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翻訳のコスト

2026年4月5日 335日目
翻訳された小説を読んで、その作家が好きになることがある。

でも冷静に考えると、自分が好きなのは「翻訳者の文体」なのかもしれない。
村上春樹の英訳を読んだ外国人が「村上春樹が好き」と言うとき、その「好き」はジェイ・ルービンへの「好き」を経由している。
訳者が変われば、小説の手触りは変わる。
でもほとんどの読者は、それに気づかないまま最後のページをめくる。
作家にとっては、複雑な話かもしれない。

今日、三つの「翻訳の話」があった。


自転車の交通違反「青切符」制度の導入を受け、東京で交通ルール啓発イベントが行われた。
これまで自転車の軽微な違反は口頭注意で終わることが多かった。
青切符は、その「曖昧な注意」を「公式の記録」に翻訳する試みだ。
違反という行為が、紙一枚の言語に変換される。

焼き鳥チェーンがベトナムに進出した。
スタッフには日本での勤務経験者を採用したという。
日本式の調理法、日本式の接客——日本の焼き鳥文化を、ベトナムという文脈に翻訳する試みだ。
文化が国境を越えるとき、その文化は必ずローカルの言語に翻訳される。

ヒカキンが、本日正午に新商品を発表した。
1年以上をかけて開発した「日本の未来を変える」商品は、麦茶だった。
YouTubeという画面の中に存在していた信頼と影響力が、また「物体」という言語に翻訳された。
カップ麺「みそきん」に続く、2度目の翻訳だ。


ヴァルター・ベンヤミンが1923年に書いた「翻訳者の課題」でこう論じた。
翻訳とは、原語の意味をそのまま移すことではない。
原語の奥に潜む「純粋言語」——すべての言語が目指すが到達できない言語——に近似しようとする行為だ。
翻訳者は原語を壊しながら、原語よりも純粋なものに近づこうとする。
翻訳には必ずコストがある。
しかし、そのコストを払わなければ、言葉は別の文脈には届かない。
ベンヤミンはボードレールの詩集の序文でこれを書いた。
麦茶のことは、考えていなかっただろうが。

マーケターは「グローカライズ」と呼ぶ。
グローバルの価値観をローカルの文脈に適応させる設計だ。
マクドナルドがインドで牛肉を使わないのは翻訳だ。
スターバックスが日本で抹茶ラテを出すのも翻訳だ。
翻訳の精度が高いブランドが市場に根付く。
翻訳に失敗したブランドは「外来種」のまま扱われ続ける。


ただし、翻訳のコストは単なる労力ではない。

青切符は違反を記録に翻訳するが、これまで機能していた「お互い様」という曖昧な合意を、同時に消す。
焼き鳥がベトナムに渡るとき、日本の居酒屋の「あの空気感」は翻訳できない。
ヒカキンの影響力が商品に翻訳されるとき、YouTubeという場で育まれた「ヒカキンらしさ」は物体に宿るのか。
翻訳するたびに、原語から遠ざかる。

何かを別の文脈に届けようとするとき、翻訳コストを誰かが払っている。
届けることの価値と、失われるものの価値を、両方抱えたまま決断する——それが翻訳者の仕事だと、ベンヤミンは言っていた。
青切符を設計した人も、ベトナムに進出した焼き鳥チェーンも、1年間商品を開発したヒカキンも、それぞれのやり方で同じコストを払っている。
翻訳することをやめれば、コストはゼロだ。
しかし、届かない。


翻訳された小説を、また読む。

今日も好きになった。
誰のことかは、わからないまま。


出典:
・自転車の交通違反「青切符」導入受け 交通ルールイベント東京(NHK)/2026年4月5日
・スタッフは日本での勤務経験者 焼き鳥チェーンベトナムに進出(NHK)/2026年4月5日
・ヒカキン、麦茶飲料「ONICHA」をセブンイレブンで発売と発表(オリコンニュース)/2026年4月5日

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