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亀裂のある国

2026年6月25日 416日目
スマホに保護フィルムを貼るとき、僕はいつも気泡を一つ残してしまう。

専用のキットを買った。
埃除去テープ、クリーナーシート、気泡を押し出すためのヘラ。
説明書には「ゆっくり、角から、慎重に」と書いてある。
そのとおりにやる。
丁寧に、慎重に、ゆっくりと貼り進める。
そして必ず端の一か所、小さな球体の空気が閉じ込められる。
押せば移動する。端に追い込もうとすれば逃げる。
気泡には意志がある、とふと思った。
完璧に守ったはずの画面の下で、見えないものが残り続ける。

守ろうとする行為の中に、すでに亀裂の種が宿っていた。
2026年6月25日、三本のニュースが並んだ。


青森県で震度6強の地震が発生し、東北新幹線が一時見合わせとなった。
岩手県沖を震源とするM7.2の揺れ。
建物の耐震基準は年々厳しくなっているはずで、それでも大地は揺れた。
「もう大丈夫なはず」という言葉の直後に、いつも地震は来る。

自衛隊の機密情報システムに中国系コンピューターウイルスが1年以上にわたり潜伏していたことが発覚した。
侵入経路はUSBデバイス一本だという。
精緻なセキュリティシステムの内側に、小さな入り口が開いていた。
そして1年間、誰も気がつかなかったらしかった。

ホンダ・日産・三菱自動車の3社が、中核部品を共通化することで合意した。
競争力を守るために、競争をやめた。
日本の自動車産業が「競争する」という前提に、自ら亀裂を入れた一日。

三本の底を流れているのは、同じ言葉だ。
亀裂。


最初の二本は受動的だ。
地震は来た。
ウイルスは入った。
しかし三本目だけが能動的に割れにいった。

「守る」から「割る」へ。
自らの前提を壊せる組織だけが、次の亀裂をデザインできる。

チャールズ・ペローは『ノーマル・アクシデント』でこう言った。
複雑で密結合したシステムには、事故が本来的に組み込まれている、と。
スリーマイル島の事故を契機に書かれた研究だった。
守る仕組みが精緻になるほど、人間の目には見えない亀裂の数が増えた。
自衛隊が1年間気づかなかったのは怠慢ではない。
「守られているはずだ」という確信が、最大の盲点を作り出した。
知らないことを知らない。
その状態にあるとき、人は最も無防備だ。

老子は言う。
「堅強者死之徒、柔弱者生之徒」。
硬いものは死に向かい、柔らかいものは生に向かう。
木は嵐の中で揺れるから折れない。
折れるのは岩だ。
要するに、岩になってはいけないということだが、日本の組織はだいたい岩を目指している。


「安心・安全」を最強のブランドにしてきた日本の組織ほど、亀裂が走ったときの信頼の崩落は深い。
耐震、セキュリティ、競争優位。
これらはすべて「守る」ための仕組みだ。
しかし守る仕組みはシステムを複雑にし、複雑さが新しい見えない亀裂を生む。保護フィルムを貼り足すほど、気泡が増えていく。

陶器の世界に、金継ぎという技法がある。
割れた器を漆で接着し、継ぎ目に金粉を蒔く。
補修の跡がそのまま模様になる。割れる前より美しくなることがある。
3社の共通化は、ある意味での金継ぎかもしれない。
個の輪郭を金で縫い合わせることで、新しい形が生まれる。
「競争」という亀裂に、「生存」という金を流し込んだ。

自衛隊のUSBはすでに封鎖されたはずだ。
次の侵入経路は、今この瞬間もどこかで静かに開いている。
東北の断層は、また何十年かけて歪みを蓄積していく。
部品を共通化した隙間に、次の競争相手が入り込んでくる。


亀裂は終わらない。
だとすれば、問いの立て方を変えるしかない。
守ることに全力を注いできた国の問いは、そろそろ変わらなければならないのかもしれない。

亀裂をゼロにする国になるのか。
それとも、亀裂を持ったまま動き続けることを選ぶのか。

スマホに保護フィルムを貼るとき、気泡はいつも一つ、残る。


出典:
・青森県で震度6強の地震、東北新幹線が一時運転見合わせ(時事通信)/2026年6月25日
・自衛隊の機密システムに中国系ウイルスが1年以上潜伏(日本経済新聞)/2026年6月25日
・ホンダ・日産・三菱自が中核部品の共通化で合意(日本経済新聞)/2026年6月25日

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