水無月とOctoberの謎から始まる、月の名前に残された世界の記憶
はじめに
明治維新直後に、伝統的な和風月名(睦月、如月…)に替わる新たな月の名前が提唱されていたことや、フランス革命直後に一時期だけ導入された短命の月名について、ご存じですか? また、トルコとフィンランドと和風月名を対比させて考えたことはありますか? パプアニューギニアとニュージーランド・マオリ族の月名表現の違いを知っていますか? 月名について紹介する月並なweb記事は世界中に無数に存在すれど、今回は世界で唯一無二の月名解説を行います。冒頭まずは、個人的エピソードをつぶやきます。
6月も下旬になりましたが、6月と聞くと「皆好き」(←「づ」を「ず」と誤タイピング(-_-;))、もとい「水無月」を連想する方もいるでしょう。
中学1年のとき古語の授業で「水無月」という言葉に遭遇し、私は深刻な認知的不協和に苦しんだ記憶があります。6月は梅雨で水に溢れている時期なのに、なぜ水が無いと表現するのだ、と。同じく、10月の「神無月」についても、秋祭りで神々が地域共同体に降臨しているはずなのに、なぜ神が無いのか、と疑問を感じました。こちらは、神が出雲に向かって不在になるからだよ、という説明で納得できましたが。
けれど「水無月」については、いまだ納得できていません。旧暦の6月は現在の7月下旬〜8月上旬にあたり、梅雨が明けて猛暑になり、水が干上がる時期だったんだよ、というまことしやかな説明、あるいは、田植えという一大仕事を「みんなでやり尽くした月」=「皆仕尽(みなしつき)」から転じた表現、という俗説も耳にしますが、さてはて。
同じ時期に英語の授業で、「October(10月)は、語源的にはイカの足の10ではなく、タコの足8本と同義です」と習ったときにも、その矛盾(不適切表現ですがイカれ具合)に精神が崩壊しそうになりました。直後に生物の授業で、「イカの足は10本に見えるけど、2本は触腕で足は8本です」と教わり、いよいよ錯乱状態に陥りかけたことも、懐かしい思い出です。
さておき前回のnote記事では、台風を1号、2号、28号といったように数字でカウントするのは、世界中で日本だけのガラパゴス現象であることを説明しました。英語では固有名詞を用いるのに、日本では、数字表記する基本語彙が他にもありますよね。それは暦の月名です。日本では月名を1月、2月と数字でカウントするのに対し、英語圏ではJanuary、Februaryと固有名詞で月名を表現します。
数字月名は、日本に特異なガラパゴス現象なのでしょうか。それとも英語の月名のほうがマイナーで、日本が用いる数字カウントのほうが世界の主流なのでしょうか。答えをご存じですか?今回は、月名の表現について、日本のような数詞型、英語のような固有名詞型を用いる国々を類型化し、それぞれ歴史的にどのような背景事情があるのかをお示しします。まずは、全体の概要を示し、どんどんマニアックな沼に深掘りしていきます。
世界の月名表現の概説
ところ変われば文化変わるで、国々によって月名表記の考え方は多様ですが、私見では大きく、①数詞月名(数字月名)、②ラテン・西欧型、③季節・自然型、④宗教暦・伝統暦型、⑤混合型に区分できると思います。
①数詞月名
1月、2月・・・12月と、月名を数字でカウントすることは、日本人にとっては自明の理ですが、世界中では必ずしも主流ではないようです。ただ、地球上の特定地域においては、共通して数字で月名を表現してきた国や地域が存在します。具体的には、中国の文化的影響を受けた東アジアの国々で、日本以外に、中国、台湾、韓国、北朝鮮、ベトナム、モンゴルなどが該当します。
②ラテン・西欧型
英語のJanuary、Februaryに始まりDecemberに終わる12の月名は全て、古代ローマの言葉であるラテン語に由来します。元々は、古代ローマの神・皇帝・数字・祭事などに由来する固有名詞ですが、英語以外に、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語などでルーツは共通します。
これら西欧諸国以外でも、これらの国々の政治的・文化的影響を受けた国や地域で、月名の全て(大部分)あるいは一部でラテン語由来の語を用いている国は少なくありません。植民地支配され宗主国の用語を強制された例もあれば、西欧文化に憧れ自発的に受容したケースもあるようです。
③季節・自然型
月名の意味が、その国の自然・農耕・気候に対応している言語(国)もあります。ウクライナ、ポーランド、クロアチアなどスラブ系の言語、そしてフィンランドなどが典型例です。睦月、如月に始まる我らが和風月名も、季節・自然型の月名の例と言えるでしょう。
④宗教暦・伝統暦型
宗教行事や太陰暦に基づくもので、アラブのヒジュラ暦(イスラム暦)、イランのペルシャ暦、インドの伝統ヒンドゥー暦などが該当します。
⑤混合型
トルコのように、12の月名の中に、他の国や文化由来の用語や、自国固有の用語が複雑に入り組んで同棲しているようなケースもあります。
東アジアにおける数詞月名(数字月名)の文化
① 中国の「農暦(旧暦)」と皇帝による時間支配
東アジア諸国が数字で月をカウントする理由は、古代中国の暦システム(中華民暦・農暦など)の影響を強く受けたからです。 古代中国では、暦を作る権利は「天子(皇帝)」だけが有し、周辺国に暦を配ることで支配力を示していました。
かつての太陰太陽暦は「月の満ち欠け(新月〜満月)」を基準にするため、「新月の日=その月の1日」となります。そのため、「1回目の新月のサイクル=1月」「2回目のサイクル=2月」と、天体現象をそのまま機械的に数え上げる方が合理的でした。
税、戸籍、農業管理などの統制を行う上でも、月の順番を的確に把握することが重要で、中国では暦を「天体観測に基づく厳密な国家の科学・統治ツール」として扱い、数字によるシステマチックな管理が定着しました。
②日本
日本でも、役人の事務処理や税の徴収を効率化するため、奈良時代や平安時代の頃からすでに「一月」「二月」という数字での管理が行われていました。時代は下り、1872年(明治5年)、それまでの太陰太陽暦を廃止し、欧米に合わせた太陽暦(グレゴリオ暦)を導入しました。
この際、国家神道の浸透を図るべく新たな固有の月名(例:門神月、納福月など)に変更する構想があり幾つもの提案があったようですが(後ほど具体の月名を紹介します)、結局はすでに定着していた1月、2月の数字カウントをそのまま新暦にスライドさせて現在の形になりました。
③ベトナムと朝鮮・韓国
ベトナムと朝鮮・韓国は、歴史的に中国の文化圏(漢字文化圏)に属しているものの、日本と異なり「漢字」自体は捨てた国として知られています。ただ、これらの国でも、文字を替えた後も月名を数字でカウントする慣習は強固に残存しています。
④中国にも存在した固有名詞月名
実は、古代中国には数詞月名以外に、孟春(1月)、仲春(2月)のような固有名詞の月名が、詩経や礼記で用いられています。また、文学の世界では、桃月(3月)、桂月(8月)といった表現も使用されていました。しかしながら、行政効率や天文との整合、陰陽五行のような数理思想などを背景として、固有名詞の月名は一般的ではなく、数詞月名が常用されてきました。
⑤日本の和風月名の普及実態
睦月、如月にはじまる和風月名は、枠組み自体は上述の中国古来の固有名詞月名に起源をもち、これを日本風にアレンジしたものです。和風月名というと、昔の人たちはこれを日常生活で広く利用されていたとイメージされがちですが、これは全くの誤解です。文学作品の中や、手紙(書簡)の冒頭に「如月の折……」と添えるなど、風流な表現として教養層が用いることはあっても、公文書や日常生活では庶民層も含め、もっぱら数詞月名が使用されていました。歴史上のどの時代よりも、現代のほうが和風月名を目にする機会が多いという指摘もあります。
⑥東アジア文化圏以外での数詞月名の使用実態
参考情報として、かなりトリビアな話になりますが、東アジア文化圏以外での数詞月名の使用実態についても触れておきます。この後説明するように、世界には、1月、2月と数字で月を表現するのではなく、固有名詞で月名表記する国が多くみられます。その中には、公用語として公式には、自国の伝統的語彙あるいは植民地支配時代に受容した西欧式の月名が存在するものの、固有名詞は長くて不便だという理由で、民衆が日常会話の俗称として、数詞で月名を表現している国の例があります。具体的には、マレーシア、インドネシア、フィリピン、エチオピア、ケニア、タンザニア、コロンビア、ベネズエラ、トルコなどです。
他方、東アジア圏以外において、俗称としてではなく、公用語として数詞月名を採用している国もいくつか存在します。具体的には、バヌアツ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、シエラレオネなどの国々です。これらの国は、かつて英国の植民地支配をうけ、かつ、多民族・多部族で構成される国であるという点で共通します。民族・部族間の対立抑止の観点からも、元々の現地語と宗主国の言葉を融合させた共通語としてクレオール語(ピジン言語)が誕生しました。クレオール語としては、簡便でわかりやすい用語が好まれるため、月名を数字で数えて表現するルールが確立したのが、これらの国です。
ラテン・西欧型の固有名詞月名
①古代ローマの暦の起源
英語をはじめ、西欧諸国で用いられる月名は、元々は、古代ローマ帝国における神・皇帝・数字・祭事などに由来する固有名詞です。現在の英語、フランス語、ドイツ語などの月名と、そのルーツであるラテン語(ローマ暦)の対応は以下の通りです。

英語で10月を意味するOctoberが、ラテン語の「8」を意味するoctoに由来することはよく知られていますが、実は、September(9月)、November(11月)、December(12月)の語源もそれぞれ「7」「9」「10」で、数字に2つ分、乖離があります。
というのも、現在の国際標準のカレンダーであるグレゴリオ暦の起源であるローマ暦は、紀元前753年ごろに、ローマ建国の祖ロムルス王が制定したとされていますが、現在の1月と2月が存在せず、1年は10か月(304日間)だけでした。これは、天文学的な正確さよりも、「農耕と戦争のスケジュール」に特化したものでした。
すなわち、農作業や戦争が本格化する春(現在の3月)が1年のはじまりで、農作物が育たず、戦争もできない真冬(1月と2月)は存在しないものと扱われていました。なので、Septemberは7番目の月、Octoberは8番目の月に該当し、順序が一致していたのです。
ところが2代目王マヌが紀元前713年ごろ、冬の空白期間を埋めるため、新たに2つの月(1月と2月)を追加し、1年は12か月(355日)となりました。これにより、玉突きでSeptemberは9番目の月、Octoberは10番目の月となり、ずれが生じてしまったのです。
ちなみにマヌ暦は月の満ち欠けを基準(太陰太陽暦)にしていたため、実際の季節と毎年約10日間ほど乖離が生じ、ローマの権力者はその調整に苦慮していましたが、紀元前46年にユリウス・カエサルがエジプトの進んだ天文学を導入し、太陽暦を完成させました。
②西洋諸国などでローマ暦(月名)が普遍化した理由
ローマの月名は、Julyはカエサル王、Augustは皇帝アウグストゥスの誕生日で、帝国の権力と直結し、また、MarchやMayのように神話の神と結びつくものもあり、西欧のアイデンティティ・文化そのものでした。さらに、のちにはカトリックの教会権力とも結びつき、月名は、宗教時間の基礎となり、人々の生活に根付くものとなりました。それにしても、8を意味するOctoberの語で 10番目の月を表現して平然としていられる西欧人はメンタル強すぎです。
数字月名を当たり前のように使用してきた東アジア人にとっては、学習コストが高く、直感的な月順把握が困難な固有名詞を月名として利用する西洋の慣習は非合理極まりない因習のように感じられます。マックス・ウェーバーやカール・マルクスと違って、ジョセフ・ニーダムが中国文明を高く評価したのも首肯できます。けれど、西欧人にとっては、ローマ由来の月名こそが自らの歴史の正統性やアイデンティティの基盤として自明視されてきたのですね。
なので、東アジアのように、数字名詞を使うという発想自体、歴史上ハナから存在しなかったのが西欧の実情です。次に示す唯一の例外を除いてですが。
③フランス革命後の数詞月名導入と頓挫
実は西欧においても、ローマ由来の月名を廃し、数詞月名を導入しようとする試みが一度だけ存在しました。それは、フランス革命期のフランスにおいてです。
フランスの革命政府は、わかりやすく合理的な制度導入を推し進めました。メートルやグラムのような十進法の単位が世界で初めて統一的に導入されたのも、温度単位として現在の摂氏(℃)が導入されたのも、革命期のフランスにおいての出来事です。
同じように、暦についても、東アジアと同様に、数字月名に変更し、さらに、1週間を10日に区切り変更する改革を断行しました。数字月名は、国民には無機質で、親しみにくかったことから、導入直後に折衷案として、フランスの四季の自然現象や農耕にちなんだ新たな固有名詞を付与した月名を新たに導入しました。ロベスピエールが失脚した「テルミドールのクーデター」や、ナポレオンが権力を握った「ブリュメール18日の政変」は、この月名に由来します。
ただ、いずれにせよこの革命暦は、国民にはすこぶる不評で猛反発を買い、カトリックとの和解の観点からも、ナポレオンは元々のグレゴリオ暦に戻しました。なので、フランス革命暦はほんの12年ほどでお蔵入りです。このエピソードは国家が合理主義・理想主義を追求して新制度の導入を図っても、民衆の伝統や生活感覚になじまないものは受理されず、頓挫に終わる、という摂理を物語っています。
ここで参考までに、フランス革命暦の月名と、その約100年後・明治革命直後の日本で提唱された新たな月名案を対比して示します。厳密にいえば、フランス革命暦は9月下旬からスタートし、1月の「Vendémiaire(ブドウ月)」は9月22日~10月21日に当たりますが、わかりやすいようデフォルメして10月としています。
$$
\begin{array}{l:l:l:l:l}
月 & フランス革命暦 & 原義 & 明治初期に提案された幻の月名 & 原義 \\
\hline
1月 & Nivôse(ニヴォーズ) & 雪 & 門神月 & 門の神を祀る、新年の守護 \\
2月 & Pluviôse(プリュヴィオーズ) & 雨 & 納福月 & 福を取り入れる月 \\
3月 & Ventôse(ヴァントーズ) & 風 & 陽春月 & 春の陽気・生命の始まり \\
4月 & Germinal(ジェルミナル) & 発芽 & 発生月 & 万物が生じる \\
5月 & Floréal(フロレアル) & 花 & 長養月 & 成長・養育の季節 \\
6月 & Prairial(プレリアル) & 牧草 & 浄化月 & 祓い・清め(梅雨・祓えの季節) \\
7月 & Messidor(メシドール) & 収穫 & 盛夏月 & 夏の盛り \\
8月 & Thermidor(テルミドール) & 熱 & 積暑月 & 暑さが積もる \\
9月 & Fructidor(フリュクティドール) & 果実 & 成熟月 & 作物の成熟 \\
10月 & Vendémiaire(ヴァンデミエール) & ブドウ & 収穫月 & 実りの季節 \\
11月 & Brumaire(ブリュメール) & 霧 & 蔵収月 & 収穫物を蔵に納める \\
12月 & Frimaire(フリメール) & 霜 & 歳終月 & 年の終わり \\
\hline
\end{array}
$$
季節や自然に根差したスラブやフィンランドの月名
東欧や北欧において、西欧とは民族の背景や言語の異なる国々の中には、ローマ由来の固有名詞の影響をほとんど受けることなく、自国の季節や自然に根差した独自の月名を付与している国もあります。その代表例が、ウクライナ、ポーランド、クロアチア、そしてフィンランドです。上述のフランス革命暦や和風月名も、このカテゴリーに当てはまります。
$$
\begin{array}{l:l:l:l:l:l:l:l:l}
月 & ウクライナ語 & 原義 & ポーランド語 & 原義 & クロアチア語 & 原義 & フィンランド語 & 原義 \\
\hline
1月 & січень & 伐採 & styczeń & 接合・結合(年の変わり目) & siječanj & 伐採 & tammikuu & 「樫」の月 \\
2月 & лютий & 厳しい・残酷(寒さ) & luty & 厳しい・荒々しい & veljača & 大きい・力強い(寒気) & helmikuu & 「真珠(氷粒)」の月 \\
3月 & березень & 白樺 & marzec & 軍神マルス(ラテン語由来) & ožujak & 春の兆し(語源不詳説あり) & maaliskuu & 「大地(土が現れる)」の月 \\
4月 & квітень & 花 & kwiecień & 花 & travanj & 草 & huhtikuu & 「焼畑(灰)」の月 \\
5月 & травень & 草 & maj & 女神マイア(ラテン語由来) & svibanj & ハナズオウ(春の花) & toukokuu & 「種まき」の月 \\
6月 & червень & 虫(コチニール染料用) & czerwiec & 虫(コチニール染料用) & lipanj & 菩提樹 & kesäkuu & 「夏」の月 \\
7月 & липень & 菩提樹 & lipiec & 菩提樹 & srpanj & 鎌(収穫) & heinäkuu & 「干し草」の月 \\
8月 & серпень & 鎌 & sierpień & 鎌 & kolovoz & (車輪引き)収穫運搬 & elokuu & 「収穫」の月 \\
9月 & вересень & ヒース植物 & wrzesień & ヒース植物 & rujan & 鹿の繁殖期(鳴き声) & syyskuu & 「秋」の月 \\
10月 & жовтень & 黄色(紅葉) & październik & 麻の加工 & listopad & 落葉 & lokakuu & 「泥」の月 \\
11月 & листопад & 落葉 & listopad & 落葉 & studeni & 寒さ・冷え込み & marraskuu & 「枯死」の月 \\
12月 & грудень & 凍土・土塊 & grudzień & 凍土・土塊 & prosinac & 冬至期の「差し込む光」 & joulukuu & 「ユール(冬祭り)」の月 \\
\hline
\end{array}
$$
①スラブの月名
ウクライナ、ポーランド、クロアチアはいずれもスラブ系の民族の国ですが、いずれも自然・気候・農作業に基づく固有語彙が中心です。そして、3か国とも、各月の語彙が似通っています。4月の意味は花、7月は菩提樹、8月は鎌、11月は落葉、12月は凍土を意味します。
自然環境や生活環境の厳しさ故に、愛着をもって伝統的な固有語彙を存続してきたのだと思われますが、3か国の月名をじっくり比較すると、いくつか細かいことに気づきます。例えば、ウクライナとポーランドは共通性が高いですが、ポーランドでは、3月と5月だけはラテン語由来・西欧型の月名となっています。
これは非常に興味深い点で、ポーランドは元々スラブ系民族ですが、中世以降、カトリック文化圏に属し、教会・行政・学問はラテン語がメインとなります。他方で、民衆の日常生活や農業においては、伝統的な固有語が維持されたようです。この点、宗教行事の多い春の3月と5月は教会との結びつきが強く、ローマ暦が混入したものの、ほかの月は、固有語彙が温存されていることがわかります。
クロアチアの月名は、ウクライナと共通のものも多いですが、「鹿の繁殖期(鳴き声)」を意味する9月、「冬至期の差し込む光」を意味する11月のような独自の語彙もあります。
ちなみにスラブ諸国の月名は、ウクライナが最も伝統的要素が強固で、ベラルーシはウクライナと共通性が高く、チェコはポーランド同様に、ラテン語由来・西欧型の月名が一部混入しているようです。
②参考までにロシアの月名
スラブ圏の国の月名に関して、もう一つ、興味深いことがあります。それはスラブの雄(ゆう)を自任するロシアは、スラブの伝統的な語彙を月名に一切用いておらず、ローマ由来西欧型の固有名詞を借用していることです。ロシアが西欧の国から、ローマ由来の語彙の使用を強要された史実はなく、自文化へのコンプレックスから自発的に西欧文化を積極的に取り入れた、その一環のようです。
これは、ウクライナとロシアの関係を考える上で、重要なポイントのように感じます。ウクライナの視点からは、スラブ自然暦を月名に完全温存している我らこそが、スラブ文化の正統的な継承者・リーダーであり、安易にローマ由来の語彙に切り替えたロシアは西欧に魂を売った軽蔑すべき面汚しのように映るのではないでしょうか。そして、このような精神構造こそが、両国の対立の根底に横たわっているのかも知れません。(といいつつ、ウクライナにおいても、日常生活では数字で月を表現する人たちも少なくないようです)
③フィンランドの月名
フィンランドというと、森と湖など自然環境が豊かであるものの、冬は極寒でオーロラに白夜、サンタクロースにムーミンの故郷としてよく知られています。そして、フィンランド人は、ローマやゲルマン、スラブとは民族のルーツが全く異なり、言語体系も「ウラル語族」に区分される独特の言葉を使う国です。
フィンランドにおいても、先に見たウクライナやポーランドと同様に、その土地・その時期の気候・農作業・植物の名前で月名が構成されています。民族や風土が異なるので、ウクライナなどスラブ系の月名とは語彙の共通性は低いようですが、いずれの国々の名称からも郷土愛が強く感じ取れます。
ちなみに、フィンランドを除く北欧3か国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)の民族系統は、いずれもインド・ヨーロッパ語族のゲルマン人(北ゲルマン人)で、ドイツ語や英語と比較的似た言語を使用しています。そして、この3か国の月名の語彙は、基本的にはローマ・西欧の固有名詞を用いていますが、唯一12月だけは例外で、3か国とも古代ゲルマン民族の冬至祭・北欧神話に由来する冬祭り「ユール」が月名となっています。この12月の月名こそは、北欧3か国にとって、完全に西欧文化に吸収され切らない、というアイデンティティの在り処・よすがなのかも知れません。
さらに興味深いことに、フィンランドは、民族構成を異にするこれらゲルマン系3か国由来の冬祭り「ユール」を習合し、12月の月名にはユールに由来する語彙をあてています。フィンランドでは11月に「枯死」を迎えた翌月に、ユールがやってくるとは、なんとも奥ゆかしいことです。
さらにおまけで、バルト3国がこれまた面白い。バルト・スラブ語派という概念があるようですが(知ったかぶりですが、たまたま昨日読んだ大山祐亮氏の本(晶文社)の受け売りです)、エストニア語はフィン・ウゴル語族に属しスラブとは無関係で、実際、月名表現もフィンランド語と瓜二つです。他方で、リトアニアの月名表現は、スラブ(ウクライナ)との共通性が高く、ラトビアは公用語としてはラテン・西欧型の月名表現ですが、民俗語彙としてスラブの影響を残す固有の月名表現が存在するようです。
トルコの混合型月名
①「ウラル・アルタイ語族」という古い概念の検証?
直前でフィンランドのことを取り上げましたが、次いでこの国に強い親近感を抱くトルコを取り上げます。実は、19世紀末から20世紀前半の時期には、「日本とトルコとフィンランド」は遠い親戚だといった主張が、この3国でまことしやかに語られたことがあります。(今でも、フィンランド好きのトルコ人は多いとか)。現在の感覚では荒唐無稽な疑似歴史のたぐいですが、文法構造の類似性が高いという観点から、「ウラル・アルタイ語族」という概念が提唱されていたのです。
ただ、音韻対応などが全く異なるとして、言語学ではこの概念は完全否定されているようですが、ここで改めて、最たる基礎語彙といえる月名で、3国の共通性が見られるかどうかを検証してみましょう。
$$
\begin{array}{l:l:l:l:l:l:l}
月 & トルコ語 & 原義(トルコ) & フィンランド語 & 原義(フィンランド) & 和風月名 & 原義(日本) \\
\hline
1月 & Ocak & トルコ語で「暖炉」(冬に火を囲む時期) & tammikuu & 「樫」の月 & 睦月 & 親族が集まり「睦び合う」 \\
2月 & Şubat & 古代メソポタミア語の「安息・休息」 & helmikuu & 「真珠(氷粒)」の月 & 如月 & 寒さで「衣をさらに重ねる」 \\
3月 & Mart & 軍神マルス(ラテン語由来) & maaliskuu & 「大地(土が現れる)」の月 & 弥生 & 草木が「ますます生い茂る」 \\
4月 & Nisan & バビロニア語の「春・芽吹き」 & huhtikuu & 「焼畑(灰)」の月 & 卯月 & 卯の花(ウツギ)が咲く \\
5月 & Mayıs & 女神マイア(ラテン語由来) & toukokuu & 「種まき」の月 & 皐月 & 田植え(早苗を植える) \\
6月 & Haziran & 古代中東語で「夏・熱の時期」 & kesäkuu & 「夏」の月 & 水無月 & 「水の月」(田に水を張る) \\
7月 & Temmuz & メソポタミア神名 & heinäkuu & 「干し草」の月 & 文月 & 七夕で文を書く/稲穂が実る説 \\
8月 & Ağustos & アウグストゥス皇帝(ラテン語由来) & elokuu & 「収穫」の月 & 葉月 & 木の葉が落ち始める \\
9月 & Eylül & セム語の「収穫・ぶどう」 & syyskuu & 「秋」の月 & 長月 & 夜が長くなる \\
10月 & Ekim & トルコ語で「種まき」 & lokakuu & 「泥」の月 & 神無月 & 神々が出雲に集まり「不在」 \\
11月 & Kasım & アラビア語で「区切り」 & marraskuu & 「枯死」の月 & 霜月 & 霜が降りる \\
12月 & Aralık & トルコ語で「間・間際」 & joulukuu & 「ユール(冬祭り)」の月 & 師走 & 僧(師)も走るほど忙しい \\
\hline
\end{array}
$$
どうでしょうかね。無理やりこじつけると、意味内容の似たものもありますが、系統関係は無さそうに感じます。(ただ、数字の後に、フィンランドでは「kuu」、日本では「月」を固定的に付けて呼称する共通性は面白いですね。東アジア(数詞型)とフィン・ウゴル語族の月名表記に共通するようです。)
②究極の混合型月名
トルコの月名の原義を確認すると、ラテン語、アラビア語、古代ヘブライ語由来の語彙と、トルコ語固有の単語がミックスされた大混血の固有名詞群であることがわかります。これには、同国の歴史的・地理的要因が大きく関わっています。
というのも、トルコが位置するアナトリア半島は、太古から東西の交易の結節点として、時に戦争も繰り返しながら繁栄してきました。トルコの首都・コンスタンティノープルは、歴史的に黒海・地中海を結ぶ海運の要衝であり、かつてはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都として君臨し、「人種のるつぼ」として中央アジアの遊牧民からヨーロッパのキリスト教徒、中東の商人など多様な民族が共存してきたのです。
トルコの月名には、このような同国の歴史が、重層的・輻輳的に埋め込まれているのです。生物学的では、遺伝子の多様性が生物種の強みとされますが、月名からも読み取れるところの文化的多様性が、トルコの強み・ポテンシャルの高さを意味するのかも知れませんね。
イスラム、イラン、インドの月名
西洋か東洋かという区分では、東洋にあたり、物理的な距離は日本に近いはずではあるものの、宗教観・世界観が日本人には理解しづらいのが、中東やインドのあたりの文化や言語です。
太陰暦が使用され西暦とは暦が乖離していること(イランは11世紀頃から太陽暦を使用)、占星術や伝統的な宗教儀式と連動していて複雑極まりない上に、地域によって言葉が異なっていたり、ラマダンの時期が移動するなど、西暦にそのまま当てはめるのは無理があります。だけど、ここではちょっと強引に、アラブのヒジュラ暦(イスラム暦)、イランのペルシャ暦、インドの伝統ヒンドゥー暦の月名を、西暦2026年に準拠する形で一覧表示します。
$$
\begin{array}{l:l:l:l:l:l:l}
月 & イスラム暦 & 原義(意味) & イラン暦 & 原義 & インド暦 & 原義 \\
\hline
1月 & Rajab & 敬う・神聖 & Dey & 創造神アフラ・マズダ & Pausha & 星宿プシャ \\
2月 & Shaʿbān & 分散・枝分かれ & Bahman & 善なる思考 & Magha & 星宿マガ(祖霊) \\
3月 & Ramaḍān & 灼熱(断食月) & Esfand & 敬虔・献身 & Phalguna & 星宿ファールグニ \\
4月 & Shawwāl & 繁殖期(持ち上げ移動) & Farvardin & 守護霊(祖霊) & Chaitra & 星宿チトラ \\
5月 & Dhū al‑Qaʿdah & 休戦、座る & Ordibehesht & 最高の真理 & Vaisakha & 星宿ヴィシャーカ \\
6月 & Dhū al‑Ḥijjah & 巡礼月 & Khordad & 完全性・健康 & Jyeshtha & 「最も強い・長者」 \\
7月 & Muḥarram & 「禁止された」神聖月 & Tir & 雨・星(ティシュトリヤ) & Ashadha & 星宿アシャーダ \\
8月 & Ṣafar & 「空虚」(人がいない) & Mordad & 不死 & Shravana & 星シュラヴァナ \\
9月 & Rabīʿ I & 「春」(第1) & Shahrivar & 理想的支配 & Bhadrapada & 吉祥な足 \\
10月 & Rabīʿ II & 「春」(第2) & Mehr & 契約・光の神ミスラ & Ashvina & 双神アシュヴィン \\
11月 & Jumādā I & 「乾燥凍結」(第1) & Aban & 水の神 & Kartika & 軍神カールティケーヤ \\
12月 & Jumādā II & 「乾燥凍結」(第2) & Azar & 火 & Margashirsha & 「鹿の頭」(星宿) \\
\hline
\end{array}
$$
ちなみに、イスラム暦といっても、現在、公式歴として用いられているのはサウジアラビアぐらいで、湾岸諸国のアラブ系諸国では、アラビア語化したローマ由来の西欧型の月名がもっぱら常用されています(ロシアと同じですね)。特殊なのが、イラクやシリアのようなレバント地方の「多民族国家」で、このあたりはバビロニア/アラム語系の神話や季節感に密着した月名が今でも使用されているようです。
タイやカンボジア、ラオスのようなサンスクリット文化の影響を受けた国でも、インド暦の世界観に基づく月名が用いられています(もっとも、これら3国の月名は、古代インド型の二十七宿(ナクシャトラ)ではなく、19世紀末に近代化の過程で新たに導入した黄道十二宮(ラシ)です)。中国文化圏であったベトナムが、数詞月名を使用していることとの対比において興味深い点です。
少数民族の月名表記
少数民族や原住民の伝統社会における月名表記のことも触れないわけにはいきません。一口に伝統社会といっても、アフリカから中国、シベリア、北米・南米、オセアニアに至るまで、様々な地域に多数の民族集団が存在しますが、いくつかのパターンが想定されます。
古くから宗主国や庇護国、あるいは支配・従属関係にはないものの強く影響を及ぼす文明・文化国家が存在した場合は、月名構造において、これらの国の言語的影響を受けていることが想定されます。
例えばジャワ島西部のスンダ族の精神文化は、「土着の基層信仰(アニミズム)」の上に「インド文化(ヒンドゥー教・仏教)」が加わり、さらにその上を「イスラム文化」が覆うという、三層のレイヤー構造が見られます。そして、それぞれに対応する3つの暦(月名構造)が存在し、状況によって使い分ける器用な暮らしをしてるようです。
比較的隔絶された地域で、他国から影響をあまり受けずに伝統を維持してきた集団においては、自然環境、季節、動植物、狩猟採取・農業などの生業・生活、神話や土着宗教に関連した語彙による月名が広く用いられています。先程の5類型では、スラブやフィンランドのような季節・自然型と似たパターンです。
例えば、EPによる研究で知られるアフリカのヌアー族、アイヌ、ニュージーランドのキウイ(マオリ族)などは、自然環境の観察を通じた暦文化を有し、生活密着型の「空間と時間の完全な一致」が見られる生態暦を持っているようです。同じ民族でも部族によって言葉の使い方は異なるようですが、いくつか例を挙げます。

他方で、ごく小規模で狩猟採取の移動生活を送る集団では、アフリカのサン族(ブッシュマン)のように暦を持たず、固定的な年・月の区切りをせず、季節をゆるやかにとらえて生活している場合もあるようです。オーストラリアのアボリジニの伝統社会においても、グループごとの差異が大きいようですが、星の位置や動植物の行動で季節を精密に把握するものの、12区分の月名は持たずに季節を6つ程度に区分して伝統的語彙が充てられてきました。
そんなこんなで、ダラダラと世界の月名について書き綴っていると、文字数が1万字に達してしまいました。少数民族の月名はさながら底なし沼のように深遠で、はまり切ってしまうと永遠に抜け出せなくなってしまいそうなので、このあたりでおしまいとします。
おわりに
今回の企画は、前回取り上げたところの台風のように台風1号、2号と表現するのと同じ感覚で1月、2月と数詞で月名をカウントするのは、日本だけのガラパゴス現象なのか、それとも、英語のように、January、Februaryと固有名詞で表現するほうがニッチな慣行なのか、という問問いへの解説として、名の歴史的背景や文化的意義について掘り下げて検証してきました。
今回取り上げてきたように、「各国・各民族の歴史や文化・アイデンティティは、暦の月名を見れば一目瞭然」と言っても過言ではないぐらい、月名は奥の深いものです。数詞型のほうが一見、合理的ですが、農業などの実用性、文化や精神的支柱、伝統の擁護などの観点から、各国それぞれにおいて固有の月名構造が維持されてきました。
極めて月並み過ぎる結語ですが、各国の月名に裏打ちされた歴史を学び異文化理解を深めることで、相互不信・相互不和が解消され、相互理解・相互親善につながることを願っています。「皆好き」(冒頭の誤タイピングを敢えて再掲します)といえるグローバル社会が実現するといいですね。
次回も関連した話題を続けます。ご期待ください。
