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かつて下駄をプレゼントされたことがあります

これは2017年の日記です。

2ヶ月ほど前、
ある方と会う機会があって、
その時にその方から、
僕のひいおばあちゃんの話を聞いた。

ひいおばあちゃんというのは、
僕の母親の祖母にあたる人らしいのだが、
僕はこのひいおばあちゃんはもちろん、
母親の父、つまり、
僕のおじいちゃんに当たる人とも会ったことはない。

僕が生まれるより前に
どちらも亡くなっていたからである。

かろうじておじいちゃんの顔は、
遺影を見たことがあるので知っていたが、
ひいおばあちゃんは写真さえ見たことがない。

その方はなぜか、
このひいおばあちゃんと会話できるらしく、
僕が前の奥さんと離婚したのも、
今の奥さんと再婚したのも、
ひいおばあちゃんの気持ちが
大きく関係しているとのお話であった。

この話について詳しく書くと、
前の奥さんのことを批判したり、
今の奥さんのことを
ほめたりしなければならなくなるので、
その話は省略させていただくが、
今日、約2ヶ月ぶりにその方と会い、
その話についてまた詳しく聞いた。

なんでもその方は、
ひいおばあちゃんの影響を受けているのか、
僕にとても好感を持っており、
今日、再会するにあたって、
僕に下駄をプレゼントしたくなったという。

そもそも下駄というのが
おかしいと思いませんか?
もちろん普段から
僕が下駄を履いているわけではありません。

ひいおばあちゃんは明治時代の人、
生まれたのは江戸時代だと思われます。
そして僕の母の実家、
つまりひいおばあちゃんの家は、
金沢で和服の仕立て屋をしていました。
それならば下駄というのも少しわかります。

そしてその方がはきもの屋で下駄を見つけたところ、
その下駄には地面と接触する部分に
すべり止めのゴムが貼ってあったらしく、
その方は「こんな下駄では駄目だ、
裏側も木でできている下駄でなければ」と思ったそうです。

それでちょっとその話がリアルに感じられました。

ちなみにその後、もう少し詳しい情報がわかり、
ひいおばあちゃんは富山の寒村で、
醤油の醸造業をしていた山崎という家の人で、
45歳で僕のおじいちゃんの松太郎さんを産んで、
松太郎さんは金沢の越村家に養子にもらわれて、
日本橋の三越で丁稚奉公をして呉服の仕立て屋になったそうです。


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