見出し画像

藤原宮跡を訪れた記憶~早くも次のステップへ

それは平成21年のこと。暑い夏の日に、大和三山を眺めながら草むらの中に立っていました。それが雨の日であったのは、書き留めたメモから知ったこと。撮影した写真からはわからない気候で、何を考えながらであったのかも、手掛かりはありません。ただ文章のタイトルを「いまかがみ」としていたのは、何かの手掛かりをその場所から得ようとしていたのかと、そんな想像ができるのみです。いやもしかすると、単なる思いつきのドライブだったのかもしれないですが。「雨の藤原(ふじわら)宮跡を記憶にとどめた」とだけ私は書き添えていました。

藤原宮跡眺望

藤原宮跡を訪れるきっかけとなったのは、飛鳥(あすか)の地に写真撮影に出かけたことでした。車のナビに、飛鳥への道筋に見えた藤原宮跡の文字があったので、ちょっと興味を持ったのでした。

飛鳥にたびたび出かけたのは、飛鳥寺を訪れるためで、蘇我(そが)氏の建立した、仏教寺院としては現存するもっとも古い史跡です。とはいっても本堂に安置されている、飛鳥大仏という通称の仏像が当時の姿を、(補修された様子は痛々しい印象さえありますが)、とどめているのみで、建物は再建されています。本堂前にはかつての伽藍の礎石が残っていて、時代を示す証拠として撮っておこうとカメラに収めたものでした。そしてこの寺院のすぐ裏手にあった蘇我入鹿(いるか)の首塚。のんびりとした風景をバックに、物静かにそこにある五輪の塔に、不思議な感覚を覚えたものでした。

川原寺(かわらでら)跡、あるいは蘇我馬子の墓と推測される石舞台(いしぶたい)古墳、舞い飛ぶ蝶を間近で目に映すことのできる昆虫館、などいくつかの訪問地があり、たびたび出かけるたびに藤原宮跡に途中立ち寄ろうと考えていたのです。

車を停めることのできるのはごく狭い駐車場で、そのあたりが藤原宮の中心に近い場所。のちに今運動場になっている近くに普通に止めることのできる場所を見つけて、宮跡に歩き、周囲にこぢんまりとそびえる大和三山(やまとさんざん)を目にするのが好きだったのです。

最も目立つのは、ふもとに橿原(かしはら)神宮のある畝傍山(うねびやま)で、稜線は左右対称ではなく、頂上からふもとに至るまでの途中でやや深く折れ曲がるさまが、山の存在を目立たせているかのようでもあります。周囲は平地であるために、大阪から奈良に入ったあたりからでも、距離にして10キロメートル以上は優にあるとは思うものの、特徴ある形状が見てとれるのです。

大阪と奈良の境に位置する、ブドウの産地として有名な柏原(かしわら)から、道を藤原宮跡のほうにとると、途中香芝(かしば)を通り、やがて橿原に至るそれらの地名を、もともとはすべて同じ名前の「かしはら」ではなかったかと、古代からの呼び名の変化を思ったものでした。

そんな畝傍山、そして大和三山のあと二つの耳成山(みみなしやま)と香久山(かぐやま)。香久山以外は火山というのも興味深いですが、古来大和の風景を詠むのにも、この地の代表とされたほど美しい光景を見せてくれるのです。

それら三山に囲まれた藤原宮跡を都と定めたのも、風光明媚を心にとどめることのできた人々の当然の選択だったと言えるかもしれません。

そのような地をたびたび訪れた私の考えていたこと。それは古代への憧憬であったかもしれず、その地にはもう華やかな建物が何一つないというはかなさを覚えることに帰結するかもしれません。

飛鳥時代を、失われた時代への気持ちとして写真を撮ったのは、奈良の写真家入江泰吉(いりえたいきち)でした。この写真精神を継ぐ人々と知り合い、私は10年ほど写真の世界に入っていたのですが、時としてそれらの人々の風景へのあこがれを時代への思いとして受け止め、共感を覚えたものでした。

印象的な風景と、自分自身の何かへの思い。それは一つの状況をかみしめ理解しようとする一つの行動あるいは考えそのものかもしれません。雨の日の藤原宮跡に立って、私は次の何かを考えようとしていたのかもしれません。そして今。果たして何をしようとしていたのか、それを追いかけるのもまた人の歴史であるのでしょう。

ほかにも藤原宮跡で撮影した写真画像はいくつもあるのですが、それらをうまく見つけられませんでした。そのようなことはいつものことでもあるのですが。また発見した時は、別の話題とともにお届けしたいと思っています。

きょうは藤原宮跡を思い返し、これからもまた新しい何かを追い求めようという気持ちになれた気がして、有意義な記述でもありました。いったんこれでnoteブログでの記述を早くも一区切りにして、再びここに戻るのもさほど未来ではないと思いますので、勝手気ままで移り気な私の次のステップへと進み、また文章にてここに戻ってきたいと思っています。それまで何をしているかというと、楽曲を作ること、絵画を描くこと、などなど心の赴くままの振る舞いになると思います。

いいなと思ったら応援しよう!