逆行カツカレーロード(シニカルショート・ショート)
この作品は、シュールな描写がありますが、「食べる」と「食べられる」の境界をテーマにしたフィクションです。
俺はカレーの中にいた。
おかしい。
海の家でカツカレーを食べていただけなのに。
ギラギラと輝く太陽と潮の匂い。
べたついた砂が体にまとわりつく。
砂を払いながら、海の家に入り、カツカレーを注文した。
灼熱の暑さの中、カツ、カレー、ライスを一口で口の中に頬張る。
サクサクのカツ、スパイシーなカレー、ライスの甘さと歯応え。
「うまい!」
おもわず目を閉じて、絶妙なハーモニーを味わう。
次の瞬間、目を開けると目の前にはカレーの海が広がっていた。
一歩進むと、褐色のカレーが左右に別れ、銀色の道が現れた。
俺はその道らしきものの上に立っている。
「おひとり様、ご案内です」
ウェイターの姿をした色黒の若い男が現れた。
「お前、誰?」
「私は……まだ申し上げられません。食べ物を食べたお客様には義務があります。私と一緒に参りましょう」
「やだよ!」
「もう一口食べたでしょう?これは義務なんです」
抵抗しても、俺の体は銀色の道を勝手に進んでいく。
切り立ったカレーの壁の前に、ゴツゴツしたじゃがいも、色鮮やかなにんじん、コロンとした玉ねぎが並んで待っている。
「どちらをご所望ですか?」
ウェイターが訊いた。
「全部だよ!あと肉!肉がないと始まらない。それからカツね!」
「そうですか。みなさーん、全員欲しいですって。ジャンプして!」
じゃがいも、にんじん、玉ねぎがカレーの海の中に次々とダイブしていく。
「で、肉は?」
「肉ですか......わかりました。ーーえいっ」
ウェイターが俺の体を突き飛ばして、カレーの海の中へ放り込んだ。
ドロドロの液体の中で、頭と手足がバラけていく。
「はい。肉の一丁あがり。ロースにはちゃんと衣をつけて揚げときますから。それともヒレがいいですか?」
「ーーお前は誰なんだ?!」
俺の体はカレーの中で細切れになっていった。
「申し遅れました。アメ色に炒めた玉ねぎ、アメちゃんです。私がいないとカレーは成り立ちませんから。さぁ、スパイスちゃん、行くよ!」
ウェイターは香ばしいスパイスたちを抱えて、バラバラになった俺に乗っかってきた。
「あなたは時間を遡る調理体験をしています。私たちは、あなたの体の一部になるんですから、この体験はあなたの義務なんです。心配しなくても、ライスは外注なんで後で来ますよ」
カレーの壁はどろりと大きく崩れて、ぐるぐると渦を巻き始める。
「うわーっ」
混沌とした茶色い海の中で意識が薄れていった。
気がつくと、俺はカツカレーをたいらげていた。
「暑さのせいか?」
「パパ、何言ってるの?」
隣では小さな息子が不思議そうに俺をみている。
カツカレーの皿を見ると米が一粒残っていた。
それをスプーンでなんとか取って口に運ぶ。
「ごちそうさま。美味かったな」
俺は静かに手を合わせた。
「お客さん、背中が汚れてるよ!」
海の家の店員が俺に声をかけた。
背中に手を回すと、何かがべったりとついている。
茶色いドロドロの物質だ。
「これは......カレー?」
匂いを嗅ぐとやっぱりカレーだった。
「パパ、もう一度海にはいろう!」
息子が俺の手を引っ張った。
良かった。バラバラになってない。
灼けるような日差しが降り注ぐ中、空になったカツカレーの銀皿がキラリと光っていた。
(約1300字)
※11月未明リライトしました。
本日が締切だったようです。脳内がカツカレーに染まった2週間でした(笑)。
楽しい企画をありがとうございました。
(ちょっと冒険した拙作ですが、置いておきます)
