金沢で発覚した衝撃の事実
この文章は2021年にFacebookに投稿したものです。
先日、実家のあった金沢に行って先祖代々の墓に参ったのですが、
僕が数年前から聞いていた、僕のひいおばあちゃんという人は、
富山の人で、金沢のおじいちゃんは、
富山から金沢に養子にもらわれて行った人で、という話だったのですが、
今回従兄弟(女性)に詳しい話を聞いて、そのあたりの真相がわかりました。
ちょっとややこしい話だったのですが、少しおつきあいください。
まず、僕の金沢の実家というのは、越村(こしむら)という家で、
おじいちゃんは越村松太郎、おばあちゃんは越村みさをという名前でした。
松太郎さんは母が独身の頃に亡くなっているので、
僕は松太郎さんのことは写真でしか知りません。
みさをばあちゃんは僕が高校生くらいまで生きていたので、
みさをばあちゃんの記憶はあります。
そして松太郎さんは富山で醤油の醸造業をやっていた、
山崎という家から越村家に、
養子としてもらわれて来たという話だったので、
越村の親夫婦とは血のつながりはないんだと僕は思っていました。
ところが今回従兄弟(女性)から聞いた話は、
僕の想像を遥かに超えていました。
松太郎さんを養子に迎えた、越村のお母さん(養母)というのは、
なんと、歳の離れた、松太郎さんの姉だったのだそうです。
富山の山崎家から、金沢の越村家へ嫁いできた、
松太郎さんの姉(名前不詳)が、松太郎さんを越村の養子として、
迎え入れたのだそうです。それが今回知った衝撃の新事実です。
そして富山の実家のお墓から、富山の先祖の方々のお墓も、
金沢のお墓の横に移していたそうで、結局金沢のピカピカの
ステンレスのお墓の横に、富山のひいおばあちゃんのお墓も
あったようなんです。
改めて金沢のお墓の写真を載せますが、ステンレスのお墓の横にある、
お地蔵さんが掘ってある、朽ちたようなお墓が、
多分富山のご先祖さまのお墓だろうという話でした。
それで僕はあえてそのお墓に、青い花を供えたのです。
なんかひいおばあちゃんは、そんなハイカラな感じが、
好きなんじゃないかと、なんとなく思ったのです。
これも一種のチャネリングでしょうか?
そうやって僕は、
ひいおばあちゃんの墓参りという、
大役を無事成し遂げたのでした。
後日この話には色々な間違った解釈があったと知ったのですが、
その話はまた改めて書かせていただきます。

