ダイエー出店反対運動に思ったこと、そして今思うこと
13年前、朝のランニング中に見かけた光景が、ずっと頭の片隅に残っていた。
元町の商店街を走り抜けるとき、いくつかの店先に「ダイエー出店反対」ののぼりが立っていた。
その後Facebookにこう書いた。
朝ラン途中の元町の商店街で、ダイエー出店に反対するのぼりを掲げてたお店もあったけど、その店は現時点で地域の人たちにメリットを供与できているのかな?悪く言うつもりは無いんだけど、コンビニと比べても品揃え、開店時間、鮮度など優れているのか?
減価償却しきった施設、設備を使い続け、新たな投資もしない。量が売れないからといって仕入れ量を減らし回転数を下げる。サラリーマンなら定年を迎える年齢を過ぎても、そこに店を建てていた、というだけの既得権益で大型店舗の出店に反対するのならエゴもいいところ。てなことを、民間企業で競争にさらされ働くサラリーマンの立場では感じるんだけど、店舗経営はそれで、大変なこともあるのだろう。でも、彼らも民間企業がどれだけ努力して今の立場を維持しているかは知らないよね。お互い理解することが大事だと思った。
我が地元で起こっている反対運動なんですが、バックに変な入れ知恵する団体がいるようで、主張が支離滅裂になってるんです。 反対することが目的になっている感じで…
今読み返すと、感情が少し前に出ていると思う。
それでも書いたことの筋は、当時の自分なりに正直だった。
13年経った今、この問題を改めて整理してみたい。
その土地に何があったか
出店予定地は、元町エリアの中では比較的まとまった規模の市有地だった。
もともとは東京ディズニーランド開園当初の路線バス乗り場として使われていた場所で、その後は自転車駐輪場として浦安市が管理していた。
浦安の元町は住戸が密集した市街地だ。
そこにこれだけの広さの空地が存在すること自体、開発の議論が起きるのは自然な流れだった。
当時の松崎市長が推進したのは、大規模商業施設と保育園を一体的に整備する民間開発の誘致だった。
待機児童問題が深刻だった当時の浦安にとって、民間資本を活用しながら保育機能を確保するという発想は、行政の判断として筋が通っている。
反対派の主な主張は「公園にすべきだ」というものだったが、実際の反対運動の構図を見ると、少し違う景色が見えてくる。
反対運動の正体
当時、「ダイエーと浦安市の本契約に反対する命を守るデモ」が開催されている。
その主催団体の名前は「新庁舎建設再開の是非を考える自由討論会雄志の会」、共催が「元町発展委員会」だった。
主催団体の名前を見て、違和感を覚えた方は鋭い。
「新庁舎建設」の問題と「ダイエー出店反対」は、本来まったく別の議題だ。
ダイエー出店に反対するデモの主催が、庁舎建設問題を掲げる団体というのは、どう考えても整合しない。
つまりこの反対運動は、商店街の死活問題というより、松崎市政への対抗という政治的文脈が主軸にあった可能性が高い。
私が「バックに変な入れ知恵する団体がいて、主張が支離滅裂になっている」と感じたのは、おそらくこの構図を直感的に察知していたからだろう。
13年後の答え合わせ
結果から言えば、計画はほぼ実現した。
現在、浦安市の認可保育園一覧には「北栄三丁目(ダイエー3階)」に所在する保育園が掲載されている。
松崎元市長が描いた「商業施設+保育園」という構想は、反対運動を経ながらも形になった。
一方で、ダイエーというブランド自体はすでに業績低迷からの再建途上にあり、最終的にイオングループの完全子会社として吸収されていった。
「大型店の出店=地域の安泰」という図式が単純すぎたのも事実で、この点では私の当時の見方も楽観的だったと認める。
ただ、保育園が実際に機能していることを考えると、あの空地の使い方として「公園にすべき」という主張より、結果的に地域の実需に応えた開発になったとは言えるだろう。
今、改めて思うこと
当時の私の投稿で反省すべき点があるとすれば、商店主一人ひとりの切実さへの想像力が薄かった点かもしれない。
ただそれは「地域コミュニティの担い手」といった美しい話ではなく、すでに商売として行き詰まりつつあった個店主が、変化への不安から反対運動に乗った、という方が実態に近いように思う。
その切実さは理解できる。
しかしだからこそ、別の政治的文脈を持つ団体に主導された運動に乗ることで、本来向き合うべき自分たちの問題から目が逸れてしまったとも言える。
「反対することが目的化した運動」は、本来守るべき当事者の利益を見失う。商店主の切実さがあったとしても、それが別の政治的思惑に利用された時点で、その声は歪んでしまった。
市有地の使い方は、誰のために決めるべきか。
行政の方針、民間の提案、住民の声——この三者をどう整理するかは、浦安の元町に限らず、全国の地方都市が繰り返し直面している問いだ。
13年前の朝ランのひとコマが、意外と大きな問いに繋がっていたことを、古い投稿を読み返して改めて実感している。
