先にあるもの
ご縁があって、一時的に東京にいた治療家さんに10日間、連日治療を受けました。
マッサージと経絡への刺激を使った、頭とアトピーの治療です。
この5月に、仕事の繁忙期が終わった疲れで蕁麻疹が出てしまい、ひどい痒みで苦しみました。
日夜、終わりのない痒みと痛みに疲弊していました。
いたわりの言葉を雨みたいにもらって、涙があふれそうでした。
体調不良に苦しんだこの5年間の、胸の痛みが洗われていくようでした。
苦しみの経験を良いとは思わないけれど、その後、時を待つかのように心が解放され、涙があふれるときが訪れる。
そんなことが、何度かありました。
このとき、
すべては無駄ではなかったのだ、
と、胸の内のどこかで感じます。
苦しみを経て感じるものは、受容と成長。経験を通して、苦しみが光に変容すること。
先の見えないトンネルの中にあっても、
希望は必ず、先にある。
だから、希望を手放さない。
改めて、その大切さを思いました。
最近出会った谷川俊太郎さんの詩に、
心がふるえました。
谷川俊太郎さんの詩集より、ひとつの詩を、
ご紹介します。
泣いているきみ
泣いているきみのとなりに座って
ぼくはきみの胸の中の草原を想う
ぼくが行ったことのないそこで
きみは広い広い空にむかって歌っている
泣いているきみが好きだ
笑っているきみと同じくらい
哀しみはいつもどこにでもあって
それはいつか必ず歓びへと溶けていく
泣いているわけをぼくは訊ねない
たとえそれがぼくのせいだとしても
いまきみはぼくの手のとどかないところで
世界に抱きしめられている
きみの涙のひとしずくのうちに
あらゆる時代のあらゆる人々がいて
ぼくは彼らにむかって言うだろう
泣いているきみが好きだと
訪れる、深いかなしみ。
その中にうずくまって、もう動けない、と思うこともある。
でも、かなしみは、どこか、誰かとつながっているように思います。
たくさんの人が深いかなしみや痛み、苦しみを抱えながら生きてきて、そして奇跡みたいな今がある。
日々歓びは生まれ、笑いの花が咲く。
この地球上に、どんなにかなしい記憶があるとしても、どんなに深い苦悩があるとしても、
それでも人は生きる。
生きていることそのものが、
終わりのないひかり。
雨に、風に、空に、大地に、
今日のひかりは溶けている。
どんな深いかなしみの上にも
ひかりはしんしんと降り積もる。
やがて訪れる 新たな歓びのために。
今日を生きるいのちに
穏やかな祝福がありますように。

いつもありがとうございます。
