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原発癌、乳頭癌、sm癌、オカルト癌って何だ?(面白医学用語集①)

医学の学術専門用語というと、重厚で難解感に満ちたイメージを持たれがちです。だけど、あまた存在する医学用語の中には、言葉の響きにミステリアス感が漂い、あれこれ思い巡らせて妄想にふけこみかねないもの、思わず吹き出して爆笑したくなるようなものも少なくありません。

ゆるい雑学ネタとして、面白医学用語をシリーズの形で、時々取り上げていきます。今回は第一弾、癌関連の用語を10個ほど紹介します。

皆さんは、幾つの言葉を知っていたでしょうか。医療関係者以外で、5個以上知っていたとすれば、あなたはツウに違いありません。


①    原発癌

 医学の世界には、「原発性〇〇」という専門用語がいくつも存在します。「原子力発電所」が彷彿されオドロオドロしい印象が拭えず、「チェールノービリ原発事故の後に多発した病気のことだよ」と説明されると、信じ込んでしまう人がいるかも知れませんね。だけど、医学用語の「原発」は、原子力発電所とは全く関係ありません。
 医学用語で、「原発」とは「他の病気から影響を受けたのではなく、その臓器や場所に、最初から直接発生した」という意味であり、「初発性」と言い換えることができます。
 癌は、しばしば転移することが知られてますよね。例えば、肺癌は脳に、乳癌は骨に、大腸癌は肝臓や肺に転移しやすい特徴があります。たとえば病院での検査で、肺癌が見つかったとしましょう。その肺癌は、そもそも肺に初発したのか、それとも、大腸癌が転移したものなのかを見極めることは、治療方針などを決める上で重要です。前者のように、肺に初発した場合が「原発癌」で、最初にできた病変は「原発巣(げんぱつそう)」とも呼ばれます。

②    乳頭癌

  各大学の医学部では、「学年で一番真面目な秀才君が、講義で「乳頭癌」を「ちくびがん」と発言して、教室中が大爆笑の渦に包まれた」、といったたぐいの逸話に事欠きません。ともあれ乳頭癌とは、「乳首(ちくび)」に発生する癌のことではありません。乳頭(にゅうとう)温泉に湯治に来ていた癌患者から発見されたことに由来し、命名されたものです。というのも、真っ赤なウソです。
 甲状腺癌の一種で、顕微鏡で病変を見たときに、細胞が「指の先や、イソギンチャクの触手のように、モコモコと枝分かれして突き出している構造(乳頭状構造)」をしていることから名付けられたものです。甲状腺がんで最も頻度が高い(約90%)のがこの乳頭がんですが、進行が極めて遅く、「がんの中では最もタチが良い(予後が良い)」ことで知られています。

③    sm癌

 SMクラブの常連客が、SMプレイで傷を負った部位に病変が生じたことから命名された癌、では決してありません。消化器外科の医師が時々用いる略語です。
 やや専門的になりますが、胃や腸などの消化管の壁は、内側から順に「粘膜層(m)」「粘膜下層(sm)」「固有筋層(mp)」という層構造をしています。一番内側の粘膜層(m)だけに留まるがんは、リンパ節転移のリスクがほぼゼロであるため、内視鏡治療だけで完全に治ります。他方で、「固有筋層(mp)」まで達していると、他の部位に転移が生じている可能性が高く、予後(生存期間)は不良です。両者の中間にあたる「粘膜下層(sm層)」に達している癌が「sm癌」なのです。「sm癌」だと、10%程度の確率で周辺のリンパ節に転移している可能性があります。

④    オカルト癌

 ホラー映画やサスペンス映画の愛好者であれば、「オカルト」という単語が持つ魔術的・心霊的なニュアンスから、呪いや怨念、はたまた邪悪な知性によって体内に埋め込まれた異物による、難治性の奇病を連想するかも知れません。だけど、ご安心くだされ。この手の不気味さとは無縁の概念です。
 医学における「オカルト(Occult)」は「隠れた」「目に見えない」という意味を持ちます。オカルト癌(Occult cancer)とは、転移した先のがん(転移巣)が先に見つかり、詳細に検査しても最初に発生した場所(原発巣)が特定できない、または後から見つかるがんのことで、「不顕性(ふけんせい)癌」とも呼ばれます。

⑤    ガングリオーマ

 怪獣やSFの敵キャラクターのような響きを伴い、悪性度が極めて高い癌であるかのような印象が漂います。てんかん発作を起こした子どもが、精密検査目的で大病院を受診して診断されることがありますが、「ガングリオーマ」なんて病名を告知されると、予後不良だと思い込んで親は絶望するかも知れません。
 だけど、ご安心ください。脳の神経細胞に生じる腫瘍ですが、進行は極めてゆっくりで、良性腫瘍に分類されています。自律神経の「神経節(ガングリオン:Ganglion)」と、腫瘍を意味する「〜オーマ(-oma)」が合体した医学用語です。

⑥    インシデンタローマ

 ローマでデンタル・クリニックを開業しているカリスマ歯医者、伝太郎さんのネット上のバンドルネームです。そんな訳ないですよね。
 英語の「Incidental(偶然の)」と、腫瘍を意味する接尾辞「〜オーマ(-oma)」を組み合わせた造語で、別の病気や怪我でCTやMRIを撮った際に、「たまたま偶然見つかった正体不明の腫瘍」を意味します。偶発腫とも呼ばれます。

⑦    テラトーマ

 日本語で「奇形腫(きけいしゅ)」と呼ばれる腫瘍で、ギリシャ語で「怪物・化け物」を意味する「teras(テラス / 語幹:terat-)」と、腫瘍を意味する接尾辞「〜オーマ(-oma)」が組み合わさった用語です。
 本来は卵子や精子になるはずの「生殖細胞」や、胎児の成長初期に全身の組織へ分化する能力を持った細胞が、途中で異常に増殖・分化を始めてしまうことで発生するもので、腫瘍の中に「髪の毛の塊」や「歯」、「骨の破片」などがそのまま含まれる、実にグロテスクな病気です。
 ちなみに、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』に登場する「ピノコ」は、双子の姉の体内にあったテラトーマのパーツをブラック・ジャックが繋ぎ合わせて作ったキャラクターとして知られています。

⑧    チョコレート嚢胞

 チョコレートフォンデュというと、その味覚だけでなく、視覚、触覚、そして食べる行為自体に潜む「過剰さ」「背徳感」「官能性」が結びつき「甘い快楽のメタファー(隠喩)」として描かれることがあります。固形だったチョコレートが熱で溶け、なめらかな液体へと変化する性質そのものが「理性の融解」を象徴し、生クリームや高カロリーな具材が組み合わさる「過剰な糖分と脂肪分」の塊は背徳的な快楽の隠喩であり、粘り気のある濃厚なチョコレートの質感は、人間の皮膚の接触や、官能的な身体の交わりを連想させます。
 卵巣に発生した子宮内膜症病変による袋状の腫瘍である「チョコレート嚢胞(のうほう)」は、毎月の月経による出血が卵巣内部にたまり、手術で取り出すとチョコレートフォンデュのような色と性状のドロドロに溶けた液体が中に詰まっていることから、この名前が定着しました。放置すると「卵巣がん」の発生リスクになり、チョコレートフォンデュの甘い快楽とは対極の病苦です。

⑨    印環細胞癌

 胃がんなどにみられる、悪性度の高いがん細胞の一種です。病変を顕微鏡で観察すると、中世ヨーロッパの貴族が手紙の封蝋(ワックス)に押し付けた「紋章入りの指輪(印環:シグネット・リング)」によく似ていることから、「印環細胞癌」と命名されました。
 印環細胞癌は、比較的若い人たちに突然発症し、急速に進行して命を奪う残酷な性質を持つ悪性腫瘍ですが、アンティークな風合いを帯びた美しい宝飾であるとともに、権力、血統、家門の栄光と呪縛のシンボルであり一族の生殺与奪を握る運命の刻印たるシグネット・リングの不条理さ・不気味さとマッチしており、想像力をかきたてられます。

⑩    肉腫

 肉腫は、骨や筋肉に発生する悪性腫瘍のことです。むしろ「骨肉腫」(骨に発生する肉腫)のほうが言葉として知名度があるかも知れませんが、一般的な癌と比べ発生頻度が低く、あまり聞き慣れない用語だと思われます。
 肉食女子、肉体享楽、酒池肉林など「肉」に関する熟語がある中で、「腫(しゅ)」という不穏な文字が続く肉腫は、耳慣れず得体の知れなさ故に、「何だかよく分からないけれど、普通のがんよりも凶悪で、深く進行していきそう」という未知の恐怖感を与えます。
 ちなみに、肉腫は英語ではサルコーマ(Sarcoma)と呼ばれますが、こちらも音韻から受けるイメージとしては、「封印された古代インドの邪神」のごとく、おそましいカルト的呪詛のようです。

おわりに

 医学用語の奥深さを堪能いただけましたでしょうか。ところで、そもそも「癌」という文字自体、視覚的にも不快な文字ですよね。「癌」という字は、病気を表す「疒(やまいだれ)」の中に、「嵒(がん・いわ)」という文字が入っています。「嵒は」現在の「岩」ですが、「山のように巨大化した病巣が、3つの口を開けてドロドロと体内の栄養を貪り食っている」ような、非常に恐ろしいモンスター的なビジュアルを妄想させます。医療の現場では、患者に安心感を与えるよう、「癌」の漢字を用いず、「がん」とひらがな表記でやさしさを演出するのが一般的です。

 気が向いたら後日、癌以外の領域における「面白医学用語」を紹介するので、ご期待ください。


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