『任せる』という言葉を、私たちは雑に使いすぎている
「この資料、任せるね」
「この案件、任せたよ」
「もっと任せてほしい」
仕事をしていると、「任せる」という言葉をよく使います。
私自身も、何気なく口にしています。
でも最近、この言葉は少し便利すぎるのではないかと思うようになりました。
例えば、「考えて進めて」と伝えたとします。
しばらくして出てきたものを見て、任せた側は「もっと自分で考えてほしかった」と感じる。
一方、任された側は「言われた通りに進めました」と答える。
どちらも嘘をついているわけではありません。
それでも、話は噛み合いません。
「資料を作って」も同じです。
見た目を整えればよいのか。
構成まで考えてよいのか。
伝えるメッセージそのものを変えてよいのか。
「プロジェクトを進めて」と言われても、スケジュールを管理することなのか、関係者との調整まで含むのか、状況に応じて優先順位や進め方を変えてよいのかは分かりません。
同じ「任せる」でも、渡そうとしているものが違うのです。
私は、この違いを整理するために、「任せる」には二つの種類があると考えています。
一つは、仕事をお願いすること。
もう一つは、判断を預けることです。
法律上の厳密な用語とは異なりますが、この記事では、前者を「委託」、後者を「委任」と呼ぶことにします。
委託では、何を実現するか、どこを目指すかという大きな判断は任せる側が持ち、実行を相手に預けます。
委任では、目的や守るべき条件を共有したうえで、どのように実現するかという判断も相手に預けます。
現場で「任せる」と言う場面の多くは、おそらく委託です。
資料を作ってもらう。
議事録を書いてもらう。
調査をしてもらう。
決められた方針に沿ってプロジェクトを進めてもらう。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、組織で仕事を進めるためには欠かせません。
仕事を覚えるときも、多くの場合は委託から始まります。
問題は、委託のまま止まってしまうことです。
委託される仕事が増えていくと、その人は仕事ができるようになります。
仕事が速い。
品質も高い。
上司が何を求めているかを理解し、言われる前に先回りして動ける。
周囲からの信頼も厚く、チームの中核として発言力も持つようになる。
「あの人がいれば安心だ」と思われる、ナンバー2のような存在です。
上司にとっては、非常に頼りになります。
だから重要な仕事が集まります。
本人も「自分は信頼され、仕事を任されている」と感じます。
周囲からも、次のマネージャー候補に見えるかもしれません。
けれど、そこで一度立ち止まる必要があります。
その人は、仕事だけではなく、判断も任されてきたのでしょうか。
上司の考えを先回りできることと、自分で判断できることは、同じではありません。
上司ならどう考えるかを正確に読み取り、その意図を実現する能力は、組織にとって大きな価値があります。
ただ、それはあくまで、上司が持っている判断を高い精度で実行している状態かもしれません。
何を優先するか。
どのリスクを引き受けるか。
誰の意見を採用し、誰に納得してもらうか。
短期的な成果と、将来の育成のどちらを取るか。
そうした判断を上司が持ち続けているなら、その人はたくさんの仕事を任されていても、次の役割に必要な経験を十分に得ているとは限りません。
悪い言い方をすれば、委託だけを増やして育つのは、マネージャーにとって使い勝手の良い部下です。
任せれば期待通りに動いてくれる。
上司の負担を減らし、チームの成果にも貢献してくれる。
だからこそ、マネージャーは手放したくありません。
そして本人も、評価され、信頼され、重要な仕事を任されているため、自分の成長が止まっていることに気づきにくい。
お互いに満足しているように見えます。
しかしマネージャーは、自分がいなければ判断できない組織をつくり続けることになります。
本人は、次の役割に必要な判断を経験しないまま、現在の役割で欠かせない存在になっていきます。
これは、お互いを少しずつ不幸にする関係なのかもしれません。
委託は、目の前の成果を得るために有効です。
一方、委任は、将来その人が自分で判断できるようになるために必要です。
だから、人を育てるために大切なのは、委託をやめることではありません。
委託から委任へ移る機会を、意識してつくることです。
仕事の量や難易度を増やすだけではなく、少しずつ判断を預けていく。
もちろん、最初からすべてを任せる必要はありません。
判断を任せれば、時間もかかります。
失敗することもあります。
マネージャーが自分で決めた方が、速くて確実な場面も多いでしょう。
それでも、自分で決めた方が早いという理由で判断を持ち続ければ、来年も再来年も、同じ人が判断し続けることになります。
人は、仕事をたくさん任されるだけでは、次の役割に必要な経験を積めません。
判断を任されて初めて、自分で考え、その結果を引き受ける経験が始まります。
私はこれからも、「任せる」という言葉を使うと思います。
ただ、その言葉を口にする前に、しっかりと考えたい。
今、私が渡そうとしているのは、仕事なのか。
それとも、判断なのか。
「任せる」という便利な一言の中身を、少しだけ具体的にする。
それだけで、仕事の進め方も、人の育て方も、静かに変わり始めるのだと思います。
