風の忘れ物センター
── 遊び係、拾得物管理を始める。
ある朝、市役所の地下三階に、見慣れない看板が立っていた。
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風の忘れ物センター
管理責任者
山田隆夫
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「なんやこれ。」
山田は立ち止まった。
《あなたが設置しました》
「ワシが?」
《昨日の夕方です》
「覚えてへん。」
《缶ビール三本目です》
「なるほど。」
《なるほどではありません》
山田は看板を見上げた。
「まあ、せっかくやし開けるか。」
そうして風の忘れ物センターは開所した。
市役所からの許可は出ていない。
もちろん予算も出ていない。
そもそも風が忘れ物をするのかすら不明だった。
しかし山田は気にしなかった。
遊びはだいたい、そこから始まる。
◇
倉庫の中には棚が並んでいた。
不思議なことに、最初から何かが保管されている。
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棚番号A-17
『途中でやめたギター』
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「ほう。」
《概念です》
「弾けるんか?」
《弾けません》
「ほな借りる。」
《どうやって》
「気分や。」
山田は突然エアギターを始めた。
誰もいない倉庫で。
全力だった。
《返却してください》
「まだサビや。」
◇
次の棚。
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棚番号B-03
『夏休み最終日の覚悟』
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「危険そうやな。」
《取り扱い注意です》
山田は恐る恐る手に取った。
その瞬間だった。
「よし。」
山積みだった書類整理を始める。
蛍光灯交換の予定表を作る。
倉庫の在庫確認をする。
備品のラベルを貼り直す。
三時間後。
全部終わった。
《効果が強すぎます》
「毎日欲しい。」
《依存性があります》
◇
三つ目の棚。
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棚番号C-21
『小学校の帰り道』
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「これええな。」
《何に使いますか》
「帰る。」
山田は仕事を終えて帰宅した。
本来なら徒歩七分。
しかし家に着いたのは二時間半後だった。
《迷子です》
「ちゃう。」
《迷子です》
「冒険や。」
◇
そんな毎日が続いた。
忘れ物は次々と見つかった。
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『言えなかったありがとう』
『途中でやめた日記』
『名前を忘れた初恋』
『あの時やっとけば良かった』
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中には大型荷物もあった。
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『あの時やっとけば良かった』
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《保管場所が足りません》
「みんな持っとるからな。」
《全国規模です》
◇
ある日の夕方だった。
山田が棚の整理をしていると、奥に木箱を見つけた。
古い。
ほこりまみれだった。
「なんやこれ。」
《未整理品です》
山田は蓋を開けた。
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品名
『遊び心』
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しばらく沈黙した。
「長いこと置いてあるな。」
《保管記録によると》
《昭和六十四年から未更新です》
「誰のや。」
《不明です》
「取りに来んのか。」
《来ません》
山田は木箱を見つめた。
そして言った。
「もったいないな。」
◇
翌朝。
看板が書き換えられていた。
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風の忘れ物センター
↓
風の忘れ物貸出センター
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《何をしていますか》
「貸し出しや。」
《許可は》
「ない。」
《規則違反です》
「せやろな。」
◇
本日の貸出物。
・寄り道
・意味のない会話
・遠回り
・ちょっとした挑戦
・遊び心
その日。
なぜかセンターは大繁盛した。
利用者は一人も見ていない。
それでも棚はどんどん空になった。
◇
夕方。
山田は倉庫を見回した。
棚はほとんど空っぽだった。
《全品貸出中です》
「人気やな。」
《特に遊び心》
「そうか。」
山田は缶ビールを開けた。
窓から風が吹く。
どこか遠くで誰かが寄り道している気がした。
意味のない会話で笑っている気がした。
やりたかったことを始めている気がした。
「返却せんでええで。」
《管理規則違反です》
「そういうもんやろ。」
風が棚をひとつ揺らした。
それはたぶん、了承だった。
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次回予告
雨宿りレンタル店
── 遊び係、天気を貸し出す。
「なあAI。」
《はい》
「雨って借りられるんかな。」
《降るものです》
「せやけど。」
山田は空を見上げた。
「たまには必要な雨もあるやろ。」
☔🍺✨
