cafe波の音 拓也の恋篇 #せりふ三題噺 #海底カフェ残暑
お盆が過ぎても、夏の陽射しは容赦なく町を照らしていた
海水浴客で賑わっていた海辺も、夕暮れが近づくと人影はまばらになり、波の音だけが砂浜に残る
海の家「カフェ波の音」では、拓也が片付けに追われていた
氷のケースを片付け、テーブルを拭き、空になったジュース瓶をまとめる
「拓也くん」
背後から声をかけられ、拓也は振り返る
そこに立っていたのは、両親の店を手伝っていたユリだった
彼女が身につけている白いワンピースは、波のきらめきを映すように淡く輝き、拓也の目を引いた
まだ付き合っているわけではない
けれど、二人の様子を見ていれば誰だって気づくだろう
互いが特別な存在になりつつあることを
「こっちはもうやっとくよ」
拓也の祖父が声をかける
七十を過ぎた白髪混じりの祖父の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた
拓也の恋路を、あえて口に出さず、ただ温かく見守っている
ユリが軽く会釈をして外に出る
拓也も、無言でそのあとを追った。
⸻
二人は浜辺を歩き出す
夕暮れのオレンジが海面に反射し、波はゆるやかに寄せては返す
足元を洗う潮の冷たさが、残暑の熱気をほんの少し和らげていた
流木を見つけた二人は並んで腰を下ろした
沈黙が続く
けれど、気まずさはない
波のリズムがちょうどよく、二人の間に心地よい空気を生んでいた
ふと、ユリが海を見つめながら口を開く
「ねえ、拓也くん
海底にはね、落ちてきた星が眠ってるって知ってる?
夜空からこぼれた願いごとが波にさらわれて、深い底に沈むんだって。
…だから、海が光るのは、まだ消えきれない願いがそこにあるからなんだよ」
拓也は驚いたように目を瞬かせた
普段は明るく、少しおどけた調子のユリ
けれど今の声は、波音に溶けてしまいそうなくらいに優しく、儚い響きを持っていた
「ユリさんは…願い事、あるの?」
「うん、あるよ」
ユリは小さく笑った。
「拓也くんは?」
拓也はしばし答えず、彼女の横顔を見つめた
頬にかかる髪、真剣に海を見つめる瞳
気づけば体が動きそっと、彼女を抱きしめていた
「た、拓也くん…?」
驚いた声が波音に揺れる
ユリの体は小さくて、でも思ったよりもしっかりと温かかった
ためらいながらも、ユリは抱きしめられたまま小さく呟いた
「……しばらく、このままでいようか…」
「嫌だ、って言ったら?」
驚いて顔を上げたユリの瞳と、拓也の視線がまっすぐに交わる
波が寄せ、静かに引いていく
そのリズムに導かれるように、二人の距離は近づき――
やがて、静かに口づけを交わした
残暑の海風が二人を包み、海底に眠る星がほんの一瞬だけ、輝きを増したように見えた
終わり
今回2度目の参加をさせていただきました
いつも、企画を考えてしてくださりありがとうございます🙇
