楽器製作者が感じる楽器の美しさ
バイオリン製作の歴史を俯瞰すると、製作者たちは大きく
ルネサンス的比例を重視する系譜と、
音響的機能を追求するバロック的系譜に分かれていく。
アマティは明らかに前者
つまりルネサンス的な比例と調和の美学に基づく製作家であった。
一方、ストラディバリやガダニーニの時代はすでにバロックから産業革命へ向かう過渡期にあり、
楽器が音を追求する時代へと変化し始めていた。
有名な製作家たちは、より大きく、より力強い音を求めて試行錯誤を重ねた。
しかしそれは同時に、ルネサンス的比例感覚や哲学的な意味合いが薄れていった過程でもある。
アマティが「美しい」と感じられるのは、その形の中にルネサンス的思想の静けさと均衡が宿っているからだろう。
私が感じるベルゴンツィの美しさもまた、ストラディバリとガルネリの狭間で独自の個性を模索した結果、
再びルネサンス後期的な調和やギリシャ思想、ピタゴラスやプラトン的比例に回帰した可能性がある。
実際に製作してみると、モデルによって音の傾向が明確に現れる。
アマティやベルゴンツィには、明るく透き通り、他と溶け合うような音色がある。
ストラディバリやガルネリの音は、より強く、主張的だ。
これらの違いは、まさにルネサンス的思想とバロック的思想の差
すなわち「調和を尊ぶか」「力を求めるか」という時代精神の違いが、
楽器そのものに刻み込まれているのではないだろうか。
誰の楽器が優れているということではない。
ただかつての名器は、単なる道具ではなく、
「何を美しいと感じるか」その問いを私たちに投げかける芸術品であったと、言えるのではないだろうか。
