数100億円で済む?選択的夫婦別姓、システム改修について元SE視点で整理する
最終更新:2026/03/01
本記事は
選択的夫婦別姓の是非を問うものではなく
議論の前提となる情報として
行政事務・システム改修の整理を
目的としています。

理由を丁寧に説明します。
夫婦別姓のコストはどのくらい?
私は選択的夫婦別姓の理念はいいかもと思ったり、
でも運用するのは大変かもと思ったりしている、
推進も反対もしていない、ひとりの人間である。
選択的夫婦別姓のコスト。
税金ってどのくらい使われるの?
調べてもなんかピンと来ない。
・それほどコストがかからない説(それほどがいくらなのか不明だが)
・1,351億円と年間226億円のランニングコスト説(Google検索したらまずAIが教えてくれるコスト)
元々、政府系の某組織で
システムエンジニア(SE)をしていた私の感覚であるが、
まず国+47都道府県+1718市町村、
これら全てのシステムを書き換えるのだから、
100億とかでは済まないのではないか…。

そんな気がしたので、ちょっと調べてみた。
先に結論を言う。
選択的夫婦別姓の実現には
マイナンバー制度と同等か、
それ以上の兆円単位の
改修コストになる可能性が高い。
少なくとも100億円では到底足りない。
ちなみにマイナンバー制度は制度設計から9年間で8800億円かかっている(2021年3月時点、菅首相答弁)。
この金額にはシステム改修だけではなくマイナポイント、マイナカード交付など諸費用も含まれるが、
基幹システムの大規模改修が兆円規模にふくらむことを示す前例にはなる。
マイナンバー改修費用、8,800億円の出典
費用対効果が悪すぎるマイナンバー制度事業…国は検証不十分
東京新聞(2022/2/13)
マイナンバーの時代より
さらにコスト増となる理由は後述する。
マイナンバー制度と同等かそれ以上の大規模改修になるが、
実は「国+全自治体の基幹システムを同時に改修する」という前例はほとんど存在しない。
だからこそコストの正確な試算は困難だが、
兆円級になる可能性は排除できないのである。
以下、理由をつらつらと書く。
まず国が改修する
(法務省:戸籍システム)
選択的夫婦別姓が可決されて、
色々制度の詳細が決まったとする。
さて、まずは法務省の戸籍システムの改修だ。
各自治体の戸籍システムは法務省が
標準システムで縛っている。
この法務省の戸籍システムは70年代から動いてきたのだが、
COBOL(コボル)という言語で書かれている。
COBOLは60年以上前に誕生したプログラミング言語でありながら、今日も行政や金融、企業の事務処理を支えている現役の言語です。
このCOBOL、技術者の退職と高齢化でとにかく扱える人が極端に不足している。
身につけても新しいものを創造するという仕事は皆無なので、
若い人も進んで学ぼうとはしない。
2026年1月、人気プログラミング言語の上位は
Python、C、C++、Javaなどであり、
COBOLは21位に沈んでいる。

(一方で、COBOLの人気が伸びているという記事もあるので、置いておきます。)
最も使っている言語は「Python」が2連覇、急上昇したのは「COBOL」
日経クロステック(2024/11/18)
COBOL技術者が不足している問題については、
COBOL2025年問題、2025年の崖、で検索してほしい。
参考
株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト
経済産業省の「2025年の崖」について分かりやすく解説
マイナンバー改修はギリギリ間に合ったのである。
今はCOBOL技術者の労務費だけでどれほどかかるか、
全く想像もつかない。
そしてこの戸籍システムは「夫婦は必ず同姓」という制約がハードコード的に組み込まれている。
夫婦が別姓だとエラーがでる仕組みなので、
戸籍システムの前提をひっくり返す必要があるのだ。
これは一人一人にマイナンバーを「追加」していったのとは次元が違う話である。
マイナンバーや戸籍にフリガナをつける改修が
家にバルコニーをつけるリフォームだとしたら、
夫婦別姓システムは間取りや配管を根っこからやり直す大改修である。
しかも道具は昭和の工具(COBOL)。
この「追加」と「根っこから崩すこと」の違い、
ちゃんと覚えておいてほしい。

もちろん、戸籍システムの改修が終われば
ふぅ、一件落着…なんてことは全くない。
法務省の戸籍システムの改修のみで
コスト算出してはいけない。
次は地方自治体のシステム改修だ。
国の大改修のあと、地方が動く
さて、標準システムがようやく改修された。
47都道府県と1718市町村の打席である。
戸籍というものは1718市町村それぞれのシステムで管理しているのだが、
そのシステムを設計したベンダー(富士通、NEC、日立、NTTデータなど)はバラバラである。
これを全市町村が一斉に改修しなくてはならない。
全市町村それぞれ、テスト祭である。
住民基本台帳システムの改修をする。
そして、全市町村が抱える税務、生活保護、
保険証、児童手当、そして選挙人名簿…
など全てのシステム改修も必要である。
エラーで結婚してるはずの人が独身だった、
生きている人が死んでいた、その逆、
間違って生活保護が支給されなかった、
金額が違った、
そんなミスは一切許されない。
そんなことがあれば即全国報道である。
COBOLシステムの改修で国が汗をかいたなら、
今度は1718市町村。システムもバラバラ。
数の暴力である。
システムエンジニアは足りていない。
SE不足で検索してほしい。
まだ生成AIはSE不足を補完できるレベルには
達していない。
2030年までのIT人材の不足数を推計すると、労働集約業態となっている日本のIT人材の低生産性を前提とすれば、将来的に40~80万人の規模で不足が生じる懸念があることも試算された。
参考資料(IT人材育成の状況などについて)
ここまでの話で、
夫婦が別姓になるだけで何を大袈裟な…
と思った人がいるかもしれない。
違う。大問題なのである。
図書館を思い出してほしい。
今までは佐藤花子さんという本は
佐藤という本棚(戸籍)を探せば
見つけることができた。
これからは佐藤という棚に
吉田や斉藤が入ることになる。
システムというのはえてしてこういうところから
エラーが起こり、
とんでもないミスが起こるのである。
だから何度も、
途方もない回数のテストが必要なのだ。

司書さん(システム)も特に困らない。

司書さん(システム)は大パニック!
図書館を例えに出したが
冗談抜きで
自治体間のデータ連携基盤というやつは、
この「同じ名字」という大前提で
ガチガチに組まれている…。
そしてまた国に戻して改修
(総務省、厚労省、国税庁など)
全市町村の住民基本台帳システムが完了したら、
また国に戻ってシステム改修である。
総務省のマイナンバー、厚労省の年金・保険、国税庁の税務など。
完全な縦割りである。1つのシステムを改修すれば全部直るものではない。
2007年の消えた年金問題を覚えているだろうか。
持ち主不明の年金記録が約5,095万件あった。
(出典:日本年金機構 2024年2月15日)
このシステム改修は市町村と同じくミスが絶対に許されない。
障害が出たなどといったら日本が麻痺する。

参考:年金記録問題とは?(日本年金機構)
これら一連の作業は並行して行われる
国の年金、保険、税務、市町村の事務は1日たりとも止めることができないので、
これらは旧システムを動かしながら全く新しいシステムを並行してつくる必要がある。
そう、旧システムと新システムの両方に金と人を突っ込む必要があるのだ。
番号を追加するだけのマイナンバーでもこの作業は行われており、かなりの難産だったようである。
戸籍のふりがな記載やマイナンバーがエクセルの列追加だとしたら、
夫婦別姓は戸籍というマクロの大改修。
これがなかなか理解してもらえない。
先ほども似たようなことを書いたが、
列追加(マイナンバー、戸籍のフリガナ)
とマクロ改修(戸籍に2つの姓)は違う。
国、市町村が一丸となってシステム改修に取り組み、
ミスが一切起こらないように矛盾なく、
旧システムから新システムに、
法施行とともに国や自治体が一気に移行させる。
そもそもそんなことが可能なのか?という世界である。

よくあるコストに関する疑問
・国のDX化に伴って一緒にやればいいのではないか
→戸籍内は全て同じ姓という土台を崩すのはそんなに簡単ではない。
ちょっとおまけに…程度の作業ではないのである。
国のDX化で大規模改修があるのなら、
それが終わってから夫婦別姓に対応しないと
現場がめちゃくちゃになる。
改修途中での仕様変更は地獄への道である。
ちなみに今は国に先立って市町村がシステム移行をしているが、
それも遅れていて、30年度末までかかる予定である。
自治体システム標準化の出典
共同通信(2025/9/30)
自治体36%間に合わず システム移行、25年度末
現場は今まさに
「ガバメントクラウド(国が主導する共通基盤)」
への移行で手一杯なんですよね…。
・現在でも国際結婚の人は夫婦別姓を実現できているではないか。
→国際結婚の際、外国人の配偶者に関することは
身分事項欄という戸籍のメモ欄のようなところに書かれるので、
同一戸籍の構成員の中で別姓になることはない。
詳しくは別のnoteに書きました。
戸籍の見本など、わかりやすいサイト
国際結婚をしたら、国籍・戸籍はどうなる?名字は変わるの?
ケッコンスタイルマガジン
・30年前から国や各自治体は来たる夫婦別姓に向けて対応済みなのではないか
→対応済みなどということはない。
Windows95が現役の時代の案や答弁を引用してはいけない。
当時とは絡み合うシステムの複雑さ(電子申請、マイナンバー連携、クラウド導入など)がまるで違う。
仮に当時、国や市町村のシステムに軽微な配慮があったとしても、
そんなエラーの温床は幾度とない更新でとっくに破棄されている可能性が極めて高い。
国のCOBOLが別姓戸籍に対応していない以上、
都道府県や市町村のシステムはとりあえず用意しとくか…
なんてことはできないのである。

今はもう…更新されて、存在しない可能性が高い
・夫婦同姓のままだと、キャリアが途絶えたり優秀な人材が流出したりして、さらにコストがかかる
→それはあるかもしれない。
しかしこのシステム改修はまず巨大な建造物を1からつくるような、
必ずかかるイニシャルコストなのである。
確かにその夫婦同姓であることの見えないコスト(改姓手続きの個人・民間企業の負担、人材流出等)は試算で何千億といわれている。
一方、システム改修の金は税金から「必ず」支出される見えるコストである。
そのインパクトは非常に大きい。
なので、私はコスト算定を試みている。
・夫婦同姓は維持するのにランニングコストが(見えないコストも含めて)かかる。早く全面的なシステム改修をすべき。
→残念ながら、システムを別姓にすることが成功してもその後の保守コスト(ランニングコスト)は毎年のように発生する。
なにしろ国も市町村も50年以上、夫婦同姓前提でシステムを回してきたのだ。何を触るとどんなバグが出るのかは完全には読めない。
それの管理・テストで毎年、ざっくりと数百億円といった具合である。
WindowsやiOSだってよくわからんアップデートでバグ潰してるでしょ?
あれが国家規模で続く感じ。

がんばってバグを潰しているんです!
・民主党政権のときに選択的夫婦別姓は国会で民法改正案提出の直前までいった。
そんなにコストがかかるというのか。
→そうです。
・全ての法改正にコストはかかるだろう。選択的夫婦別姓を吊し上げるな。
→確かに全ての法改正にコストはかかる。
例えば戸籍のフリガナ記載も213億円とか、
言われている。
だから選択的夫婦別姓に兆円単位の税金をかけていい、
という論理にはならない。
桁が違う。議論が必要である。
iPhone17Proは買ってくれたのに、
家は買ってくれない!と言うようなものだ。
同列にしてはいけない。桁が違う。
あと感覚が狂ってしまうが、
戸籍のフリガナ記載の213億円も、
冷静に考えるとかなりのコストである。
戸籍のフリガナ記載コストの出典
時事通信 2024/11/26(リンク切れ)
・コストの問題ではない。尊厳の問題である。
→日本には問題が山積している。他の人権問題と尊厳の問題はもちろん、災害対策・インフラ維持・貧困・国防などなど。
冷たい言い方になるが無尽蔵に選択的夫婦別姓に税金を注いでいい理由にはならない。コスト算出は必要である。
そのうえで、どの問題を優先的に解決するかを決めるべき。
もちろん兆円単位の税金を投入しても選択的夫婦別姓を導入すべきという国民合意があるなら何の問題もない。
・夫婦別姓が認められていないのは、国連から4度の是正勧告が出ている人権問題である。コストは関係ない。
→確かに出ている。
しかし、他にも是正勧告の出ている人権問題はある。
どれを優先するか、どれを是正するのが現実的かは、
議論する必要があるのではないだろうか。
あくまで国連から勧告されたものの一部であるが、
紹介する。
・死刑の廃止・一時執行停止
・メディアの自由と独立性の保障
・従軍慰安婦問題の補償
・知る権利の確保
・被疑者の勾留を最長48時間に
・警察の「代用監獄」廃止
・朝鮮学校の授業料無料化・平等な取り扱い
出典:オルタナ(2021/10/13)、
こんなにある、国連から勧告を受けた日本の人権問題

選択的夫婦別姓の他にも日本に勧告しています。
CEDAW委員会からだと、
・男系男子が皇位継承する皇室典範の改正
・同性婚の法的整備
も勧告されている。
(勧告に法的拘束力はない。)
・旧姓の使用拡大のシステム改修も費用がかかる。
→夫婦別姓と旧姓使用拡大のコストはよく比較されるのだが、
選択的夫婦別姓が施行された後も旧姓の使用拡大のニーズはある。
夫婦別姓にまではしたくないが旧姓は使いたい、
夫婦別姓を周りに認めてもらえなかったので、せめて旧姓を使いたい、など。
なので、夫婦別姓のコスト、
旧姓使用拡大のコストは二重にかかることになる。
比較するものではない。
これについては記事を書きました。
・そんなにかかる訳がない。デマを流すな。
→確かにひとりの意見を信用するのがいいはずはない。
知り合いにSEはいないだろうか。できれば公共システムに携わったベンダーの人、いなければ解像度はやや下がるが数年働いたSE、誰でもいい。
「国の基幹の【夫婦は必ず同姓】ってルールを変えるんだよね」って聞いてみてほしい。デスマーチだ…と青ざめる。
もし100億だの、AIが提示した1,351億だので済んだら私は謝罪するのでこの記事をブックマークしておいてほしい。
ここまで縷々書いてきた理由から、そんな額では済まないと私は確信している。
むすび
以上、わかりやすさを重視してかなり簡略的にかいた箇所もある。
無論、マイナンバーのように大規模プロジェクトをマネジメントするコスト、
新たなフローをつくる教育・研修コストなどもあることをお含みおきいただきたい。
繰り返しになるが、
私は選択的夫婦別姓に反対しているわけではない。
これから可決にあたって国が試算を公表するのだろうが、
システム改修のリアルを知らないと、
コストを甘く見積もる政治家や識者の言葉を真に受けてしまう。
そこが一番怖い。
東京五輪や大阪万博のコストがどう増えていったか、
ご存知ですよね?
参考1:日本経済新聞 2022/6/21
東京五輪の公費2倍に 総経費1.4兆円、問われる妥当性
参考2:朝日新聞 2023/10/20
万博建設費また増額、2350億円に 当初の1.9倍、国民負担重く

あとは読者が考えてほしい。
周りのシステム屋にも聞いてほしい。
ま、こんな話があることを頭の片隅にでも入れておいてもらえたら幸甚である。
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もし(特に官公庁のシステムに)詳しいエンジニアの方がいたら、
ぜひコメント欄で反論・補足をお願いします。
追記 2026/3/1
高市首相が「旧姓の単記」の
法改正を目指していますが、
これについては私は反対しています。
戸籍にない旧姓と、
運転免許証や住民票をどう結びつけるのか、
ちょっと想像がつきません。
あやのポータルサイト
各種SNS、アメブロなど、やってます。

SEの皆さんに敬意を込めて。
