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TALESでひっこめた何か


 藤色の空に、筆を走らせたような白色の一閃が走る。それは無機質でいて、無慈悲でいて──あるいは優しいのだろうか。

 *

「あ、また落ちた。最近は多いんだねえ」
 駅のホームでベンチに腰掛け、呑気に空を眺めるAは、背景と殆ど同化している。

「あれは……第七ターミナルの方かな。忙しいものです」
「何を他人事のように」
「他人事ですからね」

 制服姿の車掌は、手元の改札鋏かいさつばさみを弄りながら素っ気なく答える。
 同じシステムのなか、同じ仕事をしていても、他人は他人だ。どうせ一生交わることはないのだから、彼が気にすることはない。

「他に無関心だって言うんだったら、なんで乗車サインが出るたびに影を踏んでくるんだい」
「世界は無駄を嫌うんですよ」
 車掌は、質問に答えたような答えていないような調子で言う。

「無駄だから、私たちは消えていくんじゃないのかい」
「乗車率が低いのに走らせるのも無駄ですから」

「……あんた、何も言われないの?」
「何も。世界のお墨付きってことですね」

「見捨てられているだけじゃない?」
「そうかもしれません。世界は絶えず更新されて忙しいので」

 世界は絶えず更新される。全てを置き去りにする光速とは、あるいはその書き換えの速度であるかもしれない。

「おっ、切符が光った。また来る……いや、行くのかな」
 宙に浮いているような銀色の切符が仄かに明滅する。すると、ほとんど背景と見分けがつかないAの姿が、水面に向かう泡のように浮上し始める。

「なんかこの感覚、癖になってきたよ。ふわふわして」
「……」

 車掌は何も言わずに近寄って、軍靴でその薄い影を、煙草の火でも消すように踏みにじる。すると、浮いていたかの姿は、ふたたびベンチに着地する。
 車掌が足を離すと、水彩の影を踏んだ靴には、世界から剥がれた油彩の欠片が張り付いていた。

「またか。私はまだ行けないのかい」
「そんなに行きたいんですか」
「うーん……どうだろう? 消えたらどうなるのかね」
 Aは、足をブランコのように揺らして言う。

「どうもなりません。ただ、次の資源になるだけです」
「センチの欠片もないね」
「それはもう。センチどころかピコより小さくなりますよ」
「そっちじゃないよ」
 そこでまたひとつ。少しばかり漆に近づいた藤色を、表情のない白色が横切る。

「おー、まただ。下の世では騒いでいるかな」
「かもしれませんね。見た目は綺麗ですから」
「私はあんたに教えられたせいで気まずいけどな」

「そうですか?」
「そうだよ。かつて無邪気に願い事してた、無垢な私を返せ」
「本当に叶うかもしれませんよ。あれが走るほど、世界のリソースが空きますから」

 世界は絶えず更新される。全てに追い付き追い越す光速とは、あるいはその抹消判断の速度であるかもしれない。

「じゃあ、ソイツを走らせないで、願いを摘んでるあんたは悪魔だね」
 Aは眼前の、物言わぬ鉄塊を透けた指先で指して言う。


「失敬な。総量としては変わりません」
「そういうとこだぞ」
「何を言っているか分かりませんね」

「情緒ってものがあるでしょうよ」
「歯車に情緒を求めてはいけません」
「よく言うよ」

 白色──それは、流星。数多星の海を横切り、消えていく。そして、それは世界にとっての、「無意味」の消去。
 何ものからも求められず、顧みられず、忘れ去られゆくもの達を量子へと還す、無機質にして無慈悲なトランザクション。

「ほら、もうこんなに薄いのにさ。風が吹いたら飛ばされそうだ」
 限りなく透明に近いAは、透き通るような声でブルーを気取る。

「宇宙に風は吹きません」
「そういうことじゃないってば」
「そうですか」

 世界とは夢幻のようで幽玄で、無限のようで有限で。何かが生まれるその陰で、何かが終わりを迎えている。

 何ものからも必要とされないものは、世界にとってはただの無意味であり、世界はそれを解き放とうとする。その印が流星であり、銀河往く鉄道である。

「……で、私はいつまでここにいるの」

「ふむ」Aの問いに、車掌はダレスバッグから乗車リストを取り出す。「……あとひとりかひとつ。何かが来たら、走らせねばなりませんね」

「そうかあ。次は何になろうかな」
 改札を潜ったAは、車掌が機関車を走らせるまでの命──否、概念。

「選べませんよ、たぶん」
「夢見るくらい良いだろう、浪漫がないな」
「歯車に浪漫を求めてはいけません」
「よく言うよ」

 そうして、そう遠くないそのときまで。Aが存在の重力を失いかけたら、車掌が影を踏む。そして世界は、そこに在る重要性を誤認する。


 なんとなく、蔵出し。
 何だか負の感情とともに、書いていた気もしますねえ。メインの更新をお休みしている間、錆びつくのだけはちょっと心配です。


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葦生 | Ashoe わたしの書き物が、あなたのなにかに刺さりましたならば、そのお気持ちで結構です。