ゲイ向けマチアプには、平成から29歳の男がいる
男女の出会いに使われるマチアプも、もちろん地獄だと思う。
男側はなかなかマッチしない。女側には変な人が大量に来る。会話は続かない。温度差もすごい。
恋人が欲しい人、暇つぶしの人、承認欲求の人、ヤリモク、なぜか上から目線で説教してくる人。
あらゆる人間の欲望と雑さが、スマホの小さな画面に詰め込まれている。
ただ、男女向けアプリにはまだ一応、「婚活寄り」「恋活寄り」「気軽な出会い」みたいな建前がある。プロフィールにも、職業、年収、学歴、結婚観、休日、酒タバコなど、相手の生活や価値観を想像する材料が並んでいる。
もちろん実態は混沌としている。
それでも、地獄には地獄なりの案内板がある。
一方、ゲイ向けマチアプは違う。
案内板がない。あるのは距離表示と、Appleの審査をすり抜けてきた半裸男たちだけである。
学歴もない。収入もない。結婚観もない。そもそもそれらの記入欄がない。
その代わりに出てくるのは顔、身長、体重、年齢、距離、タチウケリバ、そして謎の一言プロフィール。
「よろしく」
「普通の人がいい」
「ジム行ってます」
「今から」
「近場」
「見せ合い不可」
「彼氏ほしい」
「太め無理」
「まずは飯から」
短い。
あまりにも短い。
なのに、その数文字の中に、恋愛観、性欲、警戒心、選別、過去に何かあった感じまで、うっすら滲み出ている。
地獄の短歌である。
ただ、短歌はまだいい。
短いぶん、一瞬で読める。
本当に怖いのは、たまに現れる長文プロフィールである。
「最後まで読んでくれた人だけメッセージください」と書かれた、誰にも読まれることのない取扱説明書のような文章。
趣味、理想の関係、苦手なタイプ、過去にされた嫌なこと、返信が遅い理由、いきなり会いたくない理由、でも会う気がないわけではない理由。
そして、なぜか最後に「普通の人がいい」。
長い。
あまりにも長い。
もはやプロフィールではなく、利用規約である。
しかも同意ボタンすらない。
問題は、短歌の人も、利用規約の人も、同じアプリの中にいることだ。
セフレ募集、恋人探し、暇つぶし、承認欲求、飲み友探し、今日だけの人、一生のパートナーを探している人。
全部いる。
温度差がすごい。
サウナと水風呂どころではない。
同じ浴槽に入れてはいけない人たちが、全員同じ湯船にいる。
そして何より、界隈が狭い。
一度見た顔を別のアプリでも見る。
昔マッチした人が、別の名前で現れる。
ブロックしたはずの人が、なぜか別アカで転生している。
距離も近い。
近すぎる。
「300m」と表示された瞬間、出会いではなく心霊現象になる。
中には、同じビルに勤務しているリーマンが出てくることもある。
こちらは昼休みにコンビニへ行こうとしていただけなのに、アプリ上では「距離:50m」。
怖い。
それはもう恋ではなく、ただ純粋なスリルショックサスペンスである。
エレベーターで隣に乗っている可能性がある。
同じカフェで昼飯を食べている可能性がある。
下手したら、同じフロアのトイレを使っている可能性すらある。
マチアプなのに、顔を合わせられない緊張感が発生する。
あと、何回か食事してそれっきりの人もいる。
別に喧嘩したわけではない。
嫌いになったわけでもない。
ただ、なんとなく続かなかった人。
二、三回ご飯に行って、「また行こうね」と言ったまま、自然消滅した人。
そういう人が、数ヶ月後にまたアプリ上に現れる。
気まずい。
非常に気まずい。
お互いにログインしている。
お互いにまだ探している。
お互いに「まあ、あの時はそういう感じだったよね」という空気を背負っている。
こちらがプロフィールを更新すると、向こうも更新している。
写真が変わっている。
でも、押せない。
いいねもできない。
メッセージもできない。
ただ、互いの存在だけを確認する。
これはもうマッチングアプリではなく、元・食事相手たちの墓場である。
そしてゲイ向けマチアプには、年齢が止まっている妖怪がいる。
平成の時代から29歳の男がいる。
現在、令和も8年になっている。
平成から令和になった。
元号も変わった。
iPhoneのカメラは3つに増えた。
TwitterはXになった。
世の中は何度もアップデートされた。
しかし、彼だけは29歳のままである。
荒い画素の写真も変わらない。
年齢も変わらない。
ただプロフィール文は微修正が入る。生きてはいる。
こちらはアラサーからアラフォーになり、肌の調子や体力や代謝の変化に向き合っているというのに、彼だけは永遠の29歳。
人魚の肉でも食べたのか?
不老不死なのか?
八百比丘尼なのか?
それともアプリのサーバーに魂を囚われた存在なのか?
もはや年齢詐称というより、ホラーであるし普通に怖い。
そして、プロフィール欄に学歴や収入がないことは、一見すると条件主義から自由に見える。
でも実際には、そう簡単な話でもない。
条件欄が少ないぶん、人はもっと単純な情報で判断される。
顔。
身長。
体重。
年齢。
そこに需要があるかどうかが全て。
「学歴や収入で見られないから、人間性で勝負できる」みたいな綺麗な話には、なかなかならない。
人間性に辿り着く前に、まずルッキズムの商品棚で仕分けされる。
結局、男女向けマチアプも、ゲイ向けマチアプも、どちらも地獄ではある。
ただ、男女向けの地獄には、まだ案内板がある。婚活、恋活、気軽な出会い。建前だけでも、入口の名前がついている。
一方、ゲイ向けマチアプは違う。
恋愛、性欲、孤独、承認欲求、暇つぶし、界隈の狭さ、距離の近さ、元・食事相手、職場の気配、そして不老不死の29歳。
その中に、恋人を探しに来た自分もしっかり入り
全部が一つの鍋で煮込まれている。
つまり、ゲイ向けマチアプとは、普通の地獄に、時空の歪みとローカル心霊スポットと職場バレの恐怖が追加された場所である。
そして今日もまた、平成から29歳の男が、3km圏内でログインしている。
