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神様の包装紙。【手神さまへの手紙⑬】

神様の包装紙

神様のギフトは
包装紙につつまれている。

だからね、
その包み紙をひらくまで
なかになにが入っているか
わたしたちにはわからないの。

「涙」という包装紙に
「笑顔」というギフトがつつまれていたり、
「孤独」という包装紙に
「愛情」がつつまれていたり。

ときには「自分が嫌い」という包装紙に
「自分が大好き」がくるまれていることもあって。

だから、ためらわずに手にとってみる。
大切なものは
大切にみえないもののなかに
大切に
大切に
つつまれているかもしれないから。

なりたいもの

わたしは扉になりたいの。
ご縁で行きあう人たちが、
「あれ?こんなところに扉がある」
出会ったわたしを
なぜだか扉と間違えて、
押し開く。
両手を添えて
押し開く。

押し開いた先に、
道がみえるといいな。
風が吹いているといいな。
その人が望んだとおりの世界が
ひろがっているといいな。

わたしは扉になりたいの。
ただ
扉になりたいの。

誰が開くかで
みえるもののかわる扉。
誰が通るかで
道の形のかわる扉。

そうして、
通り過ぎるその人を
そっと笑顔で見送って
手をふりたいなあと願う。

その旅路が
満ち足りているように。
心を込めて祈りながら。



神社を訪ねるのが好きです。
特に今年に入ってからは、ふと思い立つたびに、遠方まで足を延ばしてお参りさせてもらっているので、東北から関西まで40社から50社ほど、摂社まで合わせれば、ゆうに百を超える神社の神様とご縁を持たせていただきました。

そのうち20社ほどを参詣したころだったでしょうか、お参りのときに「扉」を感じるようになりました。
本殿に向かって手をあわせ、目を閉じ、心を込めて祝詞を唱えていると、ふいにわたしの内側に扉が現れ、そこからぱあっと明るい光が差し込むのです。

ああ、神様とつながれているなあ……と満たされた氣持ちになりますが、その扉はお参りを終えたあとも消えることなく、わたしのなかに残ります。
扉は閉じられ、光はみえなくなりますが、それを自分で押し開けば、いつでも神様とつながることができるのだと感じます。
いま、わたしのなかにはそういう扉が、ご縁を持った神様の数だけ存在しています。

さて、冒頭に、扉の詩と包装紙の詩。ふたつの詩をご紹介させていただきましたが、扉と包装紙って、形は違えど意外と似ているかもしれないなあと思います。
なにしろ開いてみるまで、なかがみえませんからね。

開いてみるまでわからないのは、わたしたちの毎日も同じかもしれません。
朝起きたときには、今日一日何が起こるかわからない。
それなら、もしかしたら生きるとは、自分の一日を開いていくことかもしれません。
自分に与えられた「朝」を開き、自分に与えられた「ひととき」を開き、自分に与えられた「その瞬間」を開く。
そんなふうに考えると、一瞬一瞬が、神様からのギフトであり、神様へ通じる扉であると思えます。
わたしたちは、その瞬間を開きながら生きている。

もちろん、「開いていく」と捉えなくても、時間は経過していきます。
だから、いちいちそんなふうに思う必要があるわけではありません。

でももし、「開く」という視点を持つことで、その日一日が、ちょっと大切に思えるなら。
新しい一日を、神様からのプレゼントだと感じたり、知らない世界への入り口だと想像することができるなら。

その一日は、まさに開くために、そこにあるのかもしれません。

「開く」

きっと毎日でなくてもいいですね。
ふっと氣持ちの向いた朝。
「今日という日を開いてみよう」
心のなかで唱えながら、まずは布団のなかでそっとまぶたを開いてみたら──いつもより少し新鮮な朝が、そこにひろがっているかもしれません。




それでは、マガジン「手神さまへの手紙」から。今回は4つの記事のご紹介です。

ぜひ、ぽちっと記事の扉を開いて、みなさんのお部屋、覗いてみてくださいね。


まずは、こちらの記事から。

にじさんの、「わたしと世界を手がつなぐ。」

わたしはこの記事を書くことで、何を開けるかな。
終わりも分からず、言葉を綴ってみようと思います。

こんなふうに始まる、にじさんの手に関する考察。
宣言したその通りに、にじさんが感じていることをそのまま書きだしながら整理していく文章になっています。
にじさんの頭の中を、「開いて」みせてもらったみたいで楽しかった!

手にまつわるにじさんの思いがいろいろと書かれていますが、手で「開く」ことについて記述された箇所を、少し抜き書きさせてもらいますね。

「手」は、何かを開くときに、最初に世界と触れるところでもあるのですね。

開こうと思うのは、頭とか意思かもしれないけれど、無意識に動いてしまってることもあるかもしれないけれど、何かものが動いて、開かれたとき。

それは、手が最初に触れて、
動かしている。

手って、わたし達の望みを目に見える形にしてくれているんだなと思いました。

手は、わたしたちの望みを、目にみえる形にしてくれる。
にじさんのその感覚。共感します!


続いての記事は、こちら。

風の歌のナウシカさんの、「笑う門には人集う」。

こちらの記事でナウシカさんは、「開く」ならぬ、「閃く」ことについて、書いてくださいました。

開くと閃く。
とってもよく似ていますよね。
音も「ひらく」「ひらめく」で似ていますし、「閃」の漢字は、わたしにとっては「天のゲートが開いて、そこからわたしたち人に向けてアイデアが降りてくる」状態を象ったもの。「開」の強力版のようなものですね!

ナウシカさんの「閃」に対する解釈も、とっても愛らしくて、とっても素敵。
一部引用します。イラスト付きの解説でしたので、そちらのイラストもお借りしますね!

『閃』

「ひらめく」って漢字で書くとこうなるよね。

門を外側から潜ろうとしたその瞬間、つまり人が門の下にいる、まさにその瞬間が漢字としてカタチになってる。

そしてよく見てよ!!この漢字自体が、人だとしたら、"ひらめく"ってまさに、両方の手のひらをパチンと叩いて、「これだ!」ってやってる人に見えないかい?

ほんと、かわいいですね!
毎日をこんな笑顔で過ごせたら。
毎日パチンと手をあわせ、閃きを大切に過ごせたら──。

輝く世界が目に浮かぶようなご投稿です。

記事では、「掌」という漢字についてのナウシカさんの持論も披露されています。
ぜひ、ご覧くださいね。


続いてこちらの記事です。

ayumi(あゆみ)さんの、「手は、守りたいと願っている」。

10代の頃から、強迫性障害と共に生きていらしたあゆみさん。
「嫌なイメージ」を洗い流すために、一日に何度も何度も、手を洗うことをやめられなかったといいます。
洗いすぎて手がぼろぼろになっても、痛みに悲鳴をあげながらも、洗うことをやめられない。

あるとき、その手が、自分の心を守ってくれていたのだと氣がつきます。
心を傷つけるかわりに、手が身代わりになって傷ついてくれていたのだと。
それであゆみさんは、ご自分の手に、こんなふうに話しかけるのです。

ひとりでがんばらなくてもいいんだよ。

ずっと、自分の心を守り続けてくれた手に対して、今度は自分が守ってあげる。心を開いて守ってあげる……と、大切な手に話しかけるように綴られる文章が印象的です。
以下、引用です。

ずうっと、無理させちゃったね。
でも、もう、いいんだよ。

あなたはこれから。

あなたを大事にしてくれる人と手を取り合い。
あなたの想いを伝えるために手を動かし。

出逢った人たちに寄り添い、手を添える。

(中略)

そして。

守ってもらおう。
助けてもらおう。

それでいいんだよって。
ゆるめて、開いてみよう。

(中略)

私の心で、守ってあげる。


最後にこちらのご投稿。

優谷美和さんの「手」。

日本語教師をされている美和さん。ベトナムからの学生さんの手をみて、目をそらすことができなくなります。
親指と人さし指の間に、短い6本目の指が、小刻みに揺れていたから。

ベトナム戦争時に使用された枯葉剤──その影響であることに、自ずと思いが及びます。
以下、美和さんの言葉です。

彼の手から目をそらすことも、
かと言って
見続けることもできない。
どうすればいいのか
いつもわからなかった。

(中略)

歴史の教科書やニュースで知ったことを日本語学校の現場で目の当たりにすることがあります。「国と地域」という言葉が含んでいる意味なども、学生の発する言葉や考えに触れることで、はっとなることがあります。

一方で、過去や現在の世界情勢に関係なく様々なバックグラウンドの国と地域の学生同士が交流をしているのを目にすることももちろんあります。
彼らが日本語を使って交流しているのを見ると、争いをやめて握手を交わせる世界になってほしいと切に願わずにはいられないです。

どうすればいいのかわからない理不尽に遭遇したとき、わたしたちは自分を無力だと感じます。
けれど、日本語学校で繰り返される日常のように、人と人とが心を開きあうことで、願える未来がある。
開かれた心の扉の向こうにみえる世界がある。

開く。
その小さな行為が、いつか世界をひとつにしていくことを──わたしはやはり信じずにはいられないのです。



「手神さまへの手紙」の企画にご参加くださったみなさまに、心からお礼を申し上げます。

お寄せいただいた記事を、毎回できるだけひとつのテーマに沿いながら、順次ご紹介しています。
遅筆ゆえ、ご紹介に時間がかかっておりますが、どの記事も大切に思いながら書いています。すべての記事のご紹介まで、しばしお時間をいただけましたら幸甚です。


みなさんの「#手」の記事を収録したマガジンです。↓↓↓

「てがみさま」について、最初に書いた記事はこちらです。↓↓↓

「#手」の募集記事はこちらです。↓↓↓

みなさまの「#手」の記事を紹介した、わたし自身の投稿「手神さまへの手紙」シリーズ。そちらをまとめて収録してあります。↓↓↓




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