東京に雪が降った日、この街を離れることを決めた。
東京に雪が降った日。
ひとつの連絡が入った。
地元・福岡の取引先のホールディングス化にあたり、僕が提案していた構想が正式に通ったという通知だった。
ブランド戦略担当として、専任で関わってほしいという。
それは、福岡に生活拠点を移すという意味でもあった。
通知を受けた瞬間、
東京を離れることに関しては、正直まだ迷いがあった。
でも、窓の外をちらつく雪を見ていたら、不思議と「これがタイミングってやつか」と思えてきた。
どこかで、自分の軸足を地元に戻す機会をずっと探していたのかも知れない。

その日の雪が溶けるより前に、僕は東京を離れることを決めた。
4月からの業務に備えて、引っ越しは3月末。
東京暮らしに、いきなりタイムリミットができた。
京都を拠点にしたホテル暮らしを経て、東京に戻ってきたのはちょうど一年前。
その期間を除いても、大学入学と同時に上京してから、合計すれば20年近く東京にいたことになる。
仕事も、人脈も、青春も、すべてがこの街にあった。
それでも、離れることにした。
未練はあるかと聞かれれば、驚くほどない。
東京という加速装置
何かを学びたいなら、東京は最高だ。
情報は早い。
人は集まる。
仕事は多い。
成功するには東京にいなければならない。
いつの間にか、そう思い込んでいた。
そして、気づけばいつも比べていた。
企業規模、売上、KPI、KGI、…etc
両手に抱えきれない情報を持ち、それを落とさないように走る。
少しでも立ち止まったら、遅れる、取り残される、そんな気がしていた。
いい意味でも、悪い意味でも、
それが、この街のリズムだった。
本当に欲しかったもの
一年前に足を怪我したとき、一度僕は立ち止まった。
それは自分の意思ではなく、
なんなら思いもよらない、
強制的なものだった。
でも、遅れた感覚も、取り残された感覚も、別になかった。
それより、むしろなぜ今まで、必死に走り続けてきたのだろう?と、少し不思議になった。
もともと、ほとんど持ち物がないガラガラの部屋の中で、そのとき、ようやく気づいた。
僕が欲しかったのは、
速さや密度ではなく「選択肢」だったのかもしれない。

♠️
東京は素晴らしい街だ。
でも、僕にとっては「いなければならない場所」ではなくなった。
仕事はどこでもできる。
価値は場所ではなく、構造で生まれる。
そう思えるようになった。
だから、東京というレースを降りることにした。
逃げたという感覚は、不思議なほどなかった。
競争をやめるのではなく、ただ、前提を選び直すだけだ。
福岡を拠点にする。
西日本を動き回る。
軸足が変わるだけで、動き回ることに変わりはない。
結局、挑戦は続く。
そう思うと、一年前にデジタルLeicaをすべて手放したことは、ある意味で東京を離れることのメタファーみたいなものだった気もする。
削るのは物ではない
僕が削るのは、自分自身に対しての縛りだ。
・東京にいなければならない
・成功は中央にある
・最前線にいなければ遅れる
その思い込みを外す。
それだけで、人生は軽くなる。

雪が降ったあの日。
僕は東京を降りることを決めた。
でも、挑戦はやめない。
むしろ、選択肢は増えた。
環境が変われば、視点は変わる。
視点が変われば、表現も変わる。
きっと、
これからは撮る写真も変わるだろう。
次は、その話をしようと思う。

これまでの東京で撮った写真は、いくつかの形にまとめている。
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