月が綺麗だね【noteでBL】
今回で16回目となるなみさん主催の『noteでBL』企画。
お題は、『激重感情仄暗不穏』に耽美がプラスされたお話を書くというものでしたが、今回は色々と自分で書いたくせに設定が大丈夫だろうか? という単語がありまくりです。
何とか書き上げたので参加表明をさせて頂きましたが、もしかしたら苦手な方もいらっしゃるかもしれないので、気をつけてくださると助かります。
参加させて頂いたなみさんの企画はこちらになります。
月が綺麗だね
真夜中にかかってきた電話。
駄目だってわかっている――きっと何も起こらない。そうわかっているのに、俺は家を飛び出して走っていた。
一分でも一秒でも早くあいつに会いたい――と息苦しさに耐えながらただ必死で走っていた。
真夜中の町は、昼間は人並みに溢れているけれど、誰もいない。
そして、月明かりだけがこちらを照らしている。
昔から何かあれば二人で過ごしていたビルの屋上。古びたビルには俺たち以外誰も寄り付くことはない。使えなくなったエレベーターを横目に、屋上までの階段を駆け上がり、屋上の扉を勢いよく開けると、地面にペタリと座って片膝を立てたそいつが空を見上げていた。
「ゆう、月が綺麗だね」
「りつ……何かあった?」
「ははっ、ゆうはいつも第一声がそれだね」
「べつに、そんなこと……」
ないって言いきれない自分に強く拳を握ることでその場を誤魔化す術を覚えたのは、いつだっただろう?
ゆっくり近づいて拳一つ分あけて座ると、それ以上何も聞かずに俺も空を見上げる。
空には真ん丸な月が大きく浮かんでいて、まるで吸い込まれてしまうそうだ。
「このまま月へ飛んでいけたらいいのに……」
「りつは、ここにいたくないの?」
「ゆうと離れるのは嫌だけど、この世の中で生きるのは苦しいかな」
「そっか……苦しいんだね」
「うん」
顔色一つ変えないままりつが頷く。だからといって手を差し伸べることが出来ないのは、自分にりつを丸ごと受け止められるほどの覚悟が備わっていないからだ。
本当はその手を掴んでどこか遠くへ連れ去ってやりたい。
誰にも邪魔されず二人だけの世界があるのなら、俺は迷わずにりつを連れて行くだろう。そんな世界が本当にあるのなら――。
「こっち来る?」
「行っていいの?」
「いいに決まってる。駄目な理由なんてないでしょ?」
「だって、おれ、汚れてるよ……」
「そんなの、関係ない。りつは、りつでしょ?」
「ゆうは、なんでそんな優しいの? おれを抱く奴らは、いつも自分勝手で傲慢な奴らばかりなのに……」
「ほらっ、こっちおいで」
りつの座っている方の腕を伸ばして伝えると、少し眉を下げて悲しそうな表情のりつが近づいてきた。肩がぶつかった瞬間に、そっとその肩に自分の手を乗せて掴むと、りつの体が小さく震えた。
りつの家は、ほぼ崩壊している。父親は外に女を作って蒸発した。母親はそれを受け入れることが出来ずに心を病んでしまっている。家計を支えるのは二人の子供であるりつしかいない。
出会った時にはすでに生きることを諦めてしまっているような、苦しくて切なくてどうしようもない虚ろな目をしていた。
――中学三年の秋――
進路をどうするのか決められずにいた俺は、担任の先生から呼び出しを食らっていた。話はもちろん進路のことで、どこの高校に行くつもりか、将来何を目指しているのかを聞かれたけれど、そんな先のことを考えられるほど熱いものなんて持っていなくて、ただ毎日を漠然と生きていた。
来週中には進路希望を提出するようにと念を押され、小さく頷くのが精一杯だった。
職員室を出て教室へ帰る途中で、微かに聞こえてきた声に足を止める。
「あんた、もう用済みだわ」
「はっ?」
「金、払えないんでしょ? だったらいらない」
「おまえっ、ふざけ……」
「悪いけど俺だって必死で生きてんの。金稼ぐ方法ほかにある? ないでしょ? 中学生の俺が生きるために稼ぐには、これが手っ取り早いんだよ。わかってて近づいてきたんだから、ここで終わりなの」
「俺が今までどれだけお前にっ」
「感謝してるよ。あんたがいなきゃ、俺はここまで生きられていたかわかんないから」
「だったら……」
「無理だって。俺は生きてかなきゃならない。そのためには、金がいるんだ」
中学生がする会話ではないことくらい、俺にでもわかる。だけど、聞こえてくる声に、嘘偽りがあるようにも思えない。
同じ中学生の男子が、生きるために何をしてきたのか、胸の奥がきゅっときつく締め付けられていく。
「バイバイ、先生。今までありがとう」
「くそっ、なんで、お前なんかのために……」
「精一杯、満足させてあげたでしょ?」
「許せない……」
ガタンッと大きな音がして、良くないことが起こりそうな気がした。俺は無意識にその部屋のドアに手を掛ける。
古びた木の扉は、軽く触れただけでもガタッと音を立ててしまうから、逃げることも隠れることもできない。
そしてその音に驚いたのか、中から勢いよく飛び出してきたのは、体育教師の宮島先生だった。逃げるようにこちらを確認することもなく走り去っていく。
「誰かいるの?」
呆然と立ち尽くしていると、問いかけるように声が聞こえてきて、俺はそっとドアを開けて中に足を踏み入れる。
――関わっちゃいけない――
頭の信号は危険だと訴えているのに、俺はそいつから目が離せなかった。服は乱れて胸の辺りまでボタンが外れている。まだ人を好きになったことのない中学生には刺激が強すぎる目の前の光景に、なぜか胸の奥がとくんと疼いたのは、あまりにもそいつが綺麗だったから――。
「これ、着て……」
「いいよ。汚れちゃうから」
「だって、そのままじゃ……」
「平気だよ、これくらい。それより、俺たちって同じ学年?」
「そうみたいだね」
お互いのはいているスリッパの色が同じであることから、俺たちが同じ学年だということはわかる。だけど、目の前にいるそいつは全く同じ次元の人間だとは思えないくらいに大人びたような妖艶な容姿をしていて、まるでこっそりとしまいこんでいるアダルト雑誌を読んでいるみたいなドキドキを感じてしまう。
「三年近くもいるのに、初めましてって変なの」
「確かにそうだね。でも、今日からは顔見知りってことで、よろしく」
気がつけば、自分の手を真っ直ぐに伸ばして差し出していた。一瞬、そいつは驚いたように目を見開いたけれど、すぐに目尻をくしゃりと崩してその手を握ってくる。
「よろしくね。須藤くん」
「な、んで……なまえ……」
「真面目くんなんでしょ?」
そう言って、自分の胸元に手を持って行きつついているのを見た俺は、自分が名札をつけていることに気付いて慌てて隠した。
「別に隠さなくても……。さてと、そろそろ行かなきゃ」
「行くってどこへ?」
「金を稼ぎにだけど」
「どうやって……稼いでるの?」
「須藤くんは知らない方がいいと思うよ。真面目くんには到底理解できない世界だからさ」
「どうしてそんなにお金がいるの?」
「それ聞いてどうするの?」
さっき見た柔らかな表情とは違い、深く関わるなと言わんばかりの冷めた顔つきに変わった。自分がどうしてこんな質問をしているのか、正直わからない。そいつがどこで誰と何をしようが俺には関係ない。それでも、俺は――知りたかった。
「俺にできることはない?」
「ないよ。だって須藤くん、お金払えないでしょ?」
「それでも、側にいることはできるよ」
「なに、それ……」
「君を買うことはできないけれど、友達として一緒にいることならできるよね?」
「そんなの、いらないから……。じゃあ、俺、そろそろ行くわ」
座っていた体を持ち上げると、パンパンとブレザーのパンツを叩き投げだされているカバンを手に持ったそいつが部屋から出て行った。
一人残された俺は、そいつのいなくなった部屋でしばらく動けなくなっていた。
これが、りつとの出会い。
§§§
大学生になった今も、俺たちは全く別々の道を歩いている。結局やりたいことがあったわけじゃない俺は、家から一番近い高校へ進学し、とくに目立つこともなく静かに高校生活を終えた。別に友達が出来なかったわけではなく、それなりに仲の良い友人もいた。ただ、卒業してからも連絡を取り合うような友人はいない。それはきっと、俺がいつまでもりつのことを絶ちきれないから。
今だってこうして、すぐ隣にはりつの温もりがあって、生きていることを感じられる。ただそれだけで、心臓がほっと温かくなる。
「ちょっとは落ち着いた?」
「うん。なんかゆうといるとほわっと温かくなるんだ」
「そうなの?」
「だってさ、こんな風に優しくされた記憶って、俺を手に入れる前の奴らとか、金を持って帰ったときの母親とかのうわべだけの薄っぺらいものくらいだから」
「そうなんだ……」
「俺の母親、今日だってこの金を持って帰ってくるのを酒を飲みながら真っ暗な部屋の中で待ってるんだ。笑えるだろ?」
パンツのポケットから今日稼いだばかりの札束を取り出して目の前できつく握りしめているりつの表情は、また感情をなくしかけているように見えて思わずそのきつく握りしめている手を包み込んだ。
「ゆう……?」
「大丈夫。俺はいつだってここにいる」
「ほんとに、ゆうって変わったやつ」
「そう?」
「普通、俺みたいなやつと一緒にいたいって思わないでしょ?」
「それは俺の自由でしょ。俺がりつと一緒にいたいんだから、それでいいじゃん」
「まっ、いいけど」
突っぱねられることもなく、りつはまたすぐに空に向かって顔を上げた。
目を閉じてすーっと空気を吸い込むと、気持ち良さそうに深呼吸している。
いつまでもこの時間が続いてくれればいいのに――そう願わずにはいられなかった。
§§§
さっきまで抱かれていた男は、拘束プレイが好きなやつで、目隠しをされ、両腕をネクタイで縛られた後がくっきりと残ったままだ。
さんざん自分だけが満足する行為を続けた挙げ句、避妊具もしないまま中に欲望を吐き出された。
苦しいだけの長い時間だった――。
最後にゆうの声が聞きたい。全てを終わらせたいと思う瞬間に浮かんでくるのは、いつもゆうの少し困ったように俺を見つめてくる顔で、気がつけば止せばいいのにスマホの履歴の一番上にあるその名前をタップしていた。
「ゆう、死にたい……」
疲れた体で古びたビルの階段を上りきり、空を見上げれば真ん丸な月がこちらを照らしている。
月はこんなに綺麗なのに、なんで俺はこんなに汚れているんだろう。
どうすればこんな地獄みたいな世界から抜け出せるんだろう。
今まで何回、何十回も問いかけてきたけれど、答えなんて見つからなくて、終わらせたいと思うのに死ぬ勇気さえもなくて、最後にゆうに会いたいと思って電話をかけて声を聞いてしまえば、涙が溢れてくる。
駄目だってわかっている――ゆうを巻き込んじゃいけないってこと。
それなのに俺は、それだけ伝えると電話を切った。
――バカだな、おれ――
ゆうは、きっとここにくる。
あいつは出会ったあの日から、決して俺から逃げなかった唯一の人だ。
体育教師の宮島との関係を終わらせていた時に偶然知り合っただけの同級生。もうすぐ中学三年の二学期も終わるって頃に出会った。
同じクラスの奴らとさえ話すことなんてないのに、まさか初めて会った奴とこんなに長く一緒の時間を過ごしているなんて未だに信じられない。
――君を買うことはできないけれど、友達として一緒にいることならできるよね?――
こいつは何を言っているんだ? と思った。
たった今、俺と宮島の関係を知ったはずなのに、こちらに向かって真っ直ぐ伸ばされた手。
その手を握ってはいけないとわかっているのに、まだ真っ白な何も知らない無垢なやつなのに、薄汚れた自分と関わっていいはずがないのに、俺は引き寄せられるようにそいつの手を握ると、自然と笑っていた。
ある意味、賭けだったのかもしれない。もしこいつと一緒にいられたら、俺は今のこの生活から逃げ出せるかもしれないと、この手を取って逃げたいと会ったばかりのゆうに対して思ってしまったんだ。
「おはよう」
次の日に学校へ行ったら、下駄箱で靴を履き替える背中から声が聞こえた。昨日聞いたばかりの新しい声を聞き間違えるはずがない。ここで振り返ってしまえば、俺はきっともう突き放すことはできないだろう。
――振り返ってはいけない――
そう言い聞かせるように何も答えないままスリッパに履き替えて歩き出そうとした腕を後ろから引かれた。
ビックリして振り返ると、真っ直ぐにこちらを見ているあいつがいて、俺は顔を逸らすことも腕を振り払うこともできずに固まってしまう。
「なんで逃げるの?」
「逃げてない」
「じゃあ、何で無視するの?」
「言っただろ、俺にはそういうのいらないって……」
「だったら、俺の腕を振り払えるだろ?」
「そんなの、出来るに決まってんじゃん」
「ほらっ、早くやってみろよ」
「やってやるよ」
押し問答が続く。
ここで振り払わなきゃ、絶対に駄目だ。
反対の手でそいつの腕を掴む――。あとは、そのまま離せばいいだけなのに――。掴む手の力が強まるだけで振り払うことが出来ない。
「名前は?」
「はっ?」
「君は俺の名前を知ってるけど、俺は君の名前を知らないから。教えてよ」
「それ、必要ある?」
「だって俺たち、昨日から友達だろ。改めて、俺は須藤優羽。君は?」
「……凛月。藤川凛月だ」
「ふじかわ、りつ……。じゃあ、りつでいい?」
「ほんと、おまえって、変な奴すぎる……」
「ゆう。おまえじゃなくて、ゆう……いい?」
「わ、わかったから。もう、離せって……」
下駄箱には、いつの間にかこの状況を不思議そうに見物している奴らがいて、一刻も早く立ち去りたい俺は、ようやくゆうの手を振り払って教室までの道のりを歩いていく。
同じ学年の俺たちはもちろん向かう階数も教室もほぼ同じで、嫌でもちょっとした距離を保ちつつ歩いていた。
振り払えなかったのは俺――。あんなに真っ直ぐに見つめられたら、信じてみたいって思ってしまったんだ。
俺も、いつかこいつみたいに真っ白な世界に戻れるかもしれないと。誰にも邪魔されず、自分のために生きられる世界へ行ってみたいと。そんなことを夢見てしまったんだ。
§§§
俺の家族は、中学へ上がる頃には崩壊していた。父親は物心着く前から何度も浮気を繰り返し、その度に母親は狂ったように泣きじゃくって、いつの間にか俺に対して向ける視線が変わっていった。
憎しみとも取れるような冷めた瞳――冷めた口調。父親が蒸発したのは、中学に上がってすぐの頃だった。それまで定期的に振り込まれていた生活費さえなくなった。母親はとても働ける状況じゃない。最初は、中学生でも働かせてもらえる新聞配達や牛乳配達を必死でやって何とか食いつないでいた。
でも、子供には限界がある。
学校で倒れた俺は、極度の栄養失調と睡眠不足、過労と診断され、しばらく入院することになった。
その時に担任だったのが、体育教師の宮島だった。家の事情を初めて誰かに話した。きっと初めは同情して優しくしてくれたんだろう。こっちも、気を許して甘えすぎてしまったのがことの始まり。
俺たちは、ごく自然にそういう関係になってしまった。
抱き終わった後、宮島が財布から10万円を取り出して差し出してくると、「これは二人だけの秘密だからね。お互いにバレたらヤバイだろ」と、無理矢理に握らせてきた。
正直、俺は金欲しさで受け入れたわけじゃない。だけど、それがある意味自分の稼げる方法がこれだということに気付かされた瞬間だった。
手にした金を母親に喜んで貰いたくて渡すと、「りつ、良くやったね。こんなに稼げるなんてすごいよ」そう言ってきつく抱き締めてくれた。
久しぶりに感じる母さんの温もりに、いつしか俺は依存してしまっていたんだと思う。
月に一回、宮島との関係を続けながら、何とか生活していた。
そんなある日、生活費として残していた金が置いてあった場所からなくなっていることに気付く。
「母さん、ここにあった金は?」
「そんなの、一瞬で消えたよ。ほらっ、これ……母さんに似合うだろ?」
母さんが見せてきたのは、小さな宝石のついたネックレスだった。まさか、これのために生活費を使ったのか?
「母さん、これどうしたの?」
「今日ここに来た人が進めてくれてさ。このネックレスは、つけているだけで幸せになれるって言うから、買ったんだよ
「いくらだったの?」
「30万だって。とりあえず家にあったお金を全部渡して、残りはまた週末に取りに来るって」
「そんな金……どこにあるの?」
「りつが稼いでくればいいじゃない。20万なんてすぐでしょ?」
「すぐって……そんな大金……」
「だって、毎月ちゃんとお金を持って帰ってきてくれてる。その顔なら、もっと稼げるはず」
「な、なに言って……」
「お父さんにそっくりなその顔なら、女が放っておかないでしょう」
「本気で言ってるの……?」
「週末までに20万、用意できるよね? でないと、お母さん……」
ここからが地獄の始まりだった。それまでは宮島の相手をしていれば食い繋げていた生活が、それだけじゃ足りなくなった。
気がつけば、落ちるところまで落ちてしまっていた。
他に稼ぐ方法があったなら、もっと違った人生だったのかもしれない。
でも、あの頃の俺には、これが全てだった。
生きていくための手段だったんだ。
「母さん、持って帰ってきたよ」
ゆうと別れて自宅へ戻ってくると、暗い部屋の中で頬に涙を流しながら窓際で空を見上げている母親の姿があった。
ボロボロなのに何故か父を想い涙を流しているその姿はとてつもなくキレイで、一瞬見惚れてしまう。
それなのに、俺の声を聞いた瞬間に変わった目付き――。
「これだけ? あんたの価値、下がったんじゃない?」
「どういう意味?」
「前はもっと稼いできてたじゃない。こんなんじゃ足らないって」
「酒を止めればいいことだろ?」
「あんたがもっと稼いでくればいいだけのことでしょ。ほらっ、早く行ってきな」
「なんでだよ……。なんで、おれがこんな思いしなきゃなんないの? ずっと頑張ってきてたのに……。おれが頑張んなきゃってやってきてたのに……」
「ぐちぐち煩いわね。早く行けって言ってるでしょ!」
わかっている。錯乱状態になっているだけだってこと。それでも、今の俺を地獄へ叩き落とすには十分だった。
俺の価値――それって一体なんなんだろう?
もう、いいや――何も考えたくない。
部屋を出てアパートの階段を降りた瞬間に足が止まる。
「ゆう……?」
「なんか、りつが呼んでる気がして……。こんな時間にまた出掛けるの?」
「なんで……なんでいんの?」
「言ったでしょ。俺はいつでもりつの隣にいるって。だから、もう大丈夫だよ」
真っ直ぐにこちらへ伸ばされた腕。
初めて出会った日と同じように、俺だけに差し出されている腕。
握ってしまえば、きっと怖くなる。
失いたくないと手放したくても手放せなかった唯一の人。
何度も離れようとしたのに、決して離れられなかった答えは、すごく単純なこと。
「ゆう、好きだよ」
「そんなの、知ってるよ。だって、俺もりつが好きなんだから」
二人で手を取り合って、真夜中の町を駆け出した。
向かったのは、二人が出会ったあの教室。
中学の頃には高く感じていた門が、軽々と飛び越えられるほど大人になっていて、迷わずに教室に入ると、窓から真ん丸な月が光を照らしているいる。
「月が綺麗だね」
「それ、さっきも言ってた」
「だって、本当に綺麗だから」
「そうだね」
特に話さなくても、すぐ隣にある温もりを感じながら目を閉じる。
――ああ、このまま時間が止まってくれればいいのに――
心の中で強く願う。
誰にも邪魔されず、ゆうとこのままずっと――。
§§§
ビルで別れた後、なぜか胸騒ぎがした。
いつもなら、こんなに胸がざわつくことなんてないのに、鼓動が速い。
それでも何とか自宅へ戻ろうと足を進めるのに、気がつけばりつの住むアパートへ向かっていた。
もう会えないかもしれない――。
そんな不安が頭から離れない。
俺はまだ一度も自分の気持ちを伝えていない。
初めて会ったあの瞬間から、りつのことだけを見つめていたこと。
りつのことだけを好きだったということ。
同じ年の男子が、今ある生活を必死で守ろうと生きている姿は、誰がなんと言おうと美しかった。
生きることを諦めているはずなのに、俺と会った瞬間にふっと変わる目つきが愛おしかった。
「ねえ、ゆう。おれ、もう、疲れた……」
「うん。りつはよく頑張ってたよ」
「このまま眠ってもいい?」
「もちろん。俺はずっとここにいるから、安心して眠りな」
「ほんとにずっと?」
「ずっとだよ……」
「わかった。じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
安心したように目を閉じると、まるで眠り姫のように美しい表情でりつは眠りについた。
童話の眠り姫は、王子のキスで目覚めるけれど、俺たち二人はこれから永遠の眠りにつく。
もっと早くこうすれば良かった。
そうすれば、りつをこんなにも苦しませずに済んだかもしれないのに――。
ポケットから小さなカプセルを取り出して口に含むと、それをカリッと音を立てて噛む。
そして、そのまま眠っているりつの唇にそっと触れた。
二人は学校の教室で寄り添うように亡くなっていた。
苦しんだ様子もなく、幸せそうに優しく包み込むように抱き締められている姿がとても印象的だったと当時捜査にあたっていた刑事が話していたそうだ。
捜査の結果、須藤優羽は近くの大学に通う真面目でごく普通の青年で、自殺をするような環境ではなかったということが分かっている。
一方、藤川凛月の方は家庭環境が複雑で、中学生の頃から家庭を支えるために働いていた。母親は息子の稼いだ金を宝石や酒に使い、違法だとわかっていながら働かせて続けていた。
死因は同じ毒物が検出されたことから自殺とみて間違いはないだろう。
ただ、藤川凛月の体はボロボロだったという。
二人には生きるという選択肢はなかったのだろうか?
いや、決してそうではない。
二人で生きていくために、二人で幸せになるために選んだ道だったのだろう。
でも、本当の真実は誰も知らない。
――ねえ、りつ。これで、俺はやっとりつを自分だけのものにできたんだ――
Fin.
きちんと『激重感情仄暗不穏』プラス耽美なお話になってたでしょうか?
冒頭の必死で駆け出している姿が浮かんできて、最後は二人で命を絶つという設定だったのですが、実は最後の二行はない状態だったのです。会社の後輩ちゃんにゆうが最後自分の中にある独占欲みたいな感情を出したらどうか? というアドバイスをもらって付け足しました。
うちの会社、腐女子の方が結構いて、二人だけ私がこうして企画に参加していることや、小説サイトに投稿していることを知っています。
そして、時々こうして読んでもらって感想もらったりしています。
時には、表紙のイラストを書いてもらったりすることもあったり。
先輩とは、一緒に冊子を作ったこともありました。
お題は難しかったですが、書き終わったら今回も楽しく書き終わったなと感じました。
今年最後の企画となりますが、参加できて良かったです。
そして、いよいよ今年も残りわずかとなりました。
こうしてnoteを通して、たくさんの方と知り合えて、なみさんの企画のおかげで色々な作品を読ませていただけて、本当に最高に楽しかったですし、充実した年になりました。
家の方はバタバタしていたりで疲れたなって思うこともありましたが、何とか無事に年を越せると思われます。
それでは、みなさま、良いお年をお過ごしください。
そして、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
