「モデル」と「被写体」
2つの呼称とその違いは?
数年前、千駄木のギャラリー幻で開催されたアーティスト親睦会(交流会や意見交換会を兼ねた飲み会)で、他分野の作家さんと話していた時、「モデル」と「被写体」の違いについて聞かれたことがありました。
うろ覚えですが、「『モデル』は職業名として流通している用語であるが、別分野の自分は『被写体』という言葉にはあまり馴染みがない。活動を通じてどちらの用語にも造詣が深くなるカメラマン側は両者の差異をどのように考え、使い分けているか」というような質問だったと思います。

〈被写体〉: SILVIA
鈴木はポートレートを撮り始めた当初からtwitterを活動拠点に据えており、撮影対象となる人物は〈大抵の場合〉「被写体」と称しています。活動当初も「モデル」と「被写体」のどちらを採用するか悩んだこともありましたが、写真論(実技書ではなく、批評研究)を読むと、「被写体」という言葉が人物に対しても用いられることが多いので、そちらを採用しています。
結論から言ってしまえば、業種名ではなく呼称としての「モデル」と「被写体」は相互置換可能な言葉なのですが、後者は少々複雑かつ独特なニュアンスを帯びた言葉として、今日において流通しているように思います。
謙遜的な自称や下位概念としての「被写体」
最近は少なくなってきたのですが、鈴木が活動を開始した2014年頃は、「モデル」より下位に属するもの、サブカルに属するものとして、「被写体」という呼称や、「被写体」としてポートレートを撮ってもらうことを揶揄するような言説が、twitter上で散見されていました。
twitterにおいて、「被写体」という言葉がポートレートと共に広まった時期は定かではありませんが、少なくとも鈴木がカメラを手にし、ポートレートへと転向した2013年秋~2014年初頭は、今ほどの規模ではありませんが、ぽつりぽつりと、そういった言葉が多くみられ、セーラー服、ガスマスク、狐面、神社、彼岸花、緊縛あたりを組み合わせたポートレートを数多く見てきた記憶があります。

「被写体」という言葉が、SNSを中心として広がりをみせるポートレート文化圏に定着したのか、ここ最近ではその言葉に特別な価値付けがなされたり、「被写体」という呼称にアマチュアリズムとは異なる意味性を付与したり、アイデンティティの拠り所にするようなツイートが、特に若年を中心にみられています。
音楽におけるインディーズという呼称が、プロ未満、メジャーへの準備段階という下位概念から、独特な意味を帯びる文化圏を形成した例や、地下アイドルという呼称に肯定的な意味を再定義した姫野たま(『職業としての地下アイドル』, 2017, 朝日新聞出版)なども、類似例と言えるかもしれません。
用語の使い分けと機能性
冒頭で、鈴木は2つの用語を使い分けると書きました。twitterでは概ね「被写体」という言葉を採用しています。その理由として、自身のツイートや撮影した人物のポートレートが、ツイートの検索やハッシュタグで、「被写体」という言葉を日常的に使用するクラスタ(古い用語かもですが)の目に触れる可能性を高める狙いがあります。
より簡潔にいえば、SNSを中心にポートレートを発信している層には「モデル」よりも「被写体」という言葉のほうが、馴染みがあり、親しみのあるものであるがゆえに、「被写体」という呼称を採用しています。
「モデル」という総体的な言葉では、「サロンモデル」「読者モデル」「フリーモデル」等、色んなカテゴリーのツイートを拾ってしまうので、「被写体」という独自の文化圏で流通する言葉を選べば、情報を拾いやすく、表示・発見されやすいでしょう。それはカメラマンのみならず、カメラの前に立つ人物も同様で、「フリーモデル」よりも「フリーの被写体」といった肩書きのほうが、情報発信・発見が有利になるだけでなく、馴染みのある言葉なので、撮影依頼を行うカメラマン側に対する敷居を下げやすいという効果もあるかもしれません。もちろんそれとは関係なく、「被写体」という用語の持つ独自の価値観を踏まえて、「フリーの被写体」と標榜する人も多いでしょう。

<モデル>: 夢咲咲子
カメラの前に立つ人物自身も「モデル」という言葉にはおこがましいという謙遜的な意識も数多くあったと思いますが、そもそも「モデル」も総称としては「被写体」であり、どのような状況や、文脈において、誰に対して伝えようとするかで、相互置換可能な2つの言葉を使い分ける場合もあります。
鈴木の場合、「被写体」という言葉に馴染みのない層に対しての情報発信においては、一般的な呼称として流通する「モデル」という言葉を使い、展示用のキャプションでも「Model」という表記を採用するほか、ポートレート文化圏を全く知らない一般来場者の方とお話しする際や、私生活で写真関連の話をする際も「被写体」ではなく、「モデル」という呼称を意識的に使っています。
▼キャプション例
2019年4月にギャラリー幻で開催された「花と毒展2019」の展示作のキャプションから一例を。キャプションの各種表記については、また別の機会に記しますが、なんらかの戦略的な意図がない限りは「被写体」という表記を使うことはなく「Model」という表記を採用しています。ほぼ、習慣的に。


<被写体>: Ryume
<モデル>: せとらえと
<被写体モデル>:鈴木真吾(中の人)
これは余談なのですが、「撮影会モデル」、「ポートレートモデル」や、そして「被写体モデル」等々、「○○モデル」というように、「モデル」という言葉はなにやら連字符をつけやすい言葉で、「被写体」という言葉をも連字符として従えてしまうのがまた面白くもあり。
さらに考えてみると、職業として「モデル」を標榜する地合い、その言葉が指す範囲があまりにも膨大かつ漠然としているため、自分はどのような領域の「モデル」であるかということを連字符を用いて分節化し、他者に説明する必要があるのでしょう。ではないでしょうか。
ところでみなさんは、呼称について、どのような言葉を使い分けていますか? 無意識に使っている自称・他称を含んだ呼称をどのような意図・戦略に基づいて選んでいますか?
