熊野古道伊勢路完歩を目指して㉒
前回は賀田から飛鳥神社樹叢前を通り、曽根次郎坂太郎坂の登り口までを書きました
曽根次郎坂太郎坂の名前の由来は、「自領他領」が訛ったものと言われてます
かつて「志摩の国」と「紀伊の国」の国境でした
今は、尾鷲市賀田と熊野市二木島の境になっています
今回は、曽根次郎坂太郎坂の石切場跡を書きます
曽根石と石切場跡
熊野古道から少し離れたところに、江戸城の築城に使われた石材の石切場がありました




曽根石は花崗斑岩です
曽根次郎坂太郎坂の石切場跡でも石を割るノミの跡が残る曽根石を見ることができます
江戸時代に江戸城設立のため、こんな遠方の石を切り出して運んだことを考えると浪漫を感じました
熊野古道伊勢路には、綺麗な石畳が多く残っています
雨が多く、土砂が流れないために敷かれています
たくさん曽根の辺りで石が採れたことも起因しています
石畳とヒノキやスギ、シダや苔、山野草などがよく似合います
美しい石畳と日常を忘れるような樹々や植物に囲まれた自然豊かな熊野古道伊勢路にぜひお越しください
