こういう瞬間が、内観そして浄化の機会です
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感性の光で世界をそっと照らし
魂が自由にひらく旅へと寄り添う
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こんにちは、haRu*☽です。
もはや、内観と浄化が趣味なのでは、と言えるくらい、内側を見つめることが好き(変人でしょ?笑)。
普段、わたしが「そのモード」に入るきっかけのひとつを、今日は記事に書いてみたいと思います。
始まるのはいつも、シンプルなことから。
それは──
誰かに、物申したくなった時
です。
以下に最近の体験を。
◉「うわ、、この人こんなふうに考えてるの?? おかしいでしょ」
→批判したくなるのは、わたしの中の「正しさ」が反応している証。
そこを見つめ始めます。
◉「この人、なんで人の氣持ちが分からないのだろう・・」
→イラっとしたり、寂しい氣持ちになったら、それは、わたし自身がまだわたしの氣持ちに寄り添えていないことを教えてくれているだけ。
ひたすら自愛を深める機会として受け止めます。
外側の世界がわたしに見せてくれるさまざまな現象が起きてきて。
それを通して、感情が揺さぶられると、今までの反応パターンの名残として外側(その感情を感じさせられた相手)に対して何かを起こそうとしてしまうのだけれど、、
ここで、意識を向けるベクトルを逆方向にして、内観の時間へ。
内観して、自分の深いところを見つめていって、そこでずっと持ち続けていた信念が見つかったら、また見つめて。
もう、この信念は不要かなと思ったら、今までありがとうって感謝して(信念は自分をずっと守ってくれてきたからね🤍)、そして手放して。
そんな感じで心を浄化しています。
外側の世界は、わたしの意識が見せてくれている──
このことが本当にわかってくると、誰かを正そうとか、誰かを変えようなどしても意味がない、と分かるから、自分と向き合うようになります。
鏡に映った自分の顔を見て、顔にゴミが付いている時に、鏡の方をこすって取ろうとする人はいませんよね。
鏡の中は、外側の世界。
ほんとうにゴミがついているのは、こちら側。
「ほっぺたにゴミが付いてる」
そう氣付いたら、鏡にうつる方ではなく、自分自身の頬に手を伸ばすように、
「感情が揺れている」
と分かったら、外側の世界にその原因を見つけようとしたり、変えようとせず、自分の心の中を見つめてゆく。。
内観や浄化って、誰にも氣付かれない、とても地味なことを淡々とやってゆく時間ですね。
「それ、なんのためにやっているの?」
・・・そう思った方もいらっしゃるかもしれません。
わたしも、なぜやっているのか見失いかけていたんです。
なのに、エネルギーをかなり使う内観を続けていて、ある日、なんだか疲れてしまって。
「なんでわたし、こんなことやっているんだろう」
って、ポツンと立ち止まった時があったのですが、思わぬ展開で、「なぜ内観し、浄化することを続けているのか」の深い深い目的が明らかになって涙を流した体験は、こちらの記事に書いています。
目的を見失いかけていたわたしに、真の目的が照らされて号泣した事件。笑
「内観が趣味です」という方たちは、きっと誰もが、この目的を持って今回地球に生まれてきたのだと思います^^
わたしの周りには、心を探究し、内観している変人ばかりです。
変人、ばんざ〜い🤍
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
もしもあなたも内観大好き!なら、いつかお話ししましょうね。
haRu*☽
🤍響きのエッセイスト | haRu*☽
感性をひらき、音で癒し、言葉で還る──
“わたしらしく生きる”旅に寄り添うnote発信者
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