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あがり症は『慣れ』でなく『脳神経内科』で救われた話

「また声が震えたらどうしよう」
「頭が真っ白になって、息が続かなくなったら……」

中学生の頃からずっと、私は人前に立つたびに、そんな不安に飲み込まれてきました。

本番の前日は眠れない。
当日の朝は、もう“普通の自分”じゃない。
頭の中はずっと、シミュレーションばかり。

そして失敗すると、決まってこう思ってしまうんです。

「もう、無理かもしれない…」
「なんで私は、こんな簡単なこともできないんだろう」

※この記事は、​根性論でも心の病気でもない。あがり症で傷だらけになった私が、「脳神経内科」で普通のスタートラインに立てるようになるまでの体験談です。


■ 「慣れれば治る」は、私には効かなかった


正直に言うと、「慣れれば治る」なんて嘘だと思っていました。

むしろ年齢を重ねるほど、苦手意識は強くなっていきました。

失敗するたびに、「またダメだった」という恐怖の記憶だけが積み重なっていく。

それでも私は、あきらめきれませんでした。
逃げないために、必死でした。

社会不安障害に関する本を読み漁り、
呼吸法やメンタルトレーニングを試しました。

話し方講座にも通って、自分の話す姿を録画して見返す訓練もしました。

休みの日は、一人でカラオケボックスにこもって、何度も何度も原稿を読む練習をしました。

できることは、全部やったつもりです。

でも、本番になると体は裏切るように反応してしまう。

努力と結果がまったく結びつかない感覚は、あまりにも残酷でした。

本当にしんどかったのは、本番そのものよりも、その前の時間です。

「来月、私の順番が回ってくる」

その一言だけで、生活のすべての色が変わってしまう。
楽しいはずの予定も、頭の片隅でずっと“失敗の想像”が流れている。

「カッコよく見せたい」なんて1ミリも思っていない。ただ、普通に終わりたいだけなのに。

■ 転機は、社長の思いつき


私のあがり症が、決定的な絶望に変わったのは、会社のちょっとしたルール変更でした。

話好きの社長が「みんなに話す場を」と思いついた、毎朝持ち回りの「3分間スピーチ」。

人前で話すことの少ない技術職をあえて選んで働いていた私にとって、それは突然降ってきた地獄でした。

そして迎えた、最初の本番。
準備は完璧でした。
話す内容も暗記した上で、手元に原稿を用意しました。

それでも、本番が始まった瞬間にすべてが崩れました。

体の奥から湧き上がってくるような震え。
息が浅くなり、声がうまく出ない。
汗が信じられないほど吹き出してくる。

あまりのイヤな記憶に、脳が今でも詳細を思い出せないほどの大失敗でした。

終わったあと、ぐっと堪えて、必死に普通を装って席に座り続けました。

優しい同僚が「昔は自分も苦手だったよ」とフォローしてくれたけれど、その優しさが身に染みて、情けなくて、泣きそうでした。

次回を想像して、本当に絶望しました。

「もう二度と、あんな苦しい思いをしたくない。自分をこれ以上、傷つけたくない」


■ そのとき、私は「戦い方」を変えた


2回目のスピーチが迫ったとき、私は極限状態の中で、ネットの海を彷徨いました。

そこで知ったのが、交感神経の興奮を抑えて、体の震えを物理的に止めるお薬(βブロッカー)の存在でした。

当時は2ちゃんねるの口コミを頼りに、個人輸入で手に入れる決断をしました。

精神科や心療内科に行っても、違うお薬を出されてガッカリすることがある、という書き込みを見たからです。

怪しいかもしれない。怖いかもしれない。

でもそのときの私にとっては、「まともに話せる可能性」がそれ以上に大事でした。

■ 初めての「普通のスタートライン」


2回目の、薬を服用してのスピーチの朝。

緊張はありました。
でも、あのお守りのような薬を飲んだ私の体に、前回のような“暴走する震え”は起きません。

手元に持った原稿を見ながら、自分の声で、最後まで読み切ることができる。

それだけのことなのに、世界が変わったように感じました。

「終わった……私、普通に話せた……」

席に戻ったときの感覚は、達成感というよりも、深い安堵でした。

そして同時に、
「もっと早く、知っていたらよかった。そうすれば、あんなに何年も、何十年も、中学生の頃から傷つく必要なんてなかったのに」という気持ちが込み上げてきました。

私は“完璧に話せるプレゼン名人”になりたかったわけじゃない。

ただ、
・声が途切れない
・途中で止まらない
・最後まで終えられる

そのレベルの「一回の成功体験」が欲しかっただけだったんです。

薬は、私にとって「転ばないための補助輪」でした。

一度「できた」という安心感を知ることで、心の中に初めて、崩れない土台ができました。

■ 「脳神経内科」という、もう一つの選択肢


その後、数年が経ち、規制によってそのお薬は個人輸入ができなくなりました。

困り果てた私は、必死に調べて、ホームページに「震え」について詳しく書かれている病院を見つけました。

住まいから少し離れた場所だったけれど、意を決してその「脳神経内科」のドアを叩いたのです。

あがり症で病院に行くなんて……
不安に思っていた私に、先生は本当に優しく言ってくれました。

「そんな悩みの方が、たくさん来てますよ。音楽家の人とかも、悩んでここに来ていますからね」

先生は、他の大きな病気が隠れていないかを丁寧に確認した上で、保険適用で「アロチノロール」という震えを抑えるお薬を処方してくれました。

あがり症というと、どうしても「心が弱いから精神科や心療内科に行く」「認知行動療法をする」という重いイメージが強いです。

でも、それではハードルが高すぎて、一人で抱え込んでしまう人も多いと思うのです。

高い自由診療(自費)のクリニックに行かなくても、ちゃんと「脳神経内科」で、保険適用の範囲で、体の震えという神経の症状としてお薬を処方してもらうルートがある。

これをもっと多くの人に知ってほしい、と心から思っています。

■ 最後に


今の私は、すべての場面でお薬を使っているわけではありません。

慣れている場ではできるだけ薬を使いません。何十人の前でスピーチするわけでなければ、薬なしでも乗り切れるようになりつつあります。

それでも、今も緊張はします。
だけど、あの頃のように「崩れてしまう怖さ」はありません。

必要な場面では、無理をせず助けを借りる。

それは逃げではなく、「戦い方を変えた」という感覚です。

人間には向き不向きもあります。
体質もあります。
気合いや根性だけでは、どうしても乗り越えられない壁だってある。

だからもし今、同じように苦しんでいる人がいるなら、「できない自分」を責めるところから始めなくてもいい。

戦い方は変えていいんです。

私と同じような辛さを抱える人に、少しでも生きやすくなるための「新しい扉」が見つかることを、心から願っています。

(※これは私個人の体験談です。お薬の効き目や相性には個人差がありますので、気になる方は医療機関へ相談してくださいね)

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