006|3日間、世界がぐるぐる回った。強制停止のめまい記録
動けない時間が、私に教えてくれたこと
#めまい #体の声を聞く #強制停止 #自分を整える #日々の気づき
5月23日から、世界がぐるぐる回りました。
比喩ではなく、本当に。
目を開けても、閉じても、体の内側から景色が回っているような感覚。
回転性のめまい。
言葉では知っていたけれど、実際に体験すると、こんなにも自分の意思ではどうにもならないものなのかと、思い知らされました。
立ち上がろうとしても、体がついてこない。
寝返りを打つだけでも、世界が揺れる。
頭では「動かなきゃ」と思っているのに、体はまったく許してくれない。
予定も、やりたいことも、考えていたことも、いったん全部停止。
まさに、強制停止でした。
動けることを、当たり前にしていた
普段の私は、わりと動いています。
仕事のこと。
講座のこと。
発信のこと。
人との約束。
学び。
準備。
次にやりたいこと。
頭の中では、いつも何かが動いている気がします。
「これを整えよう」
「次はこれを書こう」
「この流れで進めよう」
「明日はこれをやろう」
そんなふうに、日々を組み立てているつもりでした。
でも、めまいが始まった瞬間、そのすべてが止まりました。
体が動かないと、予定はただの予定になります。
気合いも、根性も、計画も、体の前ではほとんど役に立ちません。
動けること。
起き上がれること。
まっすぐ歩けること。
目の前の景色が止まって見えること。
それらを、どれだけ当たり前にしていたのだろうと思いました。
耳鼻科には行った。でも、原因ははっきりしなかった
めまいがあまりにひどかったので、耳鼻科には早々に行きました。
でも、これだと明確に原因が限定できたわけではありませんでした。
もちろん、診てもらったことで少し安心した部分はあります。
でも同時に、はっきりしないからこその不安も残りました。
「もう大丈夫なのかな」
「また来たらどうしよう」
「このまま予定をこなしてもいいのかな」
そんなことを考えながら、少し用心して過ごしています。
今週中には、念のため脳外科にも行っておこうと思っています。
大げさにしたいわけではありません。
でも、今回のめまいはかなりひどかった。
だから、自分の体のサインを「まあ大丈夫」で終わらせたくないと思いました。
体のことは、自己判断だけで済ませない。
必要な確認は、ちゃんとしておく。
それも、自分を大切にすることのひとつなのだと思います。
体は、言葉になる前に教えてくれる
私は普段、書くことや思考整理を通して、自分の本音や価値観に気づくことを大切にしています。
ノートに書く。
言葉にする。
自分の内側を見える形にする。
それをずっと伝えてきました。
でも今回、改めて思いました。

言葉になる前に、体が先に教えてくれることがある。
「少し止まって」
「今のペースで本当に大丈夫?」
「ちゃんと自分を見て」
「そのまま走り続けないで」
体は、思っている以上に正直です。
頭では大丈夫だと思っていても、体は別の答えを持っていることがあります。
まだいける。
もう少しできる。
これくらい普通。
休むほどではない。
そうやって頭で判断している間に、体は静かにサインを出してくれていたのかもしれません。
そして、そのサインを見過ごし続けると、ある日突然、強制停止がかかる。
今回のめまいは、私にとって、そんな出来事でした。
「止まる」は、遅れることではない
予定があるのに動けない。
やりたいことがあるのに進まない。
発信したいことがあるのに書けない。
そういう時間は、少し焦ります。
特に、何かを積み上げている途中だと、止まることが怖くなる。
「この流れが止まったらどうしよう」
「せっかく整ってきたのに」
「今、休んでいていいのかな」
そんな気持ちが出てきます。
でも、動けない時間の中で思ったのです。
止まることは、必ずしも遅れることではない。
止まったからこそ、見えることがある。
止まったからこそ、聞こえる声がある。
止まったからこそ、体の状態に気づける。
いつも動いているときには、自分の微細な変化に気づきにくい。
少し疲れている。
少し無理をしている。
少し呼吸が浅い。
少し心が急いでいる。
その「少し」を見逃して、日々を進めてしまうことがあります。
でも、体が止めてくれたとき、ようやく立ち止まれる。
それは、予定を邪魔する出来事ではなく、
自分に戻るための時間だったのかもしれません。
めまいの中で、予定の重さを見直した
めまいがひどい間、当然ですが予定通りには動けませんでした。
そこで気づいたことがあります。
予定は、全部同じ重さではないということ。
どうしても今やる必要があるもの。
少し後ろにずらせるもの。
本当は手放してもいいもの。
自分が勝手に「やらなきゃ」と思い込んでいたもの。
体調を崩すと、それらが自然と分けられていきます。
元気なときは、全部が大事に見える。
全部をこなさなければいけない気がする。
でも、動けなくなると、優先順位が強制的に浮かび上がります。
「あ、これは本当に大事」
「これは今じゃなくてもいい」
「これは、もう少し軽くしてもいい」
体調不良はつらいものですが、
時々、人生の荷物を見直すきっかけにもなるのだと思いました。

自分の体を、後回しにしない
今回、強く思ったことがあります。
自分の体を、後回しにしないこと。
誰かの予定。
仕事の流れ。
やりたいこと。
責任。
発信。
約束。
もちろん、どれも大切です。
でも、それを支えているのは自分の体です。
体が止まれば、全部止まる。
体が揺れれば、世界も揺れる。
どれだけ心が前を向いていても、体がついてこなければ進めません。
だから、体の声を聞くことは、甘えではない。
弱さでもない。
大切な自己管理です。
特に40代・50代になってくると、
「昔と同じように動けるはず」という前提を、少しずつ見直す必要があるのかもしれません。
以前なら無理できたこと。
一晩寝れば戻ったこと。
勢いで乗り越えられたこと。
それが、今の自分には合わなくなっていることもある。
それは衰えというより、
自分の扱い方を更新するタイミングなのだと思います。
書くことで、体の声を拾っていく
今回のことも、私はノートに残しておこうと思っています。
いつから始まったのか。
どんな感覚だったのか。
何が不安だったのか。
どんな予定が重たく感じたのか。
何を見直そうと思ったのか。
体験は、過ぎてしまうと薄れていきます。
「あのとき大変だったな」で終わってしまう。
でも書いておくと、あとで読み返したときに、ちゃんと自分へのメッセージになります。
体調を崩した記録は、ただの病状メモではありません。
自分がどんな生き方をしていたのか。
どこに無理があったのか。
何を大事にしたかったのか。
それを知る手がかりにもなります。
Blueprintで大切にしているのは、
自分の人生を、自分の言葉で見つめること。
それは、夢や目標だけではありません。
不調も。
違和感も。
止まった時間も。
全部、自分を知るための材料になります。
今日の小さな問い
もしよければ、今日ノートに書いてみてください。
最近、体が出してくれていた小さなサインは何ですか?
眠りが浅い。
肩が重い。
朝起きるのがつらい。
予定を見るだけで疲れる。
食欲が乱れる。
いつもよりイライラする。
どんな小さなことでも大丈夫です。
そして、もうひとつ。
そのサインは、私に何を教えてくれているのだろう?
すぐに答えが出なくてもいい。
「わからない」と書いてもいい。
ただ、体の声をなかったことにしない。
それだけでも、自分との関係は少し変わっていくのだと思います。
まとめ
3日間、世界がぐるぐる回りました。
それは、とてもつらい時間でした。
不安もありました。
予定も止まりました。
でもその中で、私は改めて思いました。
体は、私を困らせるために止まったのではなく、
私に何かを知らせようとしてくれていたのかもしれない。
もちろん、体調不良を美化するつもりはありません。
必要な受診はする。
確認すべきことは確認する。
無理はしない。
そのうえで、今回の強制停止を、
自分の生き方を少し見直す時間にしていきたいと思います。
止まることは、遅れることではない。
止まった場所でしか、見えないものがある。
止まった時間にしか、聞こえない声がある。
体の声は、時に予定よりも大切なメッセージをくれる。
今日の私が、その声をちゃんと受け取れますように。
Akiyo
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