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四度目の出逢いは、パンの香りのなかで

第3話 二つの世界と、古びた仮面

二本目の絵の具が乾き、キャンバスの中に閉じ込められた紗月の姿を見つめながら、私はある決意を固めていた。
残された絵の具はあと一本。次が最後のチャンスだ。しかし、彼女をこの現実世界へ連れ戻すためには、ただ「南の島とヨット」を描くだけで本当に足りるのだろうか。
気がつくと私は、あの奇妙な骨董屋の扉を叩いていた。カランカラン、と寂びた鈴の音が店内に響く。
「おや、生きのいい顔をして戻ってきたな」
薄暗いカウンターの奥から、店主が深く刻まれた顔の皺を歪めて or 緩めて、にやりと笑った。
私はカウンターに腰掛け、これまで起きたすべての出来事を一気に吐き出した。一本目の絵の具で迷い込んだ、緑深い森と蒸気機関車のこと。二本目の絵の具で訪れた、白亜のお城と、そこで花屋として働いていた紗月のこと。そして、彼女が実在し、自分を危機から救ってくれたこと。
店主は、手元でアンティークの懐中時計を磨く手を止め、私の突飛な話を遮ることもなく、ただ興味深そうに目を細めて聞いていた。
「なるほど、二度ともその『紗月』という娘に会えたわけか。絵の具に魅入られた者は数多く見てきたが、同じ存在と何度も巡り合うなど、聞いたことがない。お前と彼女の間には、絵の具の魔力をも凌駕する奇妙な『縁』があるらしいな」
「店主、頼みがある。あの絵の具を、もう一本売ってくれないか。三回じゃ足りないんだ。彼女を完全にこちらへ連れてくる方法を……」
私の言葉に、店主は首を横に振った。
「言ったはずだ、あれは売り物ではない。それに、同じ絵の具はもう我が店には一つもないよ。あれは一期一会の幻だ」
目の前が暗くなりかけたその時、店主はカウンターの奥の棚へ手を伸ばした。埃を払いながら彼が取り出したのは、ずっしりとした木製の箱だった。蓋が開けられると、中から現れたのは、時を経て黒ずんだ、酷く古びた【一枚の仮面】だった。
「だが……二つの世界を無事に往復し、世界の理を理解しつつあるお前になら、この私の『宝物』を授けても良い」
私はその仮面を見つめた。翁の面のようたが、絵の具と同じように不思議な色合いだ、不気味で厳かな意匠。店主がわざわざ「宝物」と呼び、私に手渡そうとするからには、ただの骨董品であるはずがない。
胸に沸き上がる予感に突き動かされ、私は店主の顔をじっと見据えて尋ねた。
「……店主。もしかしてこの仮面、つけたら『どこか』へ行くような仕掛けがあるんじゃないのか?」
店主は、ランタンの灯りに照らされながら、低く掠れた声で笑った。
「察しがいいな、画家。その仮面はな……お前が次の『三回目の世界』を終えた後、すべての始まりの場所へと誘う鍵だ」
「始まりの場所?」
「お前はまだ、その絵の具がなぜ三回しか使えないのか、なぜその娘が絵の中に囚われているのかを知らない。次の世界で彼女の手を握り、現実へ戻ってきた時、幻を現実に引き込んだ歪みが出る可能性がある。多分その娘は次の絵にもいるだろう、お前が次の絵で娘を一緒に描くことで、現実になるだろう。描がなければ、出会う確率はかなり低くなる。なぜなのか知りたいだろう、しかし、この絵の具を全部使い終わらないと理由はわからない。店主にこの仮面は、いつ、顔に宛がうのががいい?店主は、この物語の『本当の幕』が上がるのは全てが終わった後になる。お前が、あの娘を一緒に連れて来てからの話だ。本当の理由を知りたくなったら、この仮面を付けて寝てみろ、起きている時につけても、何も始まらない。いろいろ条件があるから、この宝物はお前に授けるが、向こうから戻ってきたら、受け取りに来なさい。お前は、好奇心があるので、今渡したら、すぐに使ってしまうだろう。だから、今は渡さないよ。
店主の言葉は、この不思議な絵の具
だけではない、続編へと繋がる、大いなる謎を秘めているように感じた。
私は三回目の絵を描くために、店を後にした。
自室に戻り、私は最後の一本となった絵の具を強く握りしめる。
ターゲットは決まっている。太陽が降り注ぐ「南の島」、そして、今度こそ二人でこの縛りから完全に脱出するための「ヨット」。前の二回はあっという間に過ぎてしまった、今回も同じだろう。
でも、この三回目の絵の具の後にはあの仮面が待っている。私はキャンバスに向かい、最後の絵筆を執った。

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