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素浪人わたり放浪奇(九) 雨葉村の妖怪寺〜役者絵と、水と油の恋心【六の巻】|リライト版

 宿から歩いてそう遠くないところに玉庵先生の寺はあった。
「えーとね、この四辻を左に曲がって………ここだよ。立派な寺だねぇ」
三吉は飲み屋で玉庵先生から書いてもらった地図を見ながら、大きな寺を指さした。門構えには紫陽花寺と書いてある。
 門をくぐると、水色や紫や桃色、白と色とりどりの紫陽花が美しく咲いていた。寺の墓は本堂の後ろにあるようだった。
「えらい立派な寺だな」
俺は目を細めて、寺の本堂を見上げた。
「何かご用ですか」
女の声がしてあたりを見回すと、紫陽花の中に抜けるように白い肌の女が立っていた。俺は慌てて口に手拭いを巻いた。来る道中、暑くて手拭いを外しちまった。
「玉庵先生に遊びに来ていいよって言われてたものなんですけど…….」
三吉は気負いもせず答えた。
「お聞きしております。やぷろぐ村からいらした、わたり殿と三吉殿?」
「そうです!」
「私、玉庵の妻のいとです。どうぞこちらへ」
玉庵の妻と言う女は手招きして、中へ案内した。
「ありがとうございます!」
三吉が地面に頭がつくかと思うほどの深いお辞儀をした。
「…….よろしくお願ぇします」
思わずお糸の美しさに見惚れちまった。俺は手拭いを押さえながら、なんとか声を絞り出した。

 本堂に入って右の渡り廊下を歩いて行くと、左手に十畳の座敷があり、そこが寺子屋になっていた。
 玉庵先生はちょうど南蛮渡来の細工箱の稽古中だった。塾生一人に対して、一つの細工箱が当てがわれ、玉庵先生がみなの様子を見てまわっている。塾生は十人いただろうか。細工箱の数に限りがあって、そんなに人数は増やせないと玉庵先生が居酒屋で言ってたな。子供はおらず、大人向けの稽古のようだ。
 エレキテルで動く細工箱は本当になんでもできた。細工箱の硝子窓を使えば、遠くの奴とも話ができるし、文字を書き算術もこなす、まさに万能のカラクリだった。
 塾生の中にシャオがいた。シャオの細工箱をのぞいてみると、硝子窓に色鮮やかな素晴らしい絵が映し出されていた。
「絵も描けるのか?」
「ソウダヨ。わたり殿、細工箱を使うとカンタンに絵が描けるんデス」
俺が聞くとシャオが得意げに答えた。
「みせて、みせてー」
三吉もシャオの細工箱を覗き込んだ。
「すごい!!もしかして、これお千代ちゃんじゃない?」
「ソウデス」
シャオは恥ずかしそうに頷いた。
「シャオさん、絵がうまいんだね!」
「アリガトウ。ワタシはモトモト浮世絵師になる修行をするために日本にキマシタ。浮世絵師に弟子入りシテ、絵師の修行もシテイマス。モットうまくなりたいデス」
「十分うまいよ!俺もシャオさんにお千代ちゃんの絵を描いてほしいなぁ」
「墨書きで良ければ、今度サシアゲマス」
シャオが照れ笑いすると、三吉はくしゃくしゃの顔で笑った。
「ありがとう!」
 南蛮渡来の細工箱は絵も描けるのか……..これは時代が激変するときが来るに違いない。たとえ失敗しても、この商機にのらねぇ手はねぇ。俺と三吉は玉庵先生にぜひ先生の教えに預かりたいと願い出た。
「今は定員がいっぱいなんですよ。しかし、お千代さんのご贔屓となれば、配慮しましょう。特別に夜の部を開きますのでご参加ください」
「日中は塾代を稼ぎますから、よろしくお願ぇします」
刀を南蛮渡来の細工箱に持ち替えようと腹を括った。

 挨拶をして、寺を去ろうとすると、赤い紐を首に巻いた白い猫がついてきた。だらんと伸びた赤い紐を引きずりながら歩いている。
「たま、ダメだ!」
先生が杖を置いて猫を抱き寄せた。
「あら、柱に紐を括りつけて置いたのにとれちゃったのね」
奥さんが先生が抱いている猫を撫でると、猫はゴロゴロと音を鳴らした。
「だめだぞ、たま。寺の外は危険だらけだ。お前はここにいるんだ」
先生は猫の目を見て言い聞かせた。
「可愛い猫ですね。それにしても見事な紫陽花だ。これほどのものは見たことがない」
紫陽花を褒めると玉庵先生は誇らしげだった。
「いい油粕をまいてるんです。だから、この紫陽花寺の紫陽花は育ちが良くて素晴らしい花を咲かせるんですよ」
「何本かお持ち帰りになったらいいわ」
お糸が紫陽花の花を数本切って、俺と三吉に渡した。
「わたり殿、三吉殿、では明後日の夜。お待ちしております」
先生は猫を抱きながら微笑んだ。
俺たちは先生と奥様と白い猫に見送られ夕暮れの紫陽花寺を後にした。
「さぁ、いっちょ、やってやるぞう」
俺が紫陽花を持った手を高くあげると三吉が笑った。
「わたりの『いっちょ、やってやる』が出た。本気だね」
「あったりめぇよぉ。まずは日雇いの仕事を探すとしようぜ」
「うん」
南蛮渡来の細工箱との出会いに興奮が抑えられなかった。俺たちは夕日を背にして、宿まで勇足で歩いた。


第10話 七の巻 寺子屋での稽古 へつづく


 昨年、創作大賞エンタメ原作部門に応募した作品をリライトしてお届けしています。
 別アカウントにありましたが、整理するためにこちらに引っ越しすることにしました。
※名称の一部を変更しました。

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