もう離れない 【noteでBL】
毎月恒例となっている企画小説第12弾!
今回のお題は「生きる時間」。
いろんな説明書きがあったのですが、この度は浮かんできたものを形にしました。
果たしてこれがお題に添ったものになっているのかどうか!? はわかりませんが、気に入って頂けるといいなと思います。
画像は、イメージにぴったりだったのでお借りしました。
私、プロット書けない人間なので、いつも書きながら話を進めていきます。
だから、長編はなかなか書けない。
軸がずれる!
このくらいの文字量が好きです。
この度、参加した企画の記事はこちらになります。
なみさん、毎回企画を出して頂き、ありがとうございます。
こうして、楽しくお話が書けるのもこうして企画に参加させてもらっているから。
本当に、ありがたい。
それでは、今回の作品は、こちら。
もう離れない
誓い合った約束がある。
それは幼い頃の遠い、遠い記憶――。
「ねえ、ずっと一緒だよ」
「うん。ずっと一緒だね」
「約束……」
そう言って顔を見合わせてハニカミながら、お互いの小指を握ったあの日。
その約束は叶うことなく、君は僕の前からいなくなった。
突然だったんだ。毎日一緒にいたのに、ある朝目覚めたら君はこの町から跡形もなく忽然と姿を消した。
誰に訪ねても「知らない」の一言で、君の家族もなにも教えてくれない。
僕の母もなにも知らないと顔をそらすだけだった。
「明日から夏休みです。みなさん、山の奥にある大きな杉の木には近づかないようにしましょう。足を滑らせたら大変ですからね」
「はーい」
小学生の終業式の日に必ず担任の先生から告げられた夏休みの注意事項。子供ながらに毎年聞かされるその内容はいつの間にかそこにいた誰もを飽きさせてしまっていた。
大きな杉の木は、子供の足では到底近づけないような山奥にあると聞いていたから、初めから近づく者なんていなかった。
月日が流れ、何事もなかったかのように時間は過ぎていく。
自分自身も一時のことを思えば君のことを考える時間は少なくなってしまったと思う。
「なあ、小学生の時に大人たちが口煩く言っていたあの杉の木、今だったら行ける気がしないか?」
「でも、あそこには近づくなって……」
「言われれば言われるほど、どんな感じか知りたくなるもんだろ?」
高校生になった夏休み。学校で補習授業を受けていると、隣の席に座っていた三枝大輝がこちらに身を乗り出して話しかけてきた。
三枝は小学生からの同級生で、唯一同じ高校へ進学し、同じように補習を受けなければならないという同じ底辺の仲間。
「何かあったらどうするつもり?」
「なに、もしかして和葉、あの噂信じてんの?」
「噂って?」
「えっ、お前、知らないの?」
必要以上に情報を入れないようにしていた。気になり出したらおそらく追求したくなるとわかっていたからだ。
どうして山奥の杉の木に近づいてはいけないのだろう。
近づけば足を滑らせて大怪我をしてしまうから?
それとも、大きな穴に落ちて出てこられなくなってしまうから?
山の神様が怒って連れ去られてしまうから?
考え出したらキリがない。
いくつのも可能性が頭の中をぐるぐると回りだしてしまうことがわかっていた。
「病の神様がいるらしいぜ。会えたものは、どんな病気でも治るらしい。あとは、出会った人は誰一人町へ帰ってこないとか」
「そ、そんなの、ただの噂だろ?」
「だったら、確かめに行こうぜ」
目をギラギラさせてこちらに同意を求めてくる。ダメだとわかっているのに、その目を見ていたら首を横に振れなかった。
満足げにニカッと笑いながら肩をがしがしと叩いてくる力が思うより強くて、どれだけ行きたいんだよと思わずおかしくなる。
「じゃあ、今週の土曜日に決行な」
「わかったよ」
「他は、山崎と久保も誘っとくから」
「はいはい」
こうなったら断るのは諦めざるを得ない。言い出したら聞かないやつだから。
こうして、高校一年の夏休みに、あの杉の木へ行く事になった。
待ち合わせの土曜日。
山奥へ行くこともあり、きちんと長袖長ズボンで帽子を被り、父親が持っていた山登り用の靴を借りて自転車で待ち合わせのコンビニまでやってきた。このコンビニから少し先へ行くと、登山口まで連れてってくれるバス停がある。
そこまで自転車で行き、そこからバスに乗って向かってから、おそらく二、三時間かけて山を登った先に杉の木があると推測される。
本格的な山登りなんてしたことのないただの高校生だけで登るのは危険だとわかっているけれど、親に言えば却下されるとわかっているから、言わずにここまで来ていた。
一番乗りだったこともあり、待っている間に持ってきていた水筒とは別で塩分チャージとスポーツドリンクを買い足してリュックへと詰め込む。
正直、少し怖いとも感じていた。
幼い頃から近づくなと言われていた場所へ内緒で行くことへの不安と、裏切りのようなちくりと痛む胸の奥が今ならまだ引き返せると言っているようにさえ思えるほどだ。
「和葉! お待たせ」
「お、おう」
名前を呼ばれて振り返ると、三枝と宣言していた通りの山崎と久保もそれなりの格好をして自転車で近づいてきた。
こうやって学校の外で会うのは、初めましてな山崎と久保との距離感がわからないけれど、三枝がいるからまあ何とかなるだろうと思い、軽く片手を挙げて見せると、同じように返してくる。
「お前ら、昨日寝れた?」
「まあ、それなりに。そういう三枝は?」
「実は俺、あんま寝れなかった。やっぱ、いざとなると遠足の前の日みたいにテンション上がっちまったのかも?」
「小学生か!?」
なんて突っ込みも入れながら会話をしていると、それを眺めていた二人も頷いているのが見えた。
この空気感は悪くない。そう思った。
「よし、じゃあバス停まで競争な」
「うわっ、ちょ、俺不利じゃんか!」
自転車をがっつり停めている俺は、完全に出遅れる。三人は、一斉に自転車をこぎ始めてスピードを上げてどんどんと離れていく。慌てて自転車のストッパーを外すと、置いていかれないようについていく。
「俺、一番! 和葉がビリね」
「なんだよ、あんなの勝てるわけないし」
「まあ、まあ、拗ねるな」
「拗ねてない」
わかっていた結果ではあるけれど、面と向かって言われるとやっぱ悔しい。
自転車を、バス停の後ろにある自転車置場に置いて四人で円状に立ちながら話していた。
しばらくすると、一台のバスが近づいてくるのが見えて会話がピタリと止まり、停車するまでなんとなく緊張感が漂っていた。
目の前で停車したバスに乗り込むと、一番後ろの席に陣取って座る。自分たち四人とお爺さんとお婆さんの合計六人が乗り合わせていた。
バスの中ではそれなりに会話をしながら楽しみつつ、近づくにつれてどことなく会話が減ってきた気がする。
そして、「次は、天根嶺《あまねれい》山登山口前。お降りの方はボタンにてお知らせください」というアナウンスが流れて四人は顔を見合わせて頷くと、代表で三枝がボタンを押した。
その瞬間に、静かに座っていたお爺さんとお婆さんがはっとしたように顔を上げてこちらを向いたのを感じる。
四人で立ち上がり前方へと歩いていく途中、「気を付けなきゃだめだよ。下手したら帰ってこれなくなるかもしれない」とお婆さんが小さく告げてきた。どうやら、自分だけにしか聞こえていないようで、他の三人は早々とバスを降りていく。
お婆さんの言ったことが気になり顔をそちらへ向けたけれど、お婆さんは気持ち良さそうに目を閉じて眠っている。
気のせい――ではないはずなのに、と思いながらもみんなの後に続いてバスを降りると、扉を閉めたバスはそのまま出発した。
「着いたな」
「なんか、変に緊張する。手汗がすごい」
「俺も」
目の前の登山口から広がる山道を見ながら三枝が言い、山崎が手を広げて見せると、久保も同じように手を広げている。
さっきのお婆さんの言葉に和葉はより緊張というか不安な気持ちが大きくなっていた。
この忠告は、無視していいものだろうか――。
「よし、じゃあ行くぞ」
登山口の前に置いてある名前と時間を記入する用紙にきちんと書くと、三枝の掛け声と共に「お、おう」とそれぞれが大きくもなく、小さくもない声で返事をして、閉められている登山口の入り口を開け全員が山側へ入ると、きちんと施錠する。
とうとう入り込んでしまった。近づいてはいけないと言われ続けてきた山の中へ――。
初めは何でもない山道が続いているだけの場所を四人で進んでいく。そのうち長い土の階段が目の前に現れた。思わず気持ちが怯みそうになるけれど、ここまで来て引き返すなんてことは誰一人考えてはいないようで、一歩一歩登っていく。
登って行くにつれて、酸素が薄くなってきているのか、呼吸がしんどくなってくる。
「少し休憩をいれよう」
「そうだな。じゃあ、あのポイントまで歩いたら休憩しよう」
「もう少しだな。頑張ろう」
少し先に見えている座れそうな岩場が目に留まり、そこを目指して足を進める。
こんな風に山に登ったのは初めてのことで、しんどいという気持ちが大半を占めながらも、意外と休憩するときに見える景色がそのしんどさを軽減させてくれる気がしていた。
「おー、なかなかの景色だな」
「ほんとにな」
「この調子で杉の木まで頑張ろうぜ」
「そだな」
こうして声を掛け合いながら、残りの山道を進んでいく。急な高い段差も、何とか手を貸し合いながら登っていき、ようやく杉の木まであと少しという案内表示が現れた。
それと同時に、気持ち足早になってしまう。
「すげぇ……」
目の前に広がった今までとは違う空気感と、巨大な杉の木に、一瞬で足が止まって見入ってしまった。
ガサガサしていた山道とは違い、静かで柔らかな風が吹いている。
その中心に立っている杉の木は、思っていた以上に存在感があって、圧倒されるほどのものだった。
まるで吸い込まれてしまいそうなほど真っ白な渦の中心で、呼吸の音がスー、スーと聞こえてくるようなそんな不思議な空間に、そこにいた誰もが動けなくなってしまう。
大きなしめ縄が巻かれた木は、きっと長年にわたって神聖なるものとして祀られてきたのだろう。
一体、この場所がどうして近づいてはいけない場所なのか。確かに足を踏み入れてはいけない領域である感じはするけれど、恐ろしいことが起こるとは思えない。
「ここがあの行ってはいけない場所か……」
「とうとう来ちゃったね」
「なんか、すごい……」
三人が会話をしている中で、自分だけがただ一ヶ所を見つめたまま動けなくなっていた。
杉の木の左側に立っている狐よりは大きく、狼よりは小さい動物がじっとこちらを見つめてくる。威嚇するわけでもなく、怯えているわけでもなく、ただ静かに。
顔を逸らすことができなくて、見つめ合ったまま時間だけが過ぎていた。
「和葉? おい、和葉」
「あっ、うん」
三枝に呼ばれてはっと我に返ると、金縛りに合っていたみたいに固まっていた体が自由に動きを取り戻してさきほどの場所に視線を戻すと、そこにはもう何もいなかった。
あれは、何だったんだろう?
正体のわからないまま、杉の木を目の前に目を閉じて手を合わせると、俺たちは何事もなく山を降りた。
結果、俺たちの中では小さい頃に危険だと教えられていた杉の木は、立派にそこに根強く佇む守り神みたいな存在なんだという結論に達した。
でも、和葉の中ではどうしても忘れられない、頭から消えてくれないことがある。
それは、歳を重ねるごとに夢にまで出てくるようになっていく。
あの高校生で初めて行った杉の木で見た動物が、自分を呼んでいる気がしていた。
まるで、迎えに来てと言っているかのように――。
そして思い出すのは、幼い日に交わしたあの約束だ。
「ぼくね、ここに大きなばくだんがあって、いつはれつするかわからないんだって」
「ばくだん?」
「そう。ときどき、ぎゅーってくるしくなるんだよ」
「くるしいのって、なおらないの?」
「うん。なおすにはかみさまにおねがいするしかないんだって」
「じゃあさ、そのくるしいの、ぼくがなおしてあげるよ。ずっといっしょにいれば、くるしいときにこうして手をにぎれるでしょ?」
そうだ、君が教えてくれた苦しい場所というのは、心臓だった。
眉間にぐっとシワを寄せ、苦しそうに体を前に倒しながら左胸を抑えるしぐさをして見せてくれた。
遊ぶときはいつも公園のベンチに座って話したり、物陰に隠れながら小さい声で話したり、みんなと一緒に走り回ったりなんてできなくて、少し残念な気持ちを持ちながらも、君との時間を過ごしていた。
一度だけ、一緒にいるときに君が苦しそうに胸を抑えていたことがあって、顔色が悪く、物凄い汗をかいていた。
何もできない和葉は、ただ手をぎゅっと握りしめることしかできない。
僕は、君に何をしてあげられる?
変わってあげられるのなら――。そう思っても、それはできないから。
「ずっと、一緒だよ」
そう伝えることしかできなかったんだ。
それなのに、君は突然いなくなった。何の前触れもなく本当に突然で、あの約束は、もう二度と叶うことはないと思っていた。
だけど、どうしても確かめたいことがある。
和葉はもう社会人。杉の木へ行ったあの日から7年が経っていた。
会社のお盆休みを使って5年ぶりに帰省することにした。目的は、あの場所へもう一度行くこと。もういい大人だ。一人でも問題ない。
「母さん、行ってくる」
「行くってどこへ?」
「杉の木だよ。確かめたいことがあるんだ」「そう……、わかった。気を付けなさいね」
「うん。じゃあまたね」
「待ってるからね」
「ああ……」
高校生の時は言えなかった行き場所を、今度はきちんと伝えて家を出発する。
あの頃と同じようにバス停までの道のりを自転車を走らせてバスに乗り込んだ。
感覚で覚えているのか、不思議と迷わずにやってくると、前回と同じように空気感が一瞬で変わった。
前と違うのは、辿り着いたその瞬間に杉の木の前にはあの動物がこちらを向いて立っている。
「あ、あの……、俺、君に会いに来たんだ」
そう言って手を伸ばすと、その動物はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。真っ直ぐにこちらへと――。
そして、和葉のお腹辺りに頭をこつんと当てると、ぐるっと一周回って体勢を低くした和葉の頭にふーっと息を吹きかけた。
「お母さん、ぼくね、和葉くんとずっと一緒にいようって約束したんだ。だから、神様にお願いしに行こう。元気になるためのお願いをしに行こうよ」
「でも、そしたらもうここへは戻ってこれないかもしれない」
「それでも、僕は和葉くんとの約束を守りたい。だから、お願い」
言い伝えられている杉の木の力。
病を治す変わりに山の主である後継者になること。
人間の姿ではなく、山犬として生きるというもの。山を降りることも、人との接触も、全てを失ってしまう。
ただ、もしも奇跡が起きて山犬の正体に気付き会いに来た者がいれば、その時は永遠の幸せを手にすることができるというものだ。
「もう、苦しいのは嫌なんだ。お母さんも、お父さんも、もう頑張らなくていいんだよ。僕のことで悲しまなくていいんだ。苦しまなくていいんだ」
「そんな、お母さんもお父さんも苦しいだなんて思ってない」
「ありがとう。でもね、僕ももう限界なんだ……。ここがね、悲鳴をあげてるの」
「お父さんとお母さんの側にはいてくれないの?」
「ずっと、一緒だよ。僕は山で生き続けるんだ。ここから二人の幸せを願ってる。苦しむことなく、山を守りながら和葉くんが迎えに来てくれるのを信じて待ち続けるんだよ」
「来てくれなかったら?」
「大丈夫。約束したから」
「それが、あなたの望むことなの?」
「そうだよ。だから、僕を神様のところへ連れてって欲しい」
柔らかな表情で天使のように微笑みながら告げられた言葉に、迷いなんてないと母親は察したのだろう。
それ以上何も言わずに、我が子を連れて家族で山を登る決断をした。
大きな杉の木の前に我が子を守るように並んで座ると、手を胸の真ん中に組み、目を閉じて願う。
「山の神様、お願いです。僕の病気を治してください。みんなが幸せに笑えるようにしてください。そのためなら、この山の主となり、ここで生き続けることを誓います。どうか、お願いします。そして、いつか大切な人にもう一度会えますように……」
願い事を言葉にする息子の傍らで、ただ静かに涙が頬を伝う両親の姿は、見ているこちらが胸を締め付けられるようだった。
君は、自分の人間としての命と引き換えに両親を解放してあげようと考えたの?
俺との約束を守るために、死ではなく、別の形で生き残ることを考えたの?
子供の口約束なんて、あってないようなもの。
それを信じて、ずっとここで一人、山を守りながら待っていてくれたの?
目を開けると、そこには大きな山犬が和葉を優しく見つめている。
怖いなんて感情はない。
両手を広げると、山犬の体を包み込む。
「長い間待たせてごめん。やっと会えた……」
――グルル、グルル、グルル――
和葉の言葉に喉の奥を鳴らして、山犬が頭を擦り付けてくる。
抱き締める力が強くなると、とんとんと頭で苦しいと伝えてくる。
「苦しいよな、ごめん。でも、嬉しくてさ」
――グルル、グルル――
力を緩めて顔を近づけて伝える。君も嬉しいと告げるように再び頭を擦り付けてきた。
会えなかった時間の分、いっぱい話をしたい。
「俺さ、高校の時にここへ来たんだ。その時に、君を見つけて忘れられなくて、またここへ来た」
あの時はまさかあの動物が君だったなんて思いもしなかった。
山を下りても忘れられなかったこと、夢にも出てきていたこと、どうしてももう一度会いたかったこと、自分の中にある全ての感情を伝える。
すると、一瞬で澄み渡っていたはずの空間に白い霧が渦を巻き始めた。
何が起こるのかわからずに目をきつく閉じると、また夢の中へと落ちていく。
「和葉くん、和葉くん」
「ん?」
「起きて」
体を揺すられて、ゆっくり目を開けていくと、そこには大人の姿になった君が心配そうに覗き込んでいる。
慌てて動き出す和葉を見て、「大丈夫、逃げたりしないから」と柔らかく君が笑った。
懐かしい笑顔にほっとする。変わっていない。少し困ったように眉を下げて笑うところも、優しげな話し方も、あの頃と同じだ。
「会いに来てくれて、ありがとう」
「は、話せるの?」
「奇跡って本当にあるんだね。また会えるって信じてた」
「俺、ずっと気になってた。嶺央くんがどうしていなくなったのか。誰も教えてくれなかったんだ。ただ、黙って首を振るだけで」
「言えないよ。人間じゃなくなったなんて。誰も信じてくれない」
もちろん、一理ある。
自分だってここへ来なければ確信できなかった。
夢の中の世界がどこへ繋がっているのかなんてわからなかった。
ある意味賭けだったのかもしれない。確かめに行って違ったとしても、それなら違ったんだと納得がいくからだ。わからないままうやむやのままよりも、自分の目できちんと知りたかった。あの山犬がどうして見えたのかを。
「もう一度だけ、和葉くんに会いたいって思ってた。だから、本当に嬉しい」
「約束は? ずっと一緒にいるって言った約束……」
「それはもうちゃんと証明されたよ。僕を思い出してここへ来てくれた」
「そうじゃなくて……」
「もう十分だよ。覚えていてくれただけで幸せだから。だからもういいんだ」
「な、んで……。それじゃ、約束が違うだろ」
俺との約束を守るために、命を繋ぎとめるために君は山の主となり、生きてきた。
やっと願いが叶う時が来たのに、それを自ら手離そうとする。
「奪えないよ。僕と共に生きるということは人間ではなくなるということ。そんなこと、大切な人にはさせられない」
「俺がそれを望んだら?」
俺の問いかけに君は困ったように笑うと、静かに首を横に振った。
「僕を忘れないでいてくれて、本当にありがとう」
綺麗な笑顔で微笑むと、眩しい光に包まれて全てが消えてなくなった。
目が覚めると、そこは帰省していた実家のベッドの上だった。
夢を見ていたのか?
いや、違う……。だって、包み込んだときの感触がこんなにもはっきりと残っている。
ベッドから飛び起きると、階段を降りてリビングへと駆けていく。
「母さん!」
「あら、まだ疲れが取れていないんじゃないの?」
「あのさ、俺、ずっと聞きたかったことがある」
「もしかして、嶺央くんのこと?」
小さく息を吐いた母さんは、もしかしたらいつかこんな日が来ることをわかっていたのかもしれないと思った。
「母さんは、嶺央くんがあの山にいることを知っていたの?」
「ただの噂だと思いたかったのだけれど、嶺央くんのお母さんに話を聞いてね、いつか和葉が聞いてくるんじゃないかなって思ってた」
「じゃあ、嶺央くんが人間じゃないってことも?」
「知ってる。会いに行ってきたんでしょ?」
静かに首を縦に振った俺を見て、母さんはもう一度小さくため息をつく。
自分の気持ちを沈めるためだろう。
「でっ、和葉はどうしたいの?」
「俺は、嶺央くんとの約束を守りたい」
「人間でなくなったとしても?」
「生きているってわかったから。やっと見つけることができたから。だから、一緒にいたいんだ」
「私たちのことは、忘れないと誓える?」
「そんなの、当たり前でしょ。ずっと忘れないよ。ずっと大切な家族だよ」
「そうね。和葉ももう良い大人なんだから、自分のことは自分で決めなさい」
「うん、ありがとう」
この日の夜は、家族でたくさん話した。
たくさん笑って、たくさん泣いて、今までで一番長く同じ時間を過ごした。
そして、次の日の朝。
両親は笑顔で俺を送り出してくれた。
迷いはない。
目的の場所を目指して足を進めていく。
足を踏み入れた時は静かだった木々たちが、まるでなにかを察したかのようにざわつき出す。
白い霧が渦を巻きぐるぐると和葉の周りを何周かすると、一気に霧が晴れて山犬が姿を現す。
「嶺央くん」
「どうして……?」
「約束しただろ? ずっと一緒だよって。だから、迎えに来たんだ」
「だけど、そんなことしたら……」
「ちゃんと両親とも話し合って決めたことだよ。迷いなんかない。俺は、これからも嶺央くんと一緒にいる」
「ほんとに、いいの?」
「遅くなってごめんね。今までずっと待っててくれてありがとう」
両手で嶺央くんの顔を覆いながら、真っ直ぐに目を見て伝えると、首を何度もこくんと縦に振っていて、その姿がとても綺麗だと思った。
姿形なんて関係ない。誰とどう生きたいか。ただ、それだけだ。
「もう離れないし、離さない。約束する」
「うん。僕も、ずっと一緒にいたい」
「ずっと一緒にいよう」
「はい」
ゆっくりと顔を近づけて、誓いのキスをする。
一頭だった山犬の隣には、今は寄り添うようにもう一頭の山犬がいて、二頭はいつも高い山の上から決まった時間に遠吠えをあげる。
それはまるで、自分たちが幸せだと伝えているような、そんな優しい高い声。
「あの二人、きっと幸せに暮らしてますね」
「そうですね。二人が幸せならそれが一番ですから」
二人の女性が山頂を見上げて微笑みながら話をしていた。
たとえ人間として同じ時間を共有できなくても、こうして二人の命を感じられる。
自分たちの子供が愛する人と共に生きることは、何よりの親孝行だと笑顔で言い合える。
そんな毎日は、時々ふと寂しさを感じる瞬間もあるけれど、涙は溢れてこない。
今日も巨大な杉の木は山の主と共に山を守り、そこに命を注いでいる。
その近くには、必ず二頭の山犬がいて、身を寄せあって生きている。
――もう離れない――
お互いの想いはずっと変わらず、そこにある。
Fin.
全部で9500ちょっとくらいですかね。
文字のカウント、正直わからない。
ここに直接書かないので、別で書いたのを張り付けてます。
そこから微調整。
1万字はいってなかったので、大丈夫だと思います。
今回も、楽しく執筆できました~
ありがとうございました。
8月末には、母の退院も決まっています。
病院がMAXで3ヶ月しか入院できないようなので。
必然的に、強制退院になってしまう。
うまいことやっていければいいな。
それでは、なみさま、回収のほど、よろしくお願いします。
