41. 常識と良識
面白い考えだなと思った。
何かを成し遂げたからそう考えるのか、そういう考えだから何かを成し遂げるのか。
結局のところ「運」なのか。
大昔から、人は豊かになると「幸福」について悩み出す。
生きることに必死な状態では、「幸せ」「夢」なんて贅沢品でしかないだろう。
東出さんは今山奥で鹿を狩って生活しているとのこと。食べる分だけで金銭目的ではない。
その中で彼が思っていることにとても共感できた。
公園ではボールを投げたり蹴ったりはダメ。枝を振り回すのもダメ。花火もできないし、水遊びもダメ。植物を引っこ抜くのもダメ。騒ぐと近所から苦情。
規制や決まりが多すぎる。
小学校の教員をしていて、常々苛立っていた。
子供を明るく、元気に、健やかに育てよう。
なのに最近の子供は元気がない。とか。
「安全」「迷惑をかけない」とか言って、少しでもエラーを起こせばすぐに禁止。
失敗や迷惑の実体験もないままに大人になっていく。
常識は思考停止。良識は押し付け
東出さんが紹介していた言葉。
学校はそれがエスカレートしている。正に「思考停止」に「押し付け」の暴走。
子供は減っているのに不登校は過去最高。自殺者も増えている。
僕は不登校は解決できると確信した。
しかし今の学校では増え続けるだろう。
現に不登校になった子を今の制度の下で、
登校させることに「教師」は板挟みになる。
「普通の教師」は不登校は親のせいにしてる。もしくは子ども自身へ。
常識はその地域で円滑に生きるための文化であるとは思う。
しかし変化の激しい中で混乱している。
合ってない。
考えずに平和に暮らせたらそりゃ楽だ。
大多数を統治するのに必要だとも思う。
良識はずっと違和感を感じてきた。
「感謝しなさい」ってやっぱり変だよ。
感謝はさせるものでなくて、心から湧いてくるもの。つながりがあって感じるもの。
見出しや短文だけではつながれない。
話し合うことで人はつながっていく。
「友を大切にしなさい」
心から湧いてくるほどにつながりを減らす。
過呼吸なら紙袋で過剰な呼吸を減らす。
自分だけでは自分のことはわからない。
他人の意見だけでは自分が無くなる。
思考停止も時には必要。でもずっと思考停止なのもなんかね。
色々考えた末は、ケセラセラ。
うーん、なんて贅沢笑。
