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幸福の囲い地をめぐる三つ巴

2025年06月26日 52日目
ジョン・クレアが嘆いたように、囲い地運動で牧草は柵に囲われ、村人の遊び場は〈私益〉へ姿を変えた。
少し前に生まれたジェレミー・ベンサムは「最大多数の最大幸福」を唱えたが、柵の外に取り残された少数の涙まで勘定に入れたわけではない。

ゲーム理論が示す〈共有地の悲劇〉は冷や水を浴びせる――誰もが自分の牛を増やせば草は刈り尽くされ、結局みな飢える。


いま東京23区の平均家賃が三十年ぶりに跳ね上がり、ワンルームにまで投資家の札束が貼りつく。

同じ朝、厚労省は精神障害を理由とする労災認定が過去最多1,304件と公表した。オフィスの共有地は〈見えないミンチ〉と化し、心のバッファを囲う柵はとうに崩れている。

さらに地球規模の囲い地――大気。世界のエネルギー由来CO₂は四年連続で最高を更新し、青空の値札は簿外負債として膨張する。


都市、職場、惑星。
三つのコモンズが同時に悲鳴を上げる図は、「私有化の物語をどう語るか」と「共有地をどう再設計するか」の二項対立を突きつけてくる。
だが本当に二項対立だろうか。杭を抜き替える実験は、すでに静かに走り始めている。

たとえば積水ハウスの「五本の樹」計画。2001年から20年間で1,700万本を超える在来樹を植え、入居者を“街路樹の株主”に仕立てた。
マイクロソフトの Viva Insights は Teams や Outlook のログを匿名で集計し、部署ごとの〈会議過多率〉を週次スコア化。
マネージャーは“心理的カーボンクレジット”の欠損を数字で可視化し、改善投資を競う。
さらにスコットランドのブリュードッグは「ロストフォレスト」で9,308エーカーの荒地を買い取り、1パイントごとにネイティブツリーを植える仕組みを缶の側面に刻んだ。

消費・労働・嗜好がそれぞれ樹木・心理クレジット・森林へ姿を変え、私益と公益の境界線を揺さぶる。
“自分の経済活動が社会善にレバレッジされるなら、そちらを選ぶ”――行動経済学が示すプロソーシャル選好。

マーケターは自社の売上だけではなく、同時に社会善もとりに行くという傲慢な戦略設計を求められる時代に来ているように思う。


功利主義の足し算は「柵の外」の孤独に鈍感だ。
そこで僕は再帰――消費が共有地を補修し、補修された共有地が再び消費を潤す循環を設計したい。

家賃という私益が街路樹へ回帰し、勤怠データが共感へ回帰し、泡立つビールが森林へ回帰する回路。
ブランドの次の仕事は、ベンサムの合計式をハーディンの悲劇から救い出し、詩人の視線で書き換えることかもしれない。


ジョン・クレアは柵を越えられず詩を失った。
けれど二一世紀の僕らには、アプリとダッシュボードという〈透かし彫りの杭〉がある。

家計簿や業務ログ、晩酌の栓抜き――その一動作が誰かの共有地を補修している未来図を、ほんの少し想像してみたい。
次のクリックが打ち込む杭は、囲いか、それとも橋か。答えはまだ、空欄のまま残しておく。


出典:
・東京23区の家賃、30年ぶりの急騰(The Japan Times)/2025年06月26日
・精神障害による労災認定、過去最多1304件(朝日新聞)/2025年06月26日
・世界のエネルギー由来CO₂、4年連続で過去最高(ロイター)/2025年06月25日

補足資料
・「五本の樹」計画20年で1,700万本(積水ハウス プレスリリース)/2021年11月26日
・Microsoft Work Trend Index:会議時間252%増(Microsoft, 2025)
・BrewDog「Lost Forest」9,308エーカー/111万本植樹計画(BrewDog Planet サイト, 2025)

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