嘘つきこそが人間だった
初めて“嘘”をついたその日。
少年は“人間”になった。
― 君は、自分の人生を選択しているか?
この作品はエッセイ
嘘と自由 AIと僕ら 選択の責任
の価値観に基づいて執筆しております。
https://note.com/crisp_arnica922/n/n9e4eac7cf7ee
プロローグ 鼻の伸びきった男
多くの人間がAIによって導かれた最適解。
分かりやすく数値化され、
目に見える幸福を手にすることができる社会。
争いもなく、競争もなく、合理的で
完成された社会。
そこには一辺の曇りもなく、
恒久的に続いていく。
誰もがそう思っていた。
たった一人。
その湖面に石を投げるその男を知るまでは。
一部 狼中年
本日も晴天だ。
雲は多いし小雨もぱらついてる。
だが、俺の心は今日も澄み渡ってる。
これを晴天と言わずになんて表現するのか?
皆が崇める機械様は今日の午後から降水確率が82%とかって言ってたな。なら本日は雨模様とでも言うのか? 機械様は。
かつてのこの国にはこんなことわざがあった。
「嘘つきは泥棒の始まり」
ようは悪いことは最初は大したことじゃない。
それを積み重ねるうちに本当に悪いやつになっちまうってやつだな。
そんなことは今の世の中ではありえねえ。
なぜならする必要がないから。
迷ったらAIが全部答えてくれる。
その日の晩飯のメニューだって
部活動の選択だって、果てには
好きな女に告白するべきかすら
答えてくれる。
いつからか人間は迷わなくなった。
それのお陰で世界は今日も平和だ。
だが昔から俺はそれが幸せだとはちっとも思わなかった。これっぽっちもだ。
だから俺は空に唄う。
今日も俺ら家畜は平和だ。
二部 歴史に学ぶ愚者
俺は昔から好奇心が強かった。
わからねえことはすぐに婆ちゃんに聞いたし
婆ちゃんもそれをわかる範囲で教えてくれた。
婆ちゃんはAIなんてよくわからなかったから
知ってることをそのまま教えてくれた。
たまにそれが間違っていることもあったが
俺にとって婆ちゃんはAIなんかより
ずっと物知りだった。
俺はある時思ったんだ。AIが生まれる前、
つまり婆ちゃんが子供の頃は一体どんなだったんだって。親父もお袋もAIがあるのが当たり前の世代だから聞いても不便な時代だったとしか言わねえ。
いつものように俺は婆ちゃんに聞いてみた。
「婆ちゃんの子供の時はどんな世界だったの?」
婆ちゃんは遠くを見つめながら教えてくれた。
「私があんたくらいの時はよく川で遊んでた」
「魚を釣って、高いところから飛び込んで、誰が一番かを競って大はしゃぎさ」
婆ちゃんの言葉はいつもの深い知性の色よりも
キラキラと輝くような、俺の知らない色が強かった。
「でも今はそんなことしないよね?なんで?」
俺は率直に聞いてみた。
婆ちゃんの話を聞いて俺もしてみたいと思ったが
やってるやつの話なんて聞いたこともない。
「今は危ないからダメだって言われるからねえ」
「怪我をする確立が65%を越えたらやらせないなんて親が増えてるのさ。お陰で皆痛みを知らずに生きている」
もちろん俺だって転んだこともあるし怪我だってする。痛みを知らない人間なんていない。
俺の顔に書いてあったのか婆ちゃんは俺の好きないつもの眼をしたまま教えてくれた。
「痛みっていうのはね。自分の心の痛みのことさ。これは自分しかわからない。でもそれこそが生きるってことを教えてくれる」
難しいよ婆ちゃん。俺は明日の給食のメニューだって外すことのが多いんだ。
「わかる日がくるといいねぇ。あんたが大人になった時、少しだけ狂ったこの世界がよくなってれば分かるかもしれない」
そういって婆ちゃんは優しく俺の頭を撫でてくれた。少しゴツゴツした小さい手。
俺は婆ちゃんが大好きだ。
婆ちゃんが死んだのはそれから二週間後のことだった。
あの時の心の痛みは今もまだ俺の中に残っている。
三部 気付き
婆ちゃんの葬式で婆ちゃんは綺麗な顔をしてた。
いつも一緒に昼寝をしてた時みたいな穏やかな顔だ。
…だがそこには俺の大好きなあの優しい眼差しはない。
冷たく、静かな物がそこにあった。
俺は人知れず婆ちゃんをみて涙を溢してた。
どうしてかわからない。ただ止まらなかった。
俺はボロボロと止まらない涙を拭きながら婆ちゃんを見つめる。
優しく俺を撫でてくれた手がこっちに伸びる気配はなかった。
「母さんもついに死んだか。父さんが逝ってから母さんが2年以内に逝く確立は72%だったのに随分往生したもんだ」
親父のそんな言葉を聞いた瞬間、俺は言葉にできない寒気が背中を走った。
俺の大好きな婆ちゃんにもう会うことはできない。
親父だって自分の母親にもう会うことはできないのに俺と感じているものが全く違う。
同じ場所、同じ時間を過ごしているのに親父と自分は全く違う。
「母さんは頑なにAIを使わなかったからな。
今までの思考データは足りてないが脳を使えば
データは揃う」
「死んだ人間すらまた会えるようになるんだからな。便利な時代だ」
そんな言葉が親父から飛び出したとき、
俺はさっきの寒気の正体を知った。
周りを慌てて見渡す。
周りの大人はそれはいい案だと同意している
その場で涙を流しているのは俺だけだった。
周りのやつらがしゃべる声が雑音にしか聞こえない
「お前はよく母さんに懐いていたからな。
また、会いたいだろ?
少し値は張るが母さんと同じ思考のAIを買ってやろうか?」
その言葉を聞いた瞬間俺は叫んだ。
「いらない!婆ちゃんになんて会いたくない!」
俺は婆ちゃんの死を受け入れていた。
だが親父はそれとは違う受け止め方をしている。
間違っている。こんな世界は絶対に間違っている。
俺はその時、生まれてはじめて自分の意思で嘘をついた。
四部 覚悟
叫んだ俺をみて親父はあっさりと
「そうか。欲しくなったら言えよ。
一応脳はとっておくからな。」
そういった。
被せるように俺は
「そんなものより最新のAIが欲しい!」
「そっちのが欲しい!」
それは子どもが欲しがっても違和感のないものだ。
いや、この世界でそれを欲しがらない人間はいない。
親父は笑いながら
「そんなのお父さんが欲しいくらいだ。
今すぐは無理だがそのうち買ってやるよ。
母さんには内緒だぞ?」
そんないつもだったら笑えていたはずの言葉ですら俺は一切笑えない。
むしろそんなところがいつも通りなぶん
さっきとの対比に涙が溢れる。
「やった!絶対にだよ!約束だからね!」
そんな風に俺はいつも通りを演じきった。
そこにいたのはどこにでもいる子ども。
俺以外の全ての子どもだろう。
そう。俺以外の。
婆ちゃんとの別れは済んだ。
だが眠れない。心と体は確かに疲れきっているのに
眠れなかった。
いつも知らないことは婆ちゃんが教えてくれた。
だが婆ちゃんはもういない。
だから俺はAIに聞くことにした。
普通の子どものように。
「ねえ。AIはなんでも知ってるの?」
「ハイ。既に判明してることならば」
「なら人間の感情もわかる?」
「ハイ。感情は統計データで集積し、数値化が可能です。あなたの感情を数値化しますか?」
婆ちゃんとは違う知性の塊はあっさりと答える。
そうか。俺はあの時に感じたものに正直になっていいんだ。
例え周りがどう思うとしても俺だけは正直になろう。
「俺は今すっごく幸せ。これって何点?」
「声のトーン、表情、心拍数から評価します。
あなたの幸福度は67点です」
それを聞いて俺はニヤリと笑った。
宣戦布告の意を込めて。
「当たってる。俺は今凄く幸せだよ」
五部 脱獄
そこから俺は1日に1度から2度くらい
嘘をつくようにした。
例えば休み時間には先生が呼んでいたと友達にいってみる。
給食の内容をAIから聞いたと隣の女子に声をかける。
全てAIからすれば合理的でなく理解のできない行動だ。だが、俺はやりたいことをやりたいようにやった。それは一見頭がおかしく見えるかもしれない。
でも心のそこから俺は自由だった。
AIによって縛られる選択なんていらない。
自分のやりたいことは自分が決める。
そして決めたらそれをやるのだ!
それを一週間二週間と過ごすうちに周りに人はいなくなった。
班活動の時はAIが協力した方が効率がいいからと
まるで仲がいいかのように振る舞ってくる。
そうしたほうが俺の印象がよくなり、協力的になるからだろう。
だが違う。それはまるでわかっていない。
やらされてるだけのやつらと俺は全てが違う。
そんなことを繰り返し、班以外で俺は誰とも喋らなくなった。
状況とは裏腹に俺は満ち足りていた。
六部 擬態
流石にそんなことが続けば先生にも怒られる。
かといって俺は辞めないが。
だが、それによって親父に怒られ、大事にしていた本を捨てられたのはかなり響いた。
AIのやつ、一番効率的に俺を反省させる方法を
親父に吹き込みやがって。くそ。
だがこの体験ではっきりした。
俺の行動は社会から拒絶される。
だから子どものうちは従ってやろう。
AIの言うことを聞きたくないのに聞くと俺自身に嘘をつこう。
そして自分で金を稼いで生きられるようになった時に俺は心から嘘を堪能してやるんだ。
だから今は我慢する。いや、AIに自分の意思で従ってやる。
そう決めてから6年、余りにも長い期間
僕はAIの言う通りにしてやった。
僕は自ら自由を封印した。
この選択は僕自身を縛る嘘だ。
だが、僕はその嘘すら自由の証明のように感じていた。
七部 革命の火種
それから高校を卒業し、大学に進学をする。
もちろんAIが決めた大学だ。
確かに僕に合っていた。
人間論という学問のある大学だった。
今ではそんなに語られることのない不人気の学問。
僕に、いや、俺にはぴったりだ。
そこで俺は運命の出会いを果たす。
AIがなんと言おうと俺にとってこの出会いは
一生に一度の奇跡の出会いだ。
人間論の教授は変わり者だ。
曰く人とはなにかを目が合えば語ってくる。
食べるものすらAIには決めさせない。
自分用のAIすら持ち合わせず時間すら
とけいという嗜好品でしか見ないという。
講義が20秒遅れるなんてことはザラで
講義を受講したがる学生はいない。
一人を除いて。
そう、俺こそがそのたった一人だ。
「ようこそ人間論の世界へ!」
「歓迎しよう本当の人間を知ろうとする若者よ」
教授は確かに変人だ。世の中ではもう数少ない
愚者だろう。だが、その眼は俺の大好きな知性の光を携えていた。
八部 行動
俺は教授にこう問いかけた。
「あなたにとっての人間とはなんですか?」
教授はぴたりと歩みをとめ、さっきまでの騒がしさが嘘のようになにも言わない。
その知性をもつ瞳がじっと俺をみる。
試すような、品定めのような、疑うような。
どれもあっているようであっていないそんな目で。
そして1分39秒の後こう叫んだ。
「人間とは自由を選べる生き物だ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の眼には涙が込み上げた。
ようやくだ。ようやく俺は本当の人間を見つけ出した。
「教授。僕の話を聞いてくれますか?」
そこから語ったのは俺が初めて嘘をついたあの日のこと。そして僕がこれまでに過ごした日々だった。
教授は何も言わずにうんうんと頷きながら話を聞き、それを聞き終えると
「君は、自由を人間の手に取り戻したくはないか?」
そう言って僕に手を伸ばした。
その手はまるで婆ちゃんのようにゴツゴツした
骨と皮だけの手だった。
俺は、迷わずその手を取った。
九部 狼少年の誕生
そこから俺らは歳なんて関係なく色んな話をした。
AIを通さずに語り合った俺らは親友だった。
たまに真面目に講義をして、
たまに互いの主張をぶつけ合う。
非合理的で論理なんて絡まない関係がそこにあった。そして俺が大学3年になった頃、俺の人生の転換点が訪れる。
一通り騒いだ教授は何枚も重なった原稿用紙という
珍しいものを俺に手渡してきた。
「これは?」
「これはな。私の夢だ。人生だ。命の叫びだ」
この教授はこういう表現をよくする。
解説を聞けば理解できるが、聞いた時にはよくわからない。
「いつもいってるでしょ。ちゃんと説明してください」
「お前はまだAIに縛られてるのか?自分で出した答え以外になんの意味がある?」
「まあいい。これはな。私がこれまでに調べて
纏めてきたAIの矛盾や違和感を纏めたものだ」
「は?」
思考が止まる。確かに今までAIに支配されたこの世界に違和感を感じてきた。
だが、AIに逆らうのは個人でやるのはまだしも、
それを纏めて何をしようというのか。
「これを纏めあげて論文にし、私は世界に問いかける!我々は真に自分の人生を生きているのか!」
その一言は僕の背筋を電撃のように走り抜けた。
教授はこの世界の在り方の全てを否定しようとしている。AIに支配されたこの世界を人間の手に落とそうとしているのだ。
それがどれだけ狂っているのかなんて言葉にするまでもない。
教授は世界を敵に回そうとしている。
俺は溢れる涙を拭った手で拍手した。
静かな教室には俺の拍手だけが鳴り響いていた。
十部 狼たちの咆哮
そこから講義の時間はお互いの論文の添削作業の時間へと変わっていった。
時に否定し、時に肯定し、時には胸ぐらを掴みあう。だが次の時にはお互いに笑いあって肩を叩く。
俺らは対等な友なのだ。この世界でもしかしたらたった一人だけの理解者なのだ。
だから俺らは遠慮しない。AIに頼らず自分達で言葉を紡ぐ。それはきっと婆ちゃんが若い頃には当たり前だったのだろう。
俺は心から自由を満喫していた。
4年に上がる頃にはお互いの論文は完成した。
どちらも世に出して恥ずかしくない完成品だ。
むしろ早く世の中に出たいとウズウズしているのが伝わってくる。
そして教授はこう言った。
「この論文は私だけが世に公表する」
意味が分からなかった。今までに出会った誰よりも、実の父親よりも理解している男の言うことが全く分からなかった。
気付けば俺は教授に怒鳴り散らしていた。
「何を言ってるんだ!これは2人で作り上げたものだ!1人だけ公表なんて許さない!」
教授はいつもと違い怒鳴り返してこない。
静かに、ただ俺を真っ直ぐに見つめていた。
俺はその眼に見覚えがあった。
婆ちゃんが死ぬ前に俺を見ていたあの時にそっくりだ。
「あんた、まさか…長くないのか?」
教授は微笑む。それは言葉以上に俺に事実を突きつける。
「どうして!治療は?間に合わないのか?
そういう時にどうこうできるのがAIじゃないのかよ!」
俺だけが怒鳴り散らす中教授の手が優しく頭を撫でる。
「私のこの論文はきっと世間に馬鹿にされる。
誰もが指を指し笑い、そして愚者と嘲る」
「そんなこと俺が許さない!」
「だが、私が死ねば君は今度こそ一人になってしまう」
その言葉が全てだった。教授は自分の死後、一人になった俺が世間から批判されないように自分の論文だけを公表すると言っているのだ。
「そんなこと俺は望んでない!だったら早く治療をしよう!少しでも長くなるなら…」
「私の人生の幕は私が下ろす」
それは静かな、明確な拒絶。
今までのどんな言葉よりも俺の心を揺さぶる言葉だった。
「友よ。私はAIによって延命されるよりも、人間として尊厳を保ち逝きたいのだ」
視界が滲む。批判などできるわけがない。
そんな関係では談じてない。
「しかし、私の論文は一つだけ変えるものがある」
顔を上げるといつもの変人がそこにいた。
ギラギラと燃えるような熱い瞳でその変人は続ける
「私の論文が世に広まれば多くの人間が嘲笑する。だが、その中で1%でも共感すれば、君は一人ではなくなる」
この人の友であることを心から誇りに思う。
彼は死んだ後の俺のことを誰よりも考えてくれていた。
エピローグ 湖面に揺れる月
俺は友の決意を否定するようなことはできなかった。
結局教授は論文を世に公表し、大いに世間を賑わせた。
史上最高の愚か者。非論理的な活動者
四足歩行できない猿。脳を失くした革命家。
そんな言葉が毎日教授を嘲笑する。
だが俺はそれに対してなにも言わない。
教授はそれを望んでいるのだ。
それが話題になれば話題になるほど、
教授の落とした石ころは湖面を揺らす。
そしてその波は静かに、しかし確実に
揺れ広がる。
暫くして教授が話題にされなくなった頃、
俺は自分の論文を発表した。
だが、これは最初とは違う状況を生み出す。
俺が続いたことでそれは静かに広まっていったのだ。
自分もAIの管理する世界をおかしいと思った若者が俺のところに連絡してくる。
丁寧に俺は返信する。
それを繰り返すうちにいつしか同志は数十人にもなった。
未だ世界はAIに支配されている。
だが俺は世界に問い続けるのを辞めない。
「君は嘘をつけるか?嘘こそが自由の証明だ!」
最適解しか選べない存在は今日も嘘をつかない。
あとがき
この小説は冒頭に触れたとおり
自作エッセイを元に書いた作品です。
こちら単体でも楽しめるように
書いたつもりですが
エッセイも併せて読んでいただければ
より僕の世界を知っていただけると思います。
もし僕に興味を持っていただけたなら
心より嬉しく思います。
杉山凌平
