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整った写真に疲れて、Instagramを1ヶ月休むことにした

インスタに投稿する写真は、
きれいで、整っていて、統一感があるべき。

いつの間にか、
そんな前提を疑わなくなっていた。

出張に行っても、
旅行に行っても、
考えているのは写真のことばかり。

光の向き。
影の出方。
色のバランス。

気づけば、
旅を楽しむことよりも
「どう撮れば整うか」を重視している。

写真が好きで始めたはずなのに、
撮ること自体が、
だんだん重たくなっていった。

年明けの熱海。インスタ向けではないけど自分としては好きな写真。何より、肩の力が抜けてていい。観光っぽさもある。大事なのは、どうみせるかより、自分がなぜそれを残そうと思ったか

「自由に撮れていない」感覚

別に、
写真が嫌いになったわけじゃない。
むしろ、ずっと好きだ。

だからこそ、

「これを、自分が撮る意味はあるのか?」

そんな問いが、
頭のどこかに居座るようになった。

撮れる。
でも、撮りたいわけじゃない。

整えることを前提にすると、
写真はすぐに“作業”になる。

うまく見せるために撮る。
評価されることを意識して整える。
SNSに出す前提でシャッターを切る。

その積み重ねで、
写真と少し距離ができていた。

分析の末に出した、ひとつの結論

いろいろ考えた結果、
原因はわりとシンプルだった。

インスタに投稿し続ける限り、
どうしても
「整えなきゃ」という意識が入り込む。

これは、
写真の問題というより、
自分の性格との相性の問題だと思った。

だから今回、
一度はっきり区切ることにした。

  • フィード投稿は1ヶ月止める

  • ただしログインはする(DM見るから)

  • ストーリーズは気分で使うかもしれない

期間は1ヶ月。
結論は、3月に出す。

完全に消えるわけじゃない。
アカウントを閉じるわけでもない。

ただ、
「投稿し続ける前提」から
一度降りてみる。

それだけだ。

実験に近い感覚だと思っている。

これで楽になるのか。
それとも、
やっぱり出したくて仕方なくなるのか。

自分の衝動を、
ちゃんと確かめてみたい。

これは出すための写真。今見ると、むしろ恥ずかしい。

Threadsでは、なぜ楽なのか

不思議なことに、
Threadsではそこまで息苦しさを感じない。

理由はたぶん単純で、
流れていくから。

整えなくてもいい。
シリーズ感もいらない。
多少雑でも、気にならない。

「ちゃんと見せなきゃ」という
責任感が薄れる。

今の自分には、
その軽さがちょうどいい。

心から楽しむために

インスタを休む、というと
極端に聞こえるかもしれない。

でもこれは、
写真をやめる話ではない。

むしろ逆で、
写真を続けるための調整だ。

自由に撮れなくなった状態で
続けるより、

一度立ち止まって、
自分の感覚を取り戻したい。
そう思っただけ。

海鮮丼が美味しかったけど撮り忘れたので外観。
そんな、ただの思い出の記録。

この決断に至るまでの話

正直に言うと、
ここに至るまで、かなり迷った。

「やめるのは甘えじゃないか」
「発信を止めるのはもったいなくないか」
「そもそも、何が嫌なのか」

そのあたりの葛藤を、
かなり細かく言語化した記録がある。

今回の記事は、決断の話
その前に、
散々悩んだ過程の記録がある。

▶︎Instagramを、やめようか迷っている(葛藤と分析の記録)

※ 決断よりも、
「なぜそう感じたか」に興味がある人向け。

最後に

インスタを休むことで、
写真がどう変わるかは、まだ分からない。

でも、

「一度休んでいい」

そう思えただけで、
少し肩の力は抜けた。

もし今、
写真や発信が少し重たいと感じているなら、

やめなくてもいい。
でも、
休んでみる選択肢があってもいい。

少なくとも、
自分はそうしてみることにした。

結論は、3月に。

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Andy|Leicaに恋して。 いただいたチップで、コーヒー飲みながら次の記事を書かせていただいております✨