【BON JOVIの日。あの頃の自分と、今の自分。】
久しぶりに、
一晩中BON JOVIを流していた。
17歳。
広島の調理師専門学生だった頃、
初めて出会ったのが
「New Jersey」。
Lay Your Hands On Me。
テレビ越しに見たジョン・ボン・ジョヴィは、
まるで別世界の人間だった。
金髪。
シャウト。
リッチー・サンボラのギター。
ティコの重いドラム。
デヴィッドのキーボード。
何もかもが衝撃だった。
あの頃は、
BON JOVIを聴くだけで、
自分もどこか遠くへ行ける気がしていた。
Bad Medicine。
Born To Be My Baby。
Blood On Blood。
どの曲にも、
“青春”そのものが入っていた。
焼肉屋で働いていた頃は、
栃木の友達に会いに、
年に何度も遠征していた。
新幹線。
飛行機。
車。
その移動中にも、
いつもBON JOVIが流れていた。
そして、
ライブ。
2006年、大阪。
初めての生BON JOVI。
正直に言うと、
当時は少し不思議な感覚だった。
もちろん嬉しかった。
でも、
「人生変わるレベルの衝撃」
を期待しすぎていたのかもしれない。
時代も変わっていた。
だけど、
その後の名古屋ドーム。
入場した瞬間、
「やっぱ遠いな…」
と思っていた。
でも、
ある曲で突然暗転。
次の瞬間。
目の前、
約50m先にジョン。
“えっ…うそ…?”
あの瞬間だけは、
今でも鮮明に覚えている。
音より先に、
空気が変わった。
あれが、
自分にとって一番のライブの記憶かもしれない。
さらに忘れられないのが、
神戸のシークレットライブ。
焼肉屋で、
瓶ビールのシールを剥がして応募して、
奇跡的に当選。
レンタカーで友達と走りながら、
ずっとBON JOVIを流していた。
あの頃は、
まだ何者でもなかったけど、
なぜか毎日が自由だった。
そして時代は流れて、
Keep The FaithでBON JOVIは変わっていく。
Dry County。
今でも、
あの間奏を聴くと鳥肌が立つ。
リッチーのギターは、
速弾きじゃない。
人生を弾いていた。
ジョンが歌い、
リッチーが感情の裏側を鳴らす。
あの空気は、
今のBON JOVIでは、
どうしても出せない。
フィルXが悪い訳じゃない。
むしろ凄いギタリストだと思う。
でも、
自分の中でリッチーは
“代役の効かない片翼”
だった。
そしてTonight、
改めて「These Days」を聴いた。
若い頃は、
正直わからなかった。
暗い。
地味。
New Jerseyほどの派手さがない。
でも、
今になって気づく。
このアルバム、
めちゃくちゃいい。
Lie To Me。
(It's Hard) Letting You Go。
Something To Believe In。
派手じゃない。
でも、
人生の帰り道みたいな曲ばかりだった。
実は、
These Daysには、
忘れられない記憶がある。
広島から島根へ帰ってきた頃。
赤の三菱FTOを新車で買った。
慣らしも終わり、
夜の9号線を走っていた。
でも、
突然、
後輪ロック。
スピン。
左の縁石に衝突した反動で、
ギアも入れていない車が後退。
右側の縁石の間を抜け、
後ろの鉄柱へ衝突。
さらに反動で前進し、
再び左側へ。
警察には、
「対向車が来ていたら死んでいましたよ」
と言われた。
結局、
FTOは15000キロで廃車になった。
今でも思う。
“何かおかしかった”
と。
でも不思議なのは、
その記憶と一緒に、
いつもBON JOVIが流れていること。
夜の9号線。
FTO。
缶コーヒー。
宍道湖の夜。
そしてBON JOVI。
音楽って、
人生の記憶ごと保存するんだと思う。
そして気づけば、
BON JOVIは、
青春の音楽ではなく、
“人生のサウンドトラック”
になっていた。
そんな、
BON JOVIの日。🍻🎸
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#ライブの記憶
#音楽のある人生
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そして時代は、
CrushからBounceへ。
BON JOVIは、
完全に“次の時代”へ入っていた。
It’s My Lifeで、
新しい世代を巻き込みながら、
どこか昔とは違う空気も感じていた。
でも、
あれも間違いなくBON JOVIだった。
2001年9月11日。
焼肉屋で仕事をしながら、
店のテレビに映る同時多発テロを見ていた。
最初は、
何が起きているのかわからなかった。
でも、
2機目が突っ込んだ瞬間、
店の空気が変わった。
あの時代の空気は、
今でも忘れられない。
そして、
その後に聴いた「Bounce」。
Undivided。
Everyday。
あのアルバムには、
当時のアメリカの空気と、
時代の傷が、
そのまま入っていた気がする。
17歳の頃に出会ったBON JOVI。
気づけば、
青春だけじゃなく、
人生そのものと一緒に流れていた。
広島。
焼肉屋。
FTO。
9号線。
ドームライブ。
宍道湖の夜。
どの景色にも、
BON JOVIが流れている。
そして今日もまた、
深夜の部屋で、
BON JOVIを流しながらnoteを書いている。
そんな、
BON JOVIの日。🍻🎸
