【私小説】母
※以前PN周たまきで某小説サイトに投稿したエッセイを、母をモデルに私小説として編集したものです。
母はよく、見た夢の話を聞かせてくる。私は夢の話を聞くのが好きではない。
大抵非現実的で突飛な内容だから想像するだけで疲れるし、そもそも私は見てないので、楽しそうに話されても面白くないからだ。だが、母はいつも楽しそうに話してくるから、なかなか聞きたくない、ということができない。
「家中を掃除するだけなんだけど、間取りがどんどん変わっていくの。でもそれをおかしいと思わないの」
だの
「友達と旅行しているんだけど、バスに乗っているはずが気が付くと飛行機の中で、それでも全然違和感がなくって」
だの
「食器洗いをしていたらコップが割れてね、びっくりして慌ててたら犬がそれをくわえて全部片づけてくれた」
だの。
私は朝起きて、歯を磨き顔を洗い、化粧をして朝食のフルグラをもぐもぐと口に運びながら、母が見た夢の話を聞く。日課(にっか)となっている。へぇ、とか、すごいね、とか、適当に相槌を打ちながら。興味はないが、ただ聞いてるだけでいいのだから、まぁいいやと思っている。
食べ終わると母は食器を洗い、ウキウキと豆を挽いて珈琲メーカーにセットする。
「朝飲む美味しい珈琲はいいね」
とマグカップになみなみと入れた珈琲を渡してくれる。出勤前のルーティーンとなっている。いつも飲みきれずに残してしまうが、母は毎回なみなみと注いでくれる。
家に帰ると、母は風呂を焚き、夜ご飯を用意して待っていてくれる。帰りが遅いと先に食べていることもあるが、大抵、私が帰るのを待って一緒に食べる。
夜は一日の出来事をよく話してくる。
「孫からLINE電話がきてね、用はないけど顔が見たくなったって。会いたいって言ってくれたわ」
とか
「いつも高いブロッコリーが半額だったから沢山買ってきた!しばらくサラダはブロッコリーだよ」
とか
「隣の家のゴミがカラスに漁られて、こっちまでゴミが広がってたから片付けた。風強かったから飛んできたんだわ」
とか。
私は美味しい母の美味しい手料理をもぐもぐと口に運びながら、へぇ、とか、大変だったね、とか、適当に相槌を打ちながら聞く。
母は話をするのが好きだ。
いつも風呂に入る時間が遅い母だが、週末は片づけが終わったらすぐに風呂へ直行し、すさまじい勢いで入り急いで上がってくる。そして
「ビール飲むよ!」
というLINEを送ってくる。
私はいつも、夜ご飯を食べ終わると自室で過ごす。本を読んだり音楽を聴いたり録画したドラマやアニメを観てのんびりする。基本的に食事の時間以外は自室にいるため、一緒に暮らしているのに母との会話があまりない。正確には、母の話は毎日聞くが、私の話はあまりしない。
自分の話を積極的にするのが苦手なのだ。どこからどこまで話せばいいかわからない。聞いてもらうほどの内容でもないと自己完結するため、余計に話すことが見つからない。でも、二人でビールを飲む時間、なぜか話好きの母は私の話を聞こうとする。ネタが尽きて話すことが無くなるからだろうか。
「今日はどうだった?」
と何か期待に満ちた笑顔で聞いてくるので、この時間ばかりは自己完結せずに話すようにしている。
「いつも通りだった」
で終わる時もあれば
「最近の若い女性はスカート丈が短すぎて、電車の中で目のやり場に困る」
とか
「仕事でトラブルがあってしんどかった。苦手な人がいるから会話するのもしんどい」
とか
「今日は仕事早いって褒められた」
とか、とりあえず仕事の話をする。
母は、ふーん、とか、そうなんだ、とか相づちをうち、トラブルや不満の話には自分ごとのよう怒り、良かったことは自分ごとのように喜び、最後は
「あんたは凄い」
「本当にえらいねぇ」
ととにかく褒め、自慢の娘だと満足して美味しそうにビールを飲む。
母との日常は変わらない。
母は時々私に
「誰か、いい人いないのかい」
と聞いてくる。四十を超えてなお独身でいる私を心配しているようだ。いないと答えると
「会社にいないの?」
「誰か紹介してくれる人がいたらいいのにねぇ」
と不満そうな声でいう。
そうやって私の将来を心配する割に
「あんたがこの家から出ていったら寂しくなる」
「ずっとここにいていいんじゃないのかい」
「結婚が全てじゃない」
と言うこともある。
突然ここで父の話になるが、一昔前まで当たり前だった亭主関白な父は、家にいる時はテレビの主となる。趣味もないため一日中テレビの前にいる。その父と母はなぜ結婚したのだろうと不思議に思うぐらい価値観も好みも異なる。だから一緒にいても会話がない。会話をしても噛み合わない。母はそんな父と二人きりになってしまったらストレスで禿げると宣言している。
結婚してほしい気持ちはある、しかし私がいなくなり父と二人暮らしになるのは耐えられないからこのままがいいという葛藤が見て取れる。
ある日なんとなく
「もし結婚するなら、お母さんと同居するの了承してくれる人じゃないとダメだね」
と言ったところ、母はその手があったかと喜び、今や同居が絶対条件となっている。結婚の話題になるたび
「同居するから広いマンションがいいね!お母さん一所懸命毎日家事するから安心しな!」
とウキウキした調子で中古マンションを調べ出す。
私は一生結婚できないだろうと思う。
一度、母が見合いの話を持ってきてくれたことがあった。友人から見合いの話があると電話がかかってきたという。表面上、結婚を諦めていたが内心パートナーが欲しいと思っていたので了承した。
このご時世に珍しく、釣書を送りあい、母と母の友人と、相手の男性と私の四人で待ち合わせをし顔合わせをした。軽い挨拶を済ませて母と友人は退散し、私は相手の男性と少しお洒落な日本料理店で豆腐料理を堪能しながら会話をした。特に可もなく不可もないというのが相手に抱いた印象だった。
家に帰ると待ってましたと言わんばかりに母と友人が待機しており、何を話したか、印象はどうだったか、料理はどうだったなど根掘り葉掘り聞かれた。疲れていたので適当に答え、次も会う約束をしたと言うと二人は非常に喜んび前祝いだとビールを飲み始めた。私は寝た。
その後、二度相手と食事をしたが、結局付き合うまでには至らなかった。相手の外見も中身も仕事も思想も別段不満に思わなかったのだが、歩き方だけ気になったのだ。相手は私を気に入ってくれたようだが、どうしても歩き方が気になって仕方なかった。
考えた末、申し訳ないが今回の話はなかったことに、と母の友人に伝えた。同じタイミングで向こうからも断りの連絡があったようで、円満にこの話はなかったことになった。
あとから母が友人から聞き出したところでは、相手は私から積極的に連絡が来なかったのが気に食わなかったようだ。自分に興味がないのかと思い冷めたらしい。事実だったので私は笑ったが、母はなぜか怒っていた。小さい男だと。
その話の時、妹が子供を連れて遊びに来ていて、どうしてお姉ちゃんも断ったのかと聞かれた。素直に
「歩き方が気になって」
と答えた。二人とも何を言ってるんだという顔をしたので
「なんといっていいかわからないが、歩き方が軽薄そうだったんだよ。フワフワ歩くというより、跳びながら歩くというような。跳んでいるわけじゃないんだけど。一緒に歩けば歩くほど、この人でいいのかと不安になった」
と説明した。ますますわからないという顔で妹が
「変な歩き方だったの?」
と聞いた。
「変じゃない。でも軽薄そうな歩き方だった」
と答えたら、妹は大笑いした。その後しばらく「歩き方が軽薄」という言葉が三人のトレンドになった。
母は結構気にするタイプだ。
『歩き方が軽薄』で『くだらない理由で娘を振るような』男を紹介したことを暫く悔いていた。ビールを飲むたびに相手の男性の文句を言っていた。私も大概つまらない理由で断ったのだが、どうでもいいらしい。
「歩き方でおかしい男だと気づいたあんたは本当にすごい。見る目がありすぎて結婚できない」
と妙な慰め方をしてくれた。
母。
もうすぐ70になる母は、数年ほど前から換気扇を止め忘れることが増えた。ある日、付けっぱなしの換気扇に気づいた私はそれを止めながら
「最近、換気扇付けっ放してることあるから気をつけな」
と言った。
「また付けっぱなしにしてたかい?気づいたら止めるようにしてるのに!気をつけるわ!」
と額に手を当てて答えた。そして料理が終わるたびに
「換気扇、消したね」
と確認するようになった。しかし、ひと月もせずに確認しなくなり、また止め忘れが目立つようになった。もう一度やんわりと気をつけなよと言ったが、やはりひと月も経つと確認するのを忘れて止め忘れたので、あまり何度も注意するのはよくないだろうと、こちらが気づいたら何も言わずに消していた。
しかし、私が気付かないときはもちろん母が止め忘れに気づくわけで、また忘れた、また付けっぱなしにしていた、と言いながら慌てて換気扇を止める。そしてその後
「ボケてきたのかもしれん」
と不安な顔をする。
母の『うっかり』は昔からだ。朝、ゴミを出す準備をして出し忘れたり、弁当に箸を入れ忘れたり、トイレの電気を消し忘れたり、買い物に行き忘れたり。
私がお腹の調子が悪く食欲がなかった学生時代の話。朝、お腹の調子が悪いと訴えると
「夜ご飯は消化のいいものがいいね。うどんにするわ」
と気遣ってくれ、無理しないでと送り出してくれた。有難いなぁとおもいながら帰宅すると揚げ物のいい匂い。
「お帰り!今日はコロッケだからね!」
ニコニコしながらコロッケを揚げる母の姿があった。思わず
「今日はうどんって言ってなかったっけ…」
と呟くと、母は一瞬呆けた顔をした後
「そうだ!お腹の調子悪いって言ってたの忘れてた!ごめん!」
と慌てて謝ったが結局その日の夜はコロッケになった。美味しく食べれた記憶はない。
若い頃は『やってしまった』で終わっていたが、
最近は忘れるたびに『なぜ忘れてしまうんだ』と自分を責めるようになった。
前からだから気にしなくていいと慰め、しばらく放っておいたのだが、ある日妹から電話がかかってきて
「お母さん、自分がボケてきたかもしれないってよく言うんだけど、そんなにヤバいの?」
と聞かれた。どうやら母は、妹の家に遊びに行ったり電話するたびに物忘れが激しくなっているからボケきたかもしれないと不安を訴えているようだ。
「何の心配もいらない。無視していい」
と電話を切り、母には
「ぼけてないから安心しなさい」
となだめた。
「お母さんは昔から色々忘れがちでしょ」
「そうなんだけど、物覚えも悪いんだ。テレビで健康にいい食事のことやってたから真剣に観てたのに、レシピ忘れてしまったり。買い物に行く時もメモ持って行かないと何買うか忘れちゃう」
「メモ見たら思い出すのかい」
「うん」
「私もよく忘れる。だから覚えることメモとってる。メモ見ても何のことか思い出せなかったら心配になるけど、それは年取って少し記憶力が落ちただけだよ。誰もが通る道だ」
そういうと納得した顔をするが、しばらくするとまた同じような不安を口にしだす。同じことを言って聞かせ、また納得した顔をする。年をとると、頭では分かっていても不安がつきまとうのかもしれない。
母は、頭の心配はするくせに、体の老いには無頓着だ。
六十を越えたあたりから、母は風邪の治りが遅くなってきた。それまでは市販薬を口に放り込んで一晩寝たら治っていたのが、熱を出すと薬を飲んでも二日間ぐらいぐったりするし、咳も長引くようになった。それでも母は風邪をひくたびに市販薬を放り込み
「寝たら治る」
と言って、次の日大した改善がみられないのに勢いよく外へ飛び出していく。咳が止まらなくても「すぐ治る」
と言って勢いよくよく外へ飛び出し、結局こじらせる。そして夜になると身体中が辛いと言ってリビングで横になる。
最近では体のここが痛いとか、目がしょぼしょぼするとか、なぜか疲れが取れないとか、健康この上なかった母は体調を崩しやすくなった。
風邪を引いた時や数日経っても体調が良くならない時は
「病院にへ行きなさい。そのほうが早く治る」
と言うのだが、なかなか行こうとしない。市販薬で治ってきたから今も治ると思っている。それに金がかかるのも嫌だと言う。
喉が痛み、咳が長引いて数日しんどそうにソファに横たわりながら、それでも病院に行かない母を見かねて
「もっと悪化してから病院に行ったら何度も通ったり薬も沢山出されたりして余計にお金かかるよ。市販薬で治らない現実を見なさい。今日は朝イチで病院へ行って薬もらって、そのあとはどこにも行かずに一日中家にいること」
と強い口調で言い、手持ちの二千円をテーブルに置いて出勤したことがあった。母は気するタイプだから、私の強い口調に、怒られた、と落ち込んで言われた通りにした。二日後にはすっかり元気になり
「もう良くなった。さすが、あんたの言うことは違うね。正しいことを言う。言われた通りにしたら治ったよ」
と私を褒めた。二千円では足りなかったように思うし回復したのは私の手柄ではないのだが。それからは風邪を引くと病院に行くようになった。
数年前の話。妹の夫が数ヶ月出張に行くことになり、まだ子供が小さく一人での子育てに不安を抱いた妹は、出張中、母に一緒に住んでくれないかと相談した。
母に相談する前に私にも相談してくれた。しばらくお母さんがいなくても大丈夫か、お父さんと二人暮らしになるけどいいか、と。家事が嫌いで全て母に任せていたので、正直困ることはあるだろう。だが、私も父もいい大人だ。家の中は多少汚くなるだろうがなんとかなる。食べ物はスーパーの出来合いものかレトルトでなんとかなる。大丈夫だから安心してと言った。
妹が母に話をすると言った日、私は仕事から帰って母がなんと言うか待った。しかし、母は何も変わらずに風呂を焚いて食事を用意し、今日のご近所さんの話やらワイドショーの話やらをするだけだった。
次の日も、その次の日も何も言ってこないから、私は妹にLINEしてみた。
「断られたわ」
と残念そうなスタンプ付きで返信がきた。孫大好きな母なら行きそうなのにと思っていた私は断ったことに驚き、その夜母になぜ断ったのかと聞いた。
「だって、あんたは一人にしたら泣くからね」
「泣く?」
「幼稚園のとき、あんた一人残して買い物行ったんだけど、帰ったらめそめそ泣いてたんだよ」
「何の話だい」
「あんたぐっすり寝てたからね。寝てる子は起こしちゃいけないっていうから、すぐ近くのスーパーだしさっさと行って寝てる間に帰ってこようとしたの。だけどあんた、起きちゃってねぇ。一人で寂しかったって言って、泣いたんだよ」
「そんな昔の話をされても」
「あんたは寂しがりやだからね」
理由を聞いて、妹に対して申し訳ない気持ちになった。妹は
「仕方ないよ。それに一日二日なら泊まれるって言ってくれたから大丈夫だよ。どうしても無理だったら泣きつく」
と言って、結局なんとかできたようだった。
母。
先日、妹が家を買って引っ越すことになり、母が手伝いで一日泊まりに行った。
私はいつも通り仕事をし、夜ご飯にスーパーの総菜を買い、風呂を沸かすのが面倒だからシャワーで済ませた。父はすでに寝ていた。音のしない部屋で簡素な食事を済ませ、自室で英語の勉強をして寝た。
朝起きたら父はいつも通り既に仕事に行ってて、もちろん部屋の中はしんとしていて、私は一人で朝食を黙々と食べた。
母が挽いておいてくれた豆で目盛りきっちりの量のコーヒーを淹れ、テレビを見ながら飲む。出勤する時間になり、テレビを消して再び家の中から音が消えた。
静かだなと思った。
寂しいなと思った。その瞬間、涙が出た。
なるほど、確かに私は寂しがり屋のようだ。
涙を拭って出勤し、夜に帰宅すると魚を焼くいい匂いが漂ってきた。
「おかえり」
母はいつも通り笑顔だった。
「ただいま。引越しはどうだった?」
「大変だった。台所の片付けをやったんだけど、人の家って勝手がわからないから一つ一つどこに置くか相談しながらやるでしょ。なかなか前に進まなくてね。疲れた」
でも結構片付いたよとカラカラ笑い、ご飯できるまでもう少しかかるから先に風呂に入るよう言われた。風呂から上がったら、引越しの話を詳細に、存分に聞かされるだろう。風呂場に向かいながら、今日は私も何か話してやろうと思った。変わり映えのない仕事の話になるだろうけど。
母の栄養満点の手料理を食べ、引越しの話に、へぇ、とか、大変だったね、とか相槌を打ちながら、私は一生結婚できなくてもいいやと思った。
