叶えたい夢〜祖父の手仕事を辿る旅(エッセイ)
数年前から、ぼんやりと心に描いている想いがある。
「金具職人だった祖父の作った金具が使われている神社や仏閣を巡りたい」
しかし、祖父は何十年も前に亡くなり、仕事の記録など手がかりになる物が何もない状態なのである。
最近、記憶を失い始めた父。
声や歩き方が祖父に似てきた父の向こうに、祖父の面影が見え隠れする。
年老いた父の手が祖父の金具を持つ手と重なり、私を幼い頃に引き戻す。
祖父は城下町の職人街に店舗兼作業場の長屋を構え、通りには桶屋や氷屋があった。
祖父母とは別々に住んでいたが、小学生一年生のとき、父が郊外に新居を建てたのを期に一緒に住むことになる。
父は祖父のために、新居に店舗兼作業場と旋盤を置く小屋を作った。
作業場には、種類の違う真鍮の延板を巻いたものが、いくつも棚に並べられていた。
作業する座布団の前には、立方体の金属の台が黒光して、どっしりと構えている。その台の上で真鍮の板を加工する。
傍には大小様々な種類の金槌や木槌が並べられていて、手を伸ばせばすぐに取り出せる。真鍮の板をくり抜くための打ち具も様々な型があった。
休みの日に遅くまで寝ていると、朝早くからトントンカンカンと真鍮の板を叩く音が聞こえてくる。
作業場を覗くと、祖父が膝掛けをかけて、背中を丸めて作業をしていた。
シンクの下には金メッキに使う硫酸などの薬品があり、作業場には金属の擦れた匂いや薬品の匂いが漂う。
作業場はときどき私と弟の遊び場になっていて、延板のクズや針金を切ったり、研磨機で削ったりして遊んでいたことが懐かしい。今思えば、よく自由に遊ばせてくれたなと思う。
事あるごとに、桜のある庭で、祖父は嬉しそうにニコンのフィルムカメラで私の写真を撮ってくれた。このカメラを誤って捨ててしまったのが悔やまれる。
「おねえちゃん」
息子の長女だった私を祖父はそう呼んだ。
厳しい人だと親戚にも恐れられていたが、私には優しかった記憶しかない。
アルミ製のお弁当箱が教室の机の下敷きになり、潰れてしまったことがあった。祖父に頼むと、ボコボコになっていたお弁当箱をトンカンと金槌であっという間に直してくれた。嬉しくて、祖父が直してくれたお弁当箱を持つと誇らしい気持ちになった。
祖父の作った金具は、仏壇や仏閣、神社の社、御神輿などに使われている。
祖父に会いに行くつもりで、護国神社を参拝すると、晴れていることが多い。お社の正面の祖父の金具が輝き、なんだか祖父が笑顔で迎えてくれている気がする。
祖父が作った金具が装飾されたお社や神輿をもっと見てみたいという想いが胸をかすめるようになった。
ところが、祖父の作った金具が使われた神社は、市内にある護国神社しか知らないことに気がついた。
家族の思い出を記した祖父の日記さえも、父が捨ててしまって、何も記録が残っていない。
作業場にあった道具や材料は、職人仲間が引き取ってくれたらしい。古い墨壺だけが戸棚の中にしまってある。
手がかりがあるとすれば、職人仲間だろうか。
それとも、市内の寺や神社をしらみつぶしにあたるとよいのだろうか。
どちらにしても根気のいる作業になりそうだ。
実は、祖母は工芸作家で祖母の作品はいつくか実家に残っている。祖父が結核に罹り、働けなくなったとき、器用な祖母が編み物や工芸を教えて家計を支えていた。
祖父の作ったものは大きな仏壇が一つあるだけだ。
いつか祖父の金具を巡る旅をすることが、私の小さな夢。
再び創作と向き合い始めた私が、祖父の手仕事を通して自分のルーツを確かめたいのかもしれない。
いや、そんな大層なことじゃない。祖父が私に注いでくれた愛情を祖父の金具を通して確認したいのだ。祖父の愛情に触れたい。ただ、それだけなのかもしれない。
ーーまずはあの墨壺がしまってある扉を開けてみよう。
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