台風で倒れた杉山が、1日2組のサウナの聖地になった理由7/9#403
熊本・阿蘇の南小国、
標高750mの山道を登っていくと、
けやきの森の中に小さなサウナ小屋が現れる。

黒川温泉から車でわずか10分。
名だたる温泉旅館がひしめくこの土地で、
1日2組しか受け入れないサウナに、
全国からサウナーが集まってくる。
サウナイキタイの「イキタイ」登録は約500件。
なぜ、78歳の米農家がつくった山のサウナに、
人はわざわざ来るのか。
■ 台風19号から始まった30年
1991年、台風19号が𠮷原ごんべえ村の
裏山を直撃し、鬱蒼とした杉林をなぎ倒した。
倒木の片付けの途中、山のてっぺんから
南を見ると、阿蘇山がくっきりと浮かんでいた。主の「ごんべえ」さんはこの景色に賭けた。「キャンプ場を作ろう」——奥さんは猛反対したという。

設計図はなし。ほうれん草のハウス栽培で得たお金をつぎ込み、農業機械で木を切り、道を作り、バンガローを建てた。1995年に開村。以来30年、山の原形を損なわないよう毎年少しずつ手を入れ続けてきた。
そして約5年前、東京で設計の仕事をしていた娘さんが帰郷して代表を継ぎ、森のサウナが生まれた。農家の手仕事に、設計者の視点が加わった瞬間だ。
■ 「1日2組」という設計


森のサウナの仕組みはシンプルだ。
3時間完全貸切、午前と午後の2部制。
つまり1日2組しか入れない。
料金は12,000円〜19,800円。
売っているのはサウナではない。
約2,500㎡のけやきの森を独占する「時間」だ。
だから体験の質は徹底している。
サウナ小屋は地元の小国杉。
ストーブは本場フィンランドMONDEX社製の薪ストーブ。水風呂は九重連山の伏流水をかけ流した五右衛門釜で、超軟水の天然水だ。
ディテールにも設計が効いている。
熱を逃がさない二重扉は、
2枚目が屈まないと通れない低さ。
天井は奥に向かって傾斜し、薪ストーブの熱が最上段に流れ込む。照明はなく、小窓の日差しと薪の火だけ。外気浴はインフィニティチェア3席、視界に人工物はほとんどない。

大型施設なら回転率を上げるところを、あえて絞る。この制約が「ここでしか、この日しか」という価値をつくる。
■ 何もない場所は、何でもある場所だった
ごんべえさんは言う。「ここはなーんもないけどな、自然がいっぱいある」。
黒川温泉の隣という立地で、
温泉と正面から戦わない。
米農家が30年育てた山と、倒れた杉山さえ資源に変える視点。それを「貸切の3時間」という商品に編集した設計の力。

阿蘇に行く機会があれば、ぜひ予約して足を運んでほしい。売れる場所の答えは、便利さの外側にあることを体感できるはずだ。
弱みは、編集すれば資産になる。
