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【哀愁おっさん旅行記】大分県竹田市・別府「九重連山・狭霧台・久住高原・久住ワイナリー」

別府温泉に一泊した翌朝、まだ湯の香が街に漂う時間帯に車を走らせた。目指すは湯布院岳、そしてその先に広がる竹田市。途中、狭霧台に立ち寄ると、眼下には別府の温泉街が広がっていた。朝の光に照らされた街並みのあちこちから、湯気が立ちのぼっている。まるで地面が呼吸しているかのような光景だった。湯の町の営みは、夜が明けるとともに静かに始まっていた。

竹田市に入ると、空気が一変した。久住高原ロードパークを走ると、久住高原の広がりが視界を包み込み、山々の稜線が遠くに連なる。スカイパークあざみ台に車を停めると、そこには想像を超える風景が待っていた。高原の草原が風に揺れ、遠くには阿蘇五岳が神々しい姿で佇んでいる。雲とも霧ともつかぬ薄衣が山肌にかかり、まるで古代の神話の舞台に迷い込んだような気分になる。

阿蘇五岳とは、根子岳・高岳・中岳・烏帽子岳・杵島岳の五つの峰を指す。これらは阿蘇カルデラの中心に位置し、約9万年前の巨大噴火によって形成された地形の中核をなす。阿蘇という名は、「阿」は原点、「蘇」は蘇生を意味するとされ、火山活動によって生まれ変わる大地の象徴でもある。五岳の姿は、北側から眺めると横たわる釈迦の姿に見えることから「涅槃像」とも呼ばれ、古くから信仰の対象となってきた。

くじゅう高原の名もまた、古代からの地名に由来する。「九重(くじゅう)」は、かつてこの地が九つの峰を持つ山域として認識されていたことに由来し、平安時代の文献にもその名が見られる。くじゅう連山は、九州の屋根とも称され、古代より山岳信仰の対象であり、修験者たちがこの地を歩いた記録も残っている。雲の合間からまばらに降り注ぐ日の光が神々しく大地を照らしていた。

久住高原ロードパークをさらに車を走らせると、久住ワイナリーがある。
久住高原に、なぜワイナリーがあるのか――それは、土地の性質に起因している。高原地帯は昼夜の寒暖差が大きく、ぶどうの糖度を高めるのに適している。また、火山性の土壌は水はけがよく、ぶどうの根が深く張ることでミネラルを吸収し、豊かな風味を育む。これは、フランスのボルドー地方やイタリアのトスカーナにも通じる条件であり、くじゅうワイナリーがこの地に根づいた理由でもある。

ワイナリーの敷地内にはぶどう畑が広がっていた。その畑で採れたぶどうのシロップがかかったアイスクリームをいただく。目の前には連なる九重の山々、耳には秋の虫の声。日本がこんなにも広く、そして多様な表情を持っていることに、改めて驚かされる。本州ではなかなか出会えない、この開けた風景。空の青と山の緑が、心の奥に静かに染み込んでくる。

竹田市は、古代より交通の要衝として栄え、岡城の城下町としても知られる。石垣の残る町並みには、歴史の層が静かに息づいている。高原の風に吹かれながら、ふと物思いにふける。火山が生んだ大地に、人は根を張り、文化を育ててきた。温泉も、ワインも、信仰も、すべてがこの土地の記憶の中にある。

旅の終わりに、九重の空を見上げた。雲がゆっくりと流れ、山の稜線をなぞっていく。この地に刻まれた時間の深さと、人の営みの静けさが、心に余韻を残す。大分の旅は、風景を眺めるだけでなく、土地の声に耳を澄ます旅だった。そしてその声は、今も静かに、私の中で響いている。

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