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風の忘れ物センター

── 遊び係、拾得物管理を始める。

  ある朝、市役所の地下三階に、見慣れない看板が立っていた。



風の忘れ物センター

管理責任者
山田隆夫



「なんやこれ。」

 山田は立ち止まった。

《あなたが設置しました》

「ワシが?」

《昨日の夕方です》

「覚えてへん。」

《缶ビール三本目です》

「なるほど。」

《なるほどではありません》

 山田は看板を見上げた。

「まあ、せっかくやし開けるか。」

 そうして風の忘れ物センターは開所した。

 市役所からの許可は出ていない。

 もちろん予算も出ていない。

 そもそも風が忘れ物をするのかすら不明だった。

 しかし山田は気にしなかった。

 遊びはだいたい、そこから始まる。



 倉庫の中には棚が並んでいた。

 不思議なことに、最初から何かが保管されている。



棚番号A-17

『途中でやめたギター』



「ほう。」

《概念です》

「弾けるんか?」

《弾けません》

「ほな借りる。」

《どうやって》

「気分や。」

 山田は突然エアギターを始めた。

 誰もいない倉庫で。

 全力だった。

《返却してください》

「まだサビや。」



 次の棚。



棚番号B-03

『夏休み最終日の覚悟』



「危険そうやな。」

《取り扱い注意です》

 山田は恐る恐る手に取った。

 その瞬間だった。

「よし。」

 山積みだった書類整理を始める。

 蛍光灯交換の予定表を作る。

 倉庫の在庫確認をする。

 備品のラベルを貼り直す。

 三時間後。

 全部終わった。

《効果が強すぎます》

「毎日欲しい。」

《依存性があります》



 三つ目の棚。



棚番号C-21

『小学校の帰り道』



「これええな。」

《何に使いますか》

「帰る。」

 山田は仕事を終えて帰宅した。

 本来なら徒歩七分。

 しかし家に着いたのは二時間半後だった。

《迷子です》

「ちゃう。」

《迷子です》

「冒険や。」



 そんな毎日が続いた。

 忘れ物は次々と見つかった。



『言えなかったありがとう』

『途中でやめた日記』

『名前を忘れた初恋』

『あの時やっとけば良かった』



 中には大型荷物もあった。



『あの時やっとけば良かった』



《保管場所が足りません》

「みんな持っとるからな。」

《全国規模です》



 ある日の夕方だった。

 山田が棚の整理をしていると、奥に木箱を見つけた。

 古い。

 ほこりまみれだった。

「なんやこれ。」

《未整理品です》

 山田は蓋を開けた。



品名

『遊び心』



 しばらく沈黙した。

「長いこと置いてあるな。」

《保管記録によると》

《昭和六十四年から未更新です》

「誰のや。」

《不明です》

「取りに来んのか。」

《来ません》

 山田は木箱を見つめた。

 そして言った。

「もったいないな。」



 翌朝。

 看板が書き換えられていた。



風の忘れ物センター



風の忘れ物貸出センター



《何をしていますか》

「貸し出しや。」

《許可は》

「ない。」

《規則違反です》

「せやろな。」



 本日の貸出物。


・寄り道

・意味のない会話

・遠回り

・ちょっとした挑戦

・遊び心



 その日。

 なぜかセンターは大繁盛した。

 利用者は一人も見ていない。

 それでも棚はどんどん空になった。



 夕方。

 山田は倉庫を見回した。

 棚はほとんど空っぽだった。

《全品貸出中です》

「人気やな。」

《特に遊び心》

「そうか。」

 山田は缶ビールを開けた。

 窓から風が吹く。

 どこか遠くで誰かが寄り道している気がした。

 意味のない会話で笑っている気がした。

 やりたかったことを始めている気がした。

「返却せんでええで。」

《管理規則違反です》

「そういうもんやろ。」

 風が棚をひとつ揺らした。

 それはたぶん、了承だった。

🍃



次回予告

雨宿りレンタル店

── 遊び係、天気を貸し出す。

「なあAI。」

《はい》

「雨って借りられるんかな。」

《降るものです》

「せやけど。」

 山田は空を見上げた。

「たまには必要な雨もあるやろ。」

☔🍺✨

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