『毒親』の世界から抜け出した私の方法
母との葛藤について書くのは、正直、少し重い。
話しているだけで、気持ちが苦しくなるような感覚がある。
自分の中にまだ傷が残っていることもわかっている。
それでも今回、このテーマを書こうと思った。
母との関係は、私の人生の中で一番最初に根幹となったテーマだったからである。
私にとって母との葛藤は、ただ喧嘩が多かったとか、性格が合わなかったという話ではない。
一番苦しかったのは、私の気持ちが、私の気持ちとして扱われなかったことだった。
幼い頃から、私は母の自己中心的な性格の影響で自分の気持ちを押し殺してきた。
自分が何を感じているのか。
何が嫌だったのか。
何を本当は聞いてほしかったのか。
そういうものを、そのまま出すことを諦めていた。
たとえば幼稚園の頃、私は「行きたくない」と言うことがあった。
でも返ってくるのは、
「行かなきゃだめ」
「こうしなきゃだめ」
と「頬をビンタする」いう声のない言葉だった。
なぜ行きたくないのか。
何が不安なのか。
何が嫌なのか。
そういうことを聞いてもらう前に、「こうするべき」が先に来る。
小さい頃の私は、そういうものなのだと思っていた。
自分の気持ちは、あまり大事にされない。
自分がどう感じているかよりも、母がどうしたいか、何が正しいとされるかの方が優先される。
そんな感覚が、少しずつ自分の中に積もっていった。
高校生になっても、その構造は変わらなかった。
文化祭のときのことを、今でも覚えている。
PTAの役員の展示スペースが、私の教室の隣のクラスにあった。
その日、親友に声をかけられた。
「みほちゃん、ちょっと隣の部屋来てみて」
そう言われて行ってみると、そこに私の写真があった。
祖母と私が笑っている写真だった。
しかも、それは引き伸ばされて、展示されていた。
私はその瞬間、信じられないと思った。
本人に何の断りもなく、自分の写真が人前に出されている。
学校の文化祭という場所で、友達や先生や知らない人の目に触れる場所に置かれている。
恥ずかしい、というだけではなかった。
怒りもあった。
怖さもあった。
何より、自分の境界線を勝手に越えられたような感覚があった。
私は即座に、その写真を捨てに行った。
その日の夜、母を責めた。
どうして本人に断りもなく、あんなことをしたのか。
私はどれだけ嫌だったか。
そういうことを伝えたかった。
でも母は、私の気持ちを受け止めるより先に、逆ギレした。
「お母さんはそんなためにやったんじゃない」
「おばあちゃんが喜ぶからやったんだ」
そう言われた。
そのとき、自分の気持ちが置き去りにされたように感じた。
母にとっては、悪気がなかったのかもしれない。
祖母が喜ぶと思ったのかもしれない。
母なりの理由があったのかもしれない。
でも、私にとって大事だったのはそこではない。
私が嫌だったこと。
本人に確認してほしかったこと。
私の写真を、私の知らないところで勝手に使わないでほしかったこと。
その気持ちを、まず受け止めるだけでもしてほしかった。
けれど母は、私の気持ちよりも、自分が責められたことに反応した。
そして、自分の行動を正当化した。
私にとって母との葛藤とは、こういうことだった。
私の気持ちが、私の気持ちとして扱われない。
私が嫌だったと言っても、母の理由や、母の正しさや、誰かが喜ぶという理屈の方が前に出てくる。
そういうことが積み重なって、私は自分の気持ちを押し殺すようになっていった。
でも、同時に高校生の私は、少しずつ変わり始めていた。
幼い頃のように、ただ黙るだけではなくなっていた。
嫌だと思った。
信じられないと思った。
写真を捨てに行った。
夜には母を責めた。
それは、私にとって大きな変化だった。
ただの反抗期ではなかったと思う。
私にとってそれは、これから外の世界に出ていくための、第一の関門突破だった。
それまでの私は、家の中の空気に大きく影響されていた。
母がどう受け取るか。
母がどう反応するか。
母が何を正しいと思うか。
その世界の中で、自分の気持ちを押し殺してきた。
でも高校生になって、私は少しずつ気づいていった。
母の世界だけが、私の世界ではない。
家の中だけが、世界のすべてではない。
私にとって、そのことを教えてくれたものの一つが読書だった。
高校生の頃、私はゲーテの思想に触れた。
『エッカーマンとの対話』を読んで、家の中では見つけられなかった考え方に出会った。
人はどういうときに成長できるのか。
どういう思いを持っていれば、自分を高められるのか。
どんな方向に思考を向ければ、目の前のものを突破する力になるのか。
そういう問いに触れることは、当時の私にとって大きな支えだった。
家の中では見つけられなかった言葉が、本の中にはあった。
母の価値観とは違う世界が、そこにはあった。
読書の良さって、こういうところにあるんだと思った。
自分が今いる場所では出会えない考え方に触れること。
自分を少し高いところへ引き上げてくれる言葉に出会うこと。
家の中だけを世界のすべてにしなくていいと知ること。
それは、私にとって逃げ場でもあったし、自分を保つための場所でもあった。
ただ、ここで言いたいのは、誰にとっても本が必要だということではない。
私にとっては、それが読書だった。
ゲーテの思想であり、大学へ向かう気持ちだった。
でも、ある人にとっては音楽かもしれない。
絵を描くことかもしれない。
学校の先生の言葉かもしれない。
友達との時間かもしれない。
仕事かもしれない。
一人で歩く時間かもしれない。
形は何でもいいのだと思う。
大事なのは、家の中だけを世界のすべてにしないことだとおもっている。
今いる場所で自分の気持ちを聞いてもらえなかったとしても、世界のどこにも居場所がないわけではない。
親の言葉だけが、自分の価値を決めるわけではない。
今そばにいる人が自分をわかってくれなくても、自分の感覚まで間違っているわけではない。
小さくてもいいから、自分を支えてくれる世界を持つこと。
自分が自分でいられる場所を、心の中に持つこと。
それが、私にとっては生きていく力になった。
母は、今も変わっていないと思う。
私が過去の話をすると、母は今でも、それを私の気持ちとして受け取る前に、「自分が責められた」と感じることがある。
私はただ、話したいだけだった。
あの時、私は暗かった。
あの時、私はつらかった。
あの時、こうだったらよかった。
良くなかったことが、たくさんあったよね。
そうやって、自分の中に残っているものを言葉にしようとする。
でも返ってくるのは、
「今ってもう、そんなもの考えてる場合じゃないでしょ」
という言葉だった。
その瞬間、私は思った。
ああ、やっぱりそんなふうに捉えられるんだ。
母の中では、もう終わっている。
閉じている。
完結している。
でも、私の中では終わっていなかった。
過去の中には、まだ傷ついた私がいる。
聞いてもらえなかった私がいる。
黙るしかなかった私がいる。
その感情までなかったことにされるようで、私は過去を葬られたように感じた。
葬られた自分がいる。
その感覚は、今でも傷として残っている。
母にとっては終わったことかもしれない。
母にとっては、もう考える必要のないことかもしれない。
でも私にとっては、そこに確かに自分がいた。
暗かった自分。
つらかった自分。
言えなかった自分。
わかってほしかった自分。
気持ちを押し殺して、なんとか家の中で生きていた自分。
その自分を、なかったことにはできない。
だから私は、今こうして書いているのだと思う。
母に理解してもらうためだけではない。
母を責め続けるためでもない。
自分の気持ちを、自分で葬らないために書いている。
母に聞いてもらえなかった気持ちを、今度は私自身が聞いていくために書いている。
正直に言えば、母は母でもある。
傷つけられたことがある。
理解されなかったことがある。
自分の気持ちを押し殺してきた時間がある。
それでも、母を完全に捨てきれるわけではない。
母親は母親として、自分の中に存在している。
だからこそ、苦しかった。
嫌いになれたら楽だったのかもしれない。
完全に切り捨てられたら、もっと簡単だったのかもしれない。
でも実際には、そう単純ではなかった。
母は母である。
でも、私のすべてではない。
そのことがわかってから、私は少し楽になった。
母を変えようとし続けるのではなく、母にすべてをわかってもらおうとし続けるのでもなく、距離を保ちながら生きていく。
それでいいのだと思えるようになった。
距離を取ることは、冷たいことではない。
自分を守るために必要なことだった。
近づきすぎると、また傷つく。
期待しすぎると、また苦しくなる。
わかってほしいと思うほど、わかってもらえなかったときの痛みは深くなる。
だから私は、少しずつ距離を覚えた。
母を母として見ながらも、母の世界に飲み込まれない距離。
母の言葉を聞きながらも、それが自分の価値のすべてではないと思える距離。
母が変わらなくても、自分の人生を止めない距離。
その距離を持てるようになって、私はようやく、自分の人生を自分のものとして考えられるようになった気がする。
母が変わったから、私は救われたのではない。
母の世界だけが私の世界ではないと知ったから、私は少しずつ自分の人生を切り開いてこられた。
嫌だと感じた自分の感覚を捨てなかったこと。
家の外にも世界があると知ったこと。
自分を支えてくれる言葉や時間に触れたこと。
小さくても、外へ向かう一歩を持ったこと。
そういうものが、私を少しずつ立ち上がらせてくれた。
もし今、家の中で自分の気持ちを聞いてもらえない人がいるなら、私は伝えたい。
今いる場所だけを、世界のすべてにしなくていい。
あなたを否定する人の言葉だけが、あなたの価値を決めるわけではない。
あなたの違和感は、なかったことにしなくていい。
あなたが「嫌だ」と感じたことには、ちゃんと意味がある。
すぐに強くならなくてもいい。
すぐに言い返せなくてもいい。
すぐに家を出られなくてもいい。
ただ、自分の中にある小さな感覚を捨てないでほしい。
音楽でもいい。
絵でもいい。
本でもいい。
先生でも、友達でも、仕事でも、一人で歩く時間でもいい。
自分を支えてくれる世界を、少しずつ持ってほしい。
家の中だけが世界ではない。
親の言葉だけが人生ではない。
今の苦しさだけが、これから先のすべてではない。
そのことを知るだけで、人は少し息ができるようになる。
私はまだ、すべてを乗り越えたと言えるわけではない。
母との関係に傷つくこともある。
過去の自分を思い出して、苦しくなることもある。
葬られたように感じた自分が、今でも心の中にいる。
それでも私は、もう自分の気持ちをなかったことにはしたくない。
母に聞いてもらえなかった感情を、今度は私自身が聞いていく。
家の中では見つけられなかった世界を、これからも自分の手で探しに行く。
母の世界だけが、私の世界ではなかった。
そう気づけたことが、私が外へ出るための最初の希望だった。
そして今も、私はその希望を手放さずにいる。
