キョウダイの種類は、ほぼ無限

ポテトチップスを一緒に食べていた姉から怒られた。
ミカンを食べようとして手に取ったら、妹にバカにされた。

さすがに子供の頃の話だけど、今でも覚えてる。

テレビを見ながら、姉と一緒にポテトチップスを食べていた。私は特に何も考えてなかったと思う。

そうしたら、急に姉が怒りだした。
「アンタが大きい一枚ばかり食べるから、私が小さい欠片ばっかり食べることになる。相手の為に、少しは遠慮して、小さいのも食べな」

そんな感じのことを言われた。
私としては、何も考えずに、ただ手に着いた一枚を取っていただけ。
それでも、知らない内に姉に負担をかけていたみたい。
なるほど、と感心しつつ反省した。
姉からの教えである。

私の実家は小さい畑を持ってる。
売る訳でもない家庭菜園なのに、管理が大変になる広さ。
ミカンの木もあって、収穫してからは結構余る。
売ってるのと比べると、甘さ控えめ、酸味強め。
家族の中でも好き嫌いが分かれる。
私は、あんまり好きではない派閥。
今でもミカンがそんなに好きじゃないのは、昔から家に溢れていたからかもしれない。

テーブルの上にミカンが並んでるのは、いつもの光景。
普段は食べないけど、気まぐれに一つ手に取った。
その時に妹から言われた。

「ミカン選ぶの下手だね」

…ふぅ。やれやれ。
末っ子ていうヤツは何処でもこうなのか?

こだわりの無い家庭菜園で収穫したミカンは、出来にバラつきがある。
比較的綺麗なオレンジ色をしているものも、薄っすら緑っぽいものもある。
その程度の判断ではあるけど、私は緑っぽいミカンを、あえて選んで取った。

私はミカンが好きじゃない。
仮に、売り物みたいに甘くても、そんなに喜べないと思う。

美味しそうなものは、好きな人が食べるべき。そう思ってた。

「良いか、妹よ。ポテチの完全品ばかりを己で食べてしまっては、残骸を他の誰かへ押し付けることになる。それでは思いやりが足りない。お前はミカンの色しか見えていないから、相手の気持ちが理解できない。優しさを受け取っていた事に気づけず、相手を小バカにした。
お前の発言は、つまりはそういう事なのだ。」

そんな感じの反論をした。
今の妹を見ると、末っ子気質はそのまま。
姉からの教えは、あんまり効果が無かったみたい。
二十歳くらいの頃には、私へ向かって「話ツマラナイね?」と言った。
その時も同じような反論をした。
言葉にしないと相手の優しさに気づけないみたい。
性格が変わって欲しいとも思わないから、気にはしてない。

私のこんな思い出も、とりわけ珍しくもない、どこにでもあるキョウダイの話。
親戚とかが集まった時に、笑い話として思い出す。
今振り返っても、やっぱり、それぞれ子供時代の面影が少し残ってる気がする。
私は体験した本人だから、キョウダイが大人になってからの性格とかも知ってる。
子供時代と、大人になった現在との共通点はもちろん、過程も結構知ってる。
仲の良いキョウダイだからね。


キョウダイでもない他人との間で、価値観の違いを感じた時、相手の過去を推定できる感じがする。
例えば、男だけの兄弟の場合は主従関係が強い。
正誤をきっちりさせるための主張が強くなりがち。
主張の強さが生存戦略。
意見が無いなら、意思も無い。
譲り合いよりも「正しい方が勝つ」みたいな関係になりやすいと思う。
”従”の立場の人の本音に気づけないのかも。
そうだとすると、学校での人間関係は…こうなるのでは?
そうすると、出てくる悩みは…こうなるのかも?
となると、長所はこうなるかもしれない。
そういう具合に想定できそう。

口に出すのは無粋だと思うから、本人へ直接確認したことはない。
だから精度の程は分からない。
たまに、共通する性格の人達に「過去にも共通点があるな」と思うくらい。

もし、相手の過去を根掘り葉掘り聞くなんてしたら、また妹から「話ツマラナイね?」と、ご指導ご鞭撻を貰うことになってしまうと思う。




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