、その人の違和感、得意、嫌悪、こだわりと仕事を接続したほうが、目的は本人の側から立ち上がりやすい。

ただし、ここで相手の内面を勝手に解釈しすぎるのも危険です。冷笑の裏に必ず隠れた情熱がある、と決めつける必要はありません。疲れているだけかもしれないし、その仕事が合っていないだけかもしれない。

マネージャーの仕事は、相手の人生を救うことではありません。

冷笑をすぐに矯正せず、選べる範囲と試せる範囲をつくり、その反応を一緒に観察することです。


むすびに。
夢より先に、選べる一歩を

失敗しても、人格まで否定されなかった。

自分で選んだことが、少しだけ結果につながった。

大きな夢を語らなくても、次に試す理由が生まれた。

そういう経験が積み重なると、目的は少しずつ戻ってくるのではないでしょうか。

若者に必要なのは、夢を持てという説教ではありません。

小さな裁量。
小さな責任。
小さな成功。

そして、うまくいかなかったときに、何が起きたのかを一緒に見てくれる人です。

目的を持たない若者が増えたのではなく、目的を持つことの危うさに敏感な人が増えたのかもしれません。

だとしたら、マネジメントの役割は、目的を注入することではないでしょう。

「これなら少し、自分で選んでもいい」と思える場所をつくることです。


あなたの周りにいる、冷笑的に見える人は、何を冷笑しているのでしょうか。

その言葉の奥にある違和感へ、小さな裁量を返す余地は残っているでしょうか。

#マネジメント #若者論 #組織づくり #主体性 #目標設定 #冷笑系

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