悪夢の一週間 ~夏のコロナ戦記2025~
皆さんこんにちは。ちゃそぴです。
久々のnoteがまさかこんなタイトルになるとは思いもしませんでしたね、はい(お前がここまでサボってきたせいだろ)。
この度人生初のコロナに感染したという事で簡単に(の割には5000文字突破したのですが)その戦いの記録をここに書き連ねていきたいと思います。
1日掛からずにまとめたので内容はかなり長文乱文が目立っておりますがお許しください。
プロローグ:寝不足から全てが始まった
症状が訪れたのは8/18(月)の夜のこと。
この日はフォロワーさん達と渋谷で飲みの約束をしていたので仕事が終わった後に移動。ハイボールの美味しいバーで飲むという事もあって体調を整えて行きたかったのですが、前日のストレスが原因の寝不足が祟って最悪のコンディション。今思えばこの時点でキャンセルしておけば良かった…と後悔もしています。
2杯目を平らげた辺りから体調が急変。普段はその倍飲んでも割りかし平気な振る舞いが出来るというのに、全くその意欲も起きないですし食欲も起きないんですよね。本当ならここで早退して体を労るべきだったのですが、寝不足で適切な判断が出来なかったために体のSOSが脳に全く行き渡っていなかった状態でした。今思えば本当に恐ろしい事ですよね。
飲み会が閉幕し特段酔っ払っているわけでもないのに渋谷の街をフラフラしながら歩く私。薄っすら残る意識を杖代わりにして身体に鞭打ちながら友人たちと別れを告げ、住処のある横浜へ帰ります。
帰りの東横線は下り線で人が少ないという事もあり少し身体を横にした状態で座っておりました。この時から熱っぽさは既に感じており、おでこに手を乗せると確かに風邪を引いた時の感覚を覚えました。しかも乗っている車両は元町・中華街行きではなくまさかの武蔵小杉止まり。乗り継ぎに対応しつつ近そうで遠い横浜を目指して東横線に揺られ続けて30分。ようやく横浜駅にたどり着きました。感覚的には1時間ほど乗り続けていた記憶があります。
乗り換え先の京急線は空調が効いていてシートも東横線よりはマシなので割と快適に乗られた気がします。それでも体調は一向に悪くなるばかりで次第に顔が青白くなってきました。あまりの高熱に眠りそうなタイミングで最寄り駅へ到着。時刻はちょうど24時を回ったところでした。
帰宅して即体温計に手を伸ばすと予想通り37.9℃の高熱。予め上司にLINEで休養の連絡を入れ、シャワーを浴びて即就寝。自分の会社が緩すぎるだけかもしれませんが、会社に電話する事なく上司へのLINE一本で休みの連絡を入れられる現代の進歩と上司の柔軟さを痛感しました。
初期:下がらない高熱と地獄の3連パンチ
目が覚めたら時刻は朝の8時を少し過ぎており、本来なら遅刻ですが既にLINE連絡という保険を掛けていた身分としては少しばかりか気が楽になりました。形がどうであれ報連相を済ませないと安心できない社会人特有の考え方の癖が身についていると実感しましたね(何の話だ)。
しかし安心もつかの間。熱を測ると38.6℃と昨晩よりも上がっておりました。普段から特に持病でも無い頭痛に襲われ喉に痛烈な痛みが加わっておりましたが、朝飯を食べる事なくすぐ二度寝につきました。恐らく頭痛や喉の痛み以上に睡魔が勝り、とにかく身体が睡眠を欲していたのでしょう。脳からの司令をそのまま受けて起きて20分経たない内に眠りにつけました。
お昼のタイミングで二度目の起床。マスクを付けてコンビニへ行き、昼飯に南高梅入りのそばを買って食べた後にまた就寝しました。この時点で38.9℃と39℃間近までに上昇し、喉の痛みと頭痛は先程よりも悪化。こんな想いをするのなら寝ていた方がマシと考えた私は、その苦しみに耐えつつその後夜に差し掛かるまで一度も目覚めることなく眠り続けていました。
ニュースで新型コロナがまた流行していると噂程度には聞いておりましたが、まだ病院で検査を受けていなかった私は半信半疑のままでした。「有給割と少ないのにこれらを削る事になったらどうしよう」とかまだ呑気な事を考えていましたからね。
三度目の起床となったのは18時を回った所。熱も38.8℃と依然として状態は最悪で、今度はそこに寝すぎによる腰痛が襲い掛かり、頭痛と喉の痛みも併せて地獄の3連パンチが身体に染み渡りました。ただ幸いにも実家が近い私は父に一報入れて車で病院に連れてってもらうよう伝えました。無論普通の風邪なら自力で治していた分身体が相当悲鳴を上げていたんだと改めて感じましたね。タクシーを呼ぶ手もありましたが、病院まで片道2,000円掛かる事も考えると少し浮かせたかったという気持ちがありました。いやはや、コロナと確信していたら両親の助けを得る事は無かったんですがね。嫌がる父を説得して何とか翌日の朝に病院へ向かう事となりました。
職場の同僚に差し入れを頼んでも良いかと思いましたが、申し訳無さが先立ってスーパーで重いポカリとその日の夕食とフルーツの盛り合わせ、栄養ゼリー、明日の朝食分などを買っておきました。孤独な戦いはまだまだ続きます。
水曜日の翌朝、父の運転で病院へ直行。熱は38.4℃と未だに高熱状態をキープしており、会話を最小限に抑えつつ車で約15分ほどの病院へ向かいました。
病院へ到着すると割りかし空いていて瞬く間にインフルエンザとコロナのPCR検査を行う事に。綿棒みたいなものを鼻の奥まで入れられるやつですけどあれ本当苦手なんですよね。過去に職場の先輩がコロナ感染して濃厚接触者の対象となった時にやられた記憶がありますが、未だに慣れる事はありませんでした。というか慣れるほうが怖いわ。
少し待つと1枚の証明書を持った看護師が現れて正式にコロナであると告げられました。期間は来週の日曜日まで。月曜日の時点で風邪の初期症状だと思っていたとはいえ38℃台がこうも長く続いてしまったのでそこまで驚きもしませんでしたがね。職場の規定では流行病に感染した場合は自動的に特別休暇に括られて有給消化や欠勤の対象にはならないようなので一安心しました。
帰りは流石に送り迎えをしてもらった父に申し訳無さを感じて一人で帰ろうと思っていましたが、結局父の運転で帰宅。医師からは実家で休みたいと伝えた所全力で止められ(それはそう)、「男だからしっかり自分で治さないと」と半ば根性論みたいなものを押し付けられてあまり気分は良いものではなかったですが、父が感染していない事を祈りつつ父と別れました(その後父から体調を崩していないと連絡を受けました、良かった!)。
中期:多少は治まるも…深夜に訪れた生き地獄
病院でカロナールとレボフロキサシンという薬を手に入れて無事帰路についた僕は、昼食後にすぐ服用してまたも5時間超となる睡眠時間を記録しました。睡眠速度でもおよそ2分ほどで夢の中へ行けた事ですし、今ならのび太には叶わずとも誰よりも負けない自信を付ける事ができましたね(付けんでいい)。
起床後はカロナールがだいぶ効いたおかげか熱も37.5℃とだいぶ落ち着き、スーパーで夕食とポカリの追加分を購入して少しばかりか家事もこなせるまでには回復してきました。そしてLINEで大学の学生会のスタッフの皆さんに感染報告の連絡を入れ、その週の土曜は学生会で飲み会があった為キャンセルを入れないといけない事情もあって彼らへの連絡をまず第一に優先させました。その後も親しい友人などに連絡を入れては注意喚起を行うお節介な病人と化しておりました。
驚きだったのが多くの方から心配の連絡をいただけたという事。まぁ自分から連絡をしといてなので当たり前なのですが、元々引っ込み思案で友人も言うほど多いとは言えない自分がこうやって周囲から励ましのお言葉を貰えるというのは本当に感謝しか無いと改めて思いましたね。一つ一つ心を込めて返信をした後、心が満たされた後にどうしても見たかったYouTubeの生配信を見て24時には就寝。その後はカロナールを忘れずに服用して次第に回復への一歩を辿っている…ように見えました。
暫く経ってコロナ4日目の深夜。まさしく"生き地獄"と言えるひとときを体験しました。
深夜4時。コバルトブルーの青空が少しばかりか見えてきた頃に全身から悪寒が襲いかかってきたのです。熱中症対策で確かにエアコンが効いているとはいえ26℃設定、冬用の羽毛布団に身を包ませているにも関わらず、全身は冷たく冷蔵庫に閉じ込められているような感覚に。これはまずいと体温計で測ると38.4℃の高熱。寒さに耐えきれなかった私は冬用のカーディガンを出してその上にジャージを着込んで着床。それでも身体の震えが止まらなかったので最後の砦にとカロナールを服用すると身体がみるみる暖かさを取り戻して汗もかき始めてきました。身体が暖かくなるまでの過程はコロナを患う中での一種の快感みたいなもので、"生き返る"という感覚を初めて生で味わえたような気がします。全身びっしょりな汗も「今自分は生きているんだ」という証に思えてきてここまで汗に感謝する日が訪れるとは思いませんでした。
あの生き地獄からわずか5時間後、起床してカロナールをもってしてでも未だに下がらぬ高熱の中で再度病院へ向かう事にしました。父は朝から仕事、母は車の免許を持っていないので仕方なくタクシーを呼んで向かう事としました。出費2,000円。コロナの検査代と大して変わらないじゃないか。
病院で検査をしてもらうも前回と変わらない結果に。医者による「カロナールって効かない事もあるんだよねぇ体質的に」と嘘だか本当だか分からない爆弾発言を動揺しつつもスルーして薬を処方してもらい、帰りは電車で帰宅。
この日の昼食は食欲がなかったのでツナとたまごのサンドウィッチとかき玉スープのみ。平らげた後また光の速さで就寝すると、何だか変な夢を見ました。
そこには仕事で車を乗り回し様々な取引先に挨拶する自分の姿が。いや本職違うんだけどさ。しかも行く先々で変な冷や汗をかいている。何か特段やらかした訳でもないというのに、「申し訳ございません!申し訳ございません!」とただただ謝っている。私がどんな罪を犯したというのか、謎に包まれながらも起きたらすでに4時間が経過していました。一体何の時間だったんだよ。
熱を測ると37.3℃と回復し一安心したものの、このタイミングでまさかの回線トラブルによりONUが無事死亡。光回線と認証のランプが消灯している状態でググってみると機械の故障か光回線そのものにトラブルがあるとの事。パケット容量がそこまである訳でもない私はコロナ以外でも絶望してしまい、インターネット経由で見ていた野球中継もこの日はお預け(まぁ贔屓は最下位なので見ても見なくてもあれですが。しかも阪神戦だし)。その後プロバイダーとNTTに連絡を入れて9月に検査するとの事でした。
とは言え体調はここから極めて悪くなる事はなくなり、喉の痛みや頭痛も消えて無くなったのでだいぶ楽にはなりました。ただその代わり咳と痰が酷くなり、黄色か緑色の痰を大量に出し続けておりました。
後期~現在:何とか職場復帰も…止まらぬ咳と痰
コロナ6日目。この日は痰が絡まった咳が特に酷かった一日で、快復の方向へ向かっているのは確かだが感覚的には足踏みしている状態でした。熱は36℃台へ落ち着き早ければ月曜日から出勤できない事も無かったのですが、如何せん咳と鼻水が酷く仕事にならないと感じた私は直ぐ様上司に連絡を取り、急遽月曜に有給を消化すると連絡を入れました。
その判断は見事に正解で7日目も痰が黄色から透明に変わったとはいえ変わらず苦しめられるという状態でした。咳のし過ぎでまた腰が痛くなってありとあらゆる身体を痛めつけたような気がしますが、とは言ってもここに来てようやく普段通りの生活を取り戻した感があります。
8日目にして久々に出勤し、周囲に心配されつつもコロナに罹って特に辛かったエピソードを笑いながら話しておりました。なお仕事ではトラブルを2つほど解決させたとは言え咳と痰にまだ悩まされており周囲からやや白目を剥かれましたが()。
終わりに:二度と罹りたくない(それはそう)
今猛威を振るっている新型コロナの名称は「ニンバス」との事で、喉にカミソリの刃が突き刺さるような痛みと書かれてありましたが個人的にはそこまででもなく、喉の痛みは普通の風邪に近いような感覚でした。
それでも気持ちが全く分からない訳でもなくて、水分補給や薬を飲む際に多少なりとも喉に負担が掛かりましたし、中等症以上まで行くとカミソリレベルの症状にまで悪化するのでしょうね。
内容的にはニュースで見る限りオミクロン株とさほど変わらない性質との事で重症化のケースもほとんど無いとされているみたいですが、それでも罹患しないに越した事はありませんので皆さん本当に気を付けてください。
そして自分のせいでコロナになってしまった皆さん、本当に申し訳ございませんでした、、、、、
これ以外にもしっかりブログ更新していきますので、しばしお待ちくださ~い!
